第10話 百合婚(ユリコーン)、可能性の獣

 日本のどこにでもあるチェーン店のファミレス。その六人掛けのテーブル席にわたしたちは腰掛けていた。


 わたしの隣にはアングレカムが座り、向かい側の席に残りの三人が座る形になっていた。その間にあるテーブルが大人と子供の境界線の役割を果たしているかのようだった。

 わたしたち五人の前にはそれぞれグラスが置かれている。ドリンクバーのドリンクだ。食事も注文したのだがまだ届いていない。


 こほん、と咳払いをして、おもちいぬさんが口を開く。


「はい、というわけで皆様。本日はスニットとミアリムの結婚式にご参列頂きまして誠にありがとうございます」


 深々と頭を下げるおもちいぬさん。ありのまま今起こった事を話すぜ。わたしは『金星』絵師のオフ会に参加したと思ったらスニミアの結婚式に参列していた。


「本日はお日柄も良く……ん、ちょっと待って、漆瀧さん、今日って六曜だと何?」

「仏滅」


 スマホで素早く検索をした漆瀧さんが言った。


「まじ? では仕切り直して……本日はお日柄最悪ですが、まあそれくらいで二人の仲がどうにかなる事は無いんで安心しましょう。スニミアの間には強い愛がありますからね。どんな困難も乗り越えられるでしょう。というわけで、二人の結婚を祝して、乾杯」


 その言葉と共に皆がグラスを掲げた。


「結婚式の割に、主役の二人の姿が見えないけど?」


 と、漆瀧さんが呟く。すると、プォニイさんが「待ってました」と言わんばかりの笑顔を浮かべて言う。


「主役は遅れて登場するって相場が決まってるでしょー? ちょっと待ってて」


 プォニイさんは自らの鞄をごそごそと漁って何かを取り出した。

 スニットとミアリム。そのプラモデルだった。


『金星の魔女』は作中に登場するロボットのプラモデルを多数販売しているが、ロボットだけでなく、キャラクターのプラモデルも販売されている。美少女プラモデル、俗に美プラと言うやつだ。


 プォニイさんは二人のプラモデルを机の中央に置いた。このプラモデルは自立が難しいので透明な素材で出来た台座が付いている。


「さて、それでは皆さんお待ちかね、誓いのキッスです」


 その言葉で場がざわついた。


 プォニイさんはプラモデルを動かし、二人の顔を近付ける。しかし、良い感じの構図にするには容易ではなかったようで、一分以上格闘する事になった。


「出来たっ! 花嫁と花婿、誓いのキッスだ!」


 達成感で大きな声を出すプォニイさん。机の中央、小さなスニットとミアリムが唇を重ねていた。

 皆がスマホを向け、その様子を撮影し始める。わたしもそれに便乗して写真を撮る。


「えー、病める時も健やかなる時も……とにかくありとあらゆるケースにおいて互いを愛し続ける事を誓いますか? ……誓うってさ! スニミア、誓うって! 今確かに声が聞こえたぞ!」


 テンション高くプォニイさんが言う。


「はぁー、てぇてぇなあ……」


 感極まって涙を流しているのは漆瀧さんだ。終始テンション低めに見える彼女だが、心の内は物凄く昂っているらしい。 


「失礼します、こちらカルボナーラのスパゲッティとなります」


 と、ウェイターさんが料理を運んで来た。それから次々に注文した料理が届き、先ほどまで広々していた机上が狭くなる。わたしの前にはミートソースのスパゲッティが置かれた。


「イチゴのショートケーキです」


 誰かが注文したショートケーキが届いた。それに目を輝かせたのはプォニイさんだった。


「きたっ!」


 プォニイさんはショートケーキを机の中央――スニミアのプラモデルが置かれている辺りに持って行く。そして、カトラリーケースからナイフを取り出したかと思うと、それをスニミアの二人に持たせた。


 ナイフの刃が沈むのは先ほど届いたショートケーキ。


「ケーキ入刀! これがやりたかったッ……!」


 大仰な身振りで強い感情を表現するプォニイさん。


「ホールケーキじゃないんかい」

「ファミレスにホールケーキ売ってないんだから仕方無いだろー? このケーキは多分八等分したやつだから……あと七個頼んで元に戻すか?」


 皆の表情に笑顔が浮かぶ。

 かなり限界のオタクのノリだった。でも、わたしはこういうのは嫌いではなかった。


「さあ、目一杯の祝福をスニミアに捧げよう!」


   †


 それから『金星の魔女』の話で盛り上がったり、iPudを貸して貰って絵を描いたりした(大人組は皆iPudを持って来ていた)。

 はじめこそ彼女らとの間には何となく壁を感じていたのだが、わたしは次第に打ち解けてゆく事が出来た。


 でも、わたしはこのオフ会を心から楽しむ事が出来なかった。


 わたしがふと隣を見た時。


 アングレカムもまたこちらを見た。そして、小さな笑みをこちらに向けた。


 何笑ってんだてめえ。

 一体どういう意味の笑いなんだ。


 わたしの意識の何割かはずっと隣のアングレカムの存在に割かれていた。

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