第9話 恐怖!全身百合女現る!
今、「ごきげんよう」って言わなかったか?
そんな事を頭の隅で考えながら振り向くわたし。すると、そこには一人の少女が立っていた。
金色のロングヘア。青い瞳。日本人離れしたそれらの要素は人形のように整った彼女の顔面を更に美しく見せていた。
誰の目から見ても可憐な少女だった。まるで一輪の花。いや――。
立てば百合、座れば百合、歩く姿は百合の花。
そんな感じの女だった。
「わたくしが最後のようですわね。申し訳ありませんわ」
彼女は微笑と共に小さく頭を下げた。
「えっと、君は……?」
そう問うたのはおもちいぬさん。すると、少女は自らの胸に手を当てて答える。
「申し遅れましたわね。わたくしが『アングレカム』ですの」
アングレカム。オフ会参加者最後の一人。こいつが。
「本日はオフ会にお招き頂きましてまことにありがたく思いますわ。よろしくお願いしますわ」
そう言ってアングレカムは自らのスカートの裾を掴んで広げ、恭しく、しかしながら自らの美貌を誇示するように頭を下げた。
何だその挨拶。
何だその喋り方は。「ですの」って白井黒子かお前は。
「よ、よろしく。私がおもちいぬです。それでこっちが――」
おもちいぬさんはそう言って既に到着していた参加者たちを紹介していった。
その紹介が全て終わると、プォニイさんがアングレカムに対して疑問を口にする。
「アングレカムさん、その服って……何かの制服?」
プォニイさんが指差すアングレカムの服装。それはだぼっとした黒いワンピースに似た服だった。どことなく、修道女を連想させるような服だ。いや、修道女ではない。これは――。
「はい。わたくしが通う聖ユイアズー女学院の制服ですの」
聖ユイアズー女学院。
その名前には聞き覚えがあった。わたしの住んでいる県にあるお嬢様高校だ。
「へえー、ミッションスクールってやつ?」
ミッションスクール。つまりは百合の園じゃないか。
「はい、そうなりますわね」
おおっ、という反応が起こるのが分かった。皆わたしと同じように「百合の園じゃねえか」と考えてるに違いない。
「しかしどうして休みの日に制服を? 今日は土曜日だけど、ちょっとだけ授業があったの?」
そう尋ねたのはおもちいぬさん。
「そういう校則ですの。ユイアズー女学院の生徒たるもの、たとえ学び舎の外であっても相応しい行いをしなくてはならない、と。ですから外出の際もこの制服を着用する事になっているのですわ」
ふ~~~~~~~~ん。
「なるほどね……あ、じゃあもしかしてあれあるの? 『スール』制度!」
『スール』制度というのは、女学院において上級生と下級生が姉妹のような関係となる制度だ。
「はい。わたくしの所にもありますわよ」
あるのかよ。
「え! じゃ、じゃあ皆『お姉さま』とか呼んだりするの?」
おもちいぬさんが目をキラキラと輝かせながら問うた。
「ええ。『スール』になってる子たちは沢山居ますわ」
アングレカムは微笑と共に答えた。
「うおおおおおお! 『モリみて』の世界じゃん! タイが曲がっていてよ、ってか!?」
おもちいぬさんはその回答にテンションを上げていた。
「ところで……失礼にあたる事だったら申し訳ないんだけど、アングレカムさんのその金髪って地毛なん?」
プォニイさんが少しばかり躊躇いがちに尋ねた。懸念はあっても好奇心には抗えないようだった。
「そうですわ。わたくしの父がフランス人でして、それを強く受け継いだのでしょうね。母は日本人で、わたくし自身も日本生まれ日本育ちなのですけれど」
わたしは彼女の青い瞳を見た。どうやらカラコンではないらしい。
「へぇー、なんか憧れるなあ」
おもちいぬさん、プォニイさんはアングレカムに興味津々のようだった。漆瀧さんも先ほどから黙っているが、そわそわして彼女に何か尋ねたい事があるように見えた。
一方で、わたしは胸の中に溶岩のような感情を煮え滾らせていた。
何だこいつは。
こんな人間が三次元に居て良いのか?
こんな、百合作品の中から抜け出してきたような奴が。
ある程度の百合有識者なら伝わると思う。クラシックな百合作品に出て来るキャラクターというのはこんな奴なのだ。百合に詳しくない人に向けて例えるなら、『「遅刻遅刻ー!」と急ぐ登校中にぶつかった食パン咥えた女の子が転校生だった』くらいベタなやつなのだ。最早テンプレになってしまって逆に最近ではあんまり見ないやつ。
全身百合人間じゃないか。ユリユリの実を食べたのか?
わたしは平静ではいられなかった。こんな人間がこの世に存在するなんて。それでも何とか平静の仮面を被り続ける。
ふと、おもちいぬさんがアングレカムに対して尋ねる。
「あ、そういえばさ、アングレカムさんは学年いくつ? こっちのサクラさんは高校三年生って言うからさ」
おい待て。何でそんな事を聞く必要があるんだ。
わたしはそう思ってしまった。
そうだ。彼女は高校生。高校三年生のわたしより年上という事は有り得ない――。
春風のような微笑と共にアングレカムは告げる。
「わたくしは、二年生ですわ」
二年生。高校二年生。
わたしより年下だ。
フォロワー一万人超えの神絵師。それが、わたしより年下だって?
わたしは自分の立っている地面が崩れて、果ての無い奈落に落ちて行くような感覚を覚えた。年下。年下。あの神絵師がわたしより年下だって? わたしは何とか落下を止めるために周囲に掴める物を探し、手を振り回すが何も掴む事は出来ない。
待て。高校二年生であったとしても留年してる可能性は無いか? 頼む! 留年しててくれ! 五留くらいはしてて欲しい。
アングレカムの返答に対しておもちいぬさんがリアクションをし、そこにプォニイさんが混ざって、あと漆瀧さんも一言二言何かを言っていたが、彼女らの会話はわたしの耳に入ってこなかった。
わたしは彼女を射殺しそうな視線をアングレカムに向ける。
ふざけるな。こんな事あってはならない。わたしより年下の神百合絵師なんてこの世に居てはいけないんだ。
というか、アングレカムってスニミアのR-18絵描いてなかったか? 一八歳未満お断りの絵を何で一八歳未満が描いてんだよ! 駄目だろ! え? なんで一七歳のわたしがその事を知ってるのかって? この話やめよっか。はい終了。
「それでは、ファミレスに移動するんで、皆さんついてきて下さいねー。迷子にはならないようにー」
おもちいぬさんの呼び掛けでわたしははっとした。
思考は全く片付いていなかったが、わたしは小学校の遠足の時みたいにおもちいぬさんの後ろに形成される列の一部になった。
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