第8話 わたしの人生を更に狂わせる出会い

 そして、オフ会の当日となった。


 わたしは電車を乗り継ぎ、集合場所の最寄り駅へと辿り着いた。少し早めに着いて、駅の化粧室で身嗜みを確認する。


「よし……大丈夫、だよね」


 鏡に映る自分を見詰める。髪はこれでもかというほど櫛で梳かした。纏っているのは柔らかいピンク色の何らかのトップスと白いふわふわのスカート。自分が持っている服の中で一番可愛い組み合わせを選んだ、身嗜みは問題無い。


「よしっ、行くか」


 緊張をその言葉で押さえ付け、わたしは化粧室を後にする。


 目指すは集合場所のパチ公前。


 11:21 花嵐 春佳 現着


 そこには沢山の人が居た。他の参加者はもう来ているのだろうか。これだけ多いとどれがオフ会の集団なのか分からない。SNSで連絡を取り詳細な居場所を訪ねようか――そう思った時だった。


 ピキピキピキーン! と頭の中でニュータイプ的な効果音が鳴ったような気がした。


 視線の先には三人の女性グループ。分かってしまった。彼女らがそうなのだと。わたしの超感覚が同類と感応を起こしている。

 見れば、彼女らもこちらへと視線を向けていた。わたしが『そう』なのだと気付いていた。


「あっ、あの……もしかして『金星』オフ会の参加者さんたちですか?」


 初対面の人に声を掛けるなんて普段は困難を極める事だ。しかし、今はすらすらとその言葉が出て来た。わたしは確信を抱いていたからだ。彼女らとわたしは初対面であって初対面でない。ネット上で幾度と無く交流をしてきたのだから。


「は、はい。という事は、あなたは……?」


 三人のうち、最も活発そうな印象を受ける女性が問うた。

 わたしは告げる。


「はい、わたしは『サクラ』です」


 すると、三人の表情が明るくなるのが分かった。特にわたしに声を掛けてきた女性の表情の変化は顕著だった。


「あなたがサクラさんなんですね! いつもお世話になっています! いやあ、実際に会う事が出来て嬉しい!」


 彼女は外見からして成人のようであったが、童女のように無邪気な笑みを浮かべた。他の二人も外見から判断する限り、少なくともわたしよりは年上のようだった。

 緩んだ笑みを浮かべる彼女は、突如として何かを思い出したように、その佇まいを直した。


「おっと、名乗るのが遅れましたね。私が『おもちいぬ』です」


 おもちいぬさん。この人が。いつもSNSでわたしに優しくしてくれる人。実を言うと、心のどこかにこの人がおもちいぬさんなのだという確信を持っていた。それは当たっていた。


 おもちいぬさんは見た目からすれば、全然オタクという印象を抱かない女性だった。バリキャリのような外見をしていた。けれど、彼女からは隠し切れないオタクのオーラが滲み出ている。その事をわたしは感じ取っていた。


「それでこちらが『漆瀧』さん」

「ども」


 おもちいぬさんが左の女性を示し、言った。漆瀧さんはダウナー系の女性だった。


「で、こっちが『プォニイ』」

「どもどもどもーっ!」


 プォニイさんは両手でピースをして言った。この三人の中では一番変人かもしれない。


「……皆さんとこうして会う事が出来て嬉しいです。今日はよろしくお願いします」


 わたしは胸に不思議な感慨を抱きながら頭を下げた。


「こちらこそ今日は来てくれてありがとうございます。よろしくお願いします。楽しい一日にしましょう」


 おもちいぬさんが頭を下げ、それに続いて両脇の二人も頭を下げる。


「ところで、サクラさんって随分若く見えるけど……もしかして高校生とか?」


 おもちいぬさんの言葉からは早くも敬語が外れていた。別に構わないけど。


「はい。高校三年生です」


 わたしが答えると大きな声を上げたのはプォニイさんだった。


「わっけー! こりゃ事案になっちゃうね」


 いやらしい感じの笑みを浮かべて彼女は言った。


「いや、事案にはしないよ。『金星』界隈から犯罪者を出すわけにはいかない」


 と、おもちいぬさん。彼女はそれからわたしの方を見て言う。


「私は普段OLやりながら絵師をやってるんだ。それで、漆瀧さんは知っての通り売れない百合漫画家。打ち切り食らって次の企画が全然通らないって愚痴ってた」

「言うなし」


 おもちいぬさんを小突く漆瀧さん。漆瀧さんは商業デビューしてるだけあって今回のオフ会参加者の中では一番フォロワーが多い。


「で、あたしは大学七年生」


 顔を突き出して言うプォニイさん。大学七年生?


 わたしは自分の顔が綻ぶのを感じていた。


 わたしの心を大きな安堵が包んでいた。


 皆、年上だ。


 わたしより上手く百合を描くことの出来る人たち。そんな人たちに会えば自分は惨めな気持ちになってしまうという不安があった。彼女らの才能に嫉妬してしまうのだと。


 けれど、嫉妬をする必要なんて無いのだ。


 彼女らが良い百合を描く事が出来るのはわたしより長く生きているから。わたしよりも多くの時間を百合を描く事に費やしていたからだ。つまり、彼女たちと自分の間に何か決定的な差異があるわけではない。


 わたしだってこれから更に多くの時間を百合を描くことに費やせば、彼女らと同じようになれる筈。


 いや――彼女らを超える事だって不可能ではない。


 今日、オフ会に参加して良かった。この事に気付けただけでも大きな収穫だ。

 わたしの心は眩い朝日に照らされる大海原のようだった。


「さて、サクラさんが来たとなると、残りは『アングレカム』さんだけか。電車の遅延とかに巻き込まれてないと良いけど……」


 言いながらスマホを取り出すおもちいぬさん。


 その時だった。その声が聞こえたのは。


「ごきげんよう、皆さま」


 そしてわたしは彼女との邂逅を果たした。


   †


 わたしの人生に二度目の転換点があるとすればこの時だ。


 一度目は百合に出会った時。


 そして、二度目は『アングレカム』――妹尾深景に出会った時。


 狂ったわたしの人生が、更に狂ってゆく。

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