第7話 Shall we オフ会?
風呂上がり、わたしは絵を描く気になれず、他にする事も無いのでスマホを弄っていた。受験勉強? そんなもん知らねえ。
『プイッター』を開く。すると、タイムラインには少し前におもちいぬさんが投稿したスニミア絵が表示された。その絵には既に沢山のリプイートといいねが付いている。
ここでわたしがおもちいぬさんの絵をリプイート&いいねすればただでさえ伸びているおもちいぬさんの絵をもっと伸ばす事になってしまう。わたしとおもちいぬさんの間の隔絶を更に広げる事になってしまう。
だから葛藤はあったのだが、結局わたしはそのスニミア絵をリプイートしていいねも押した。おもちいぬさんには普段散々世話になっている。くだらない嫉妬の感情は押し殺すべきだ。
それからタイムラインに目を通してゆく。当然ながらわたしがフォローしているアカウントは百合界隈のものが殆どなので、タイムラインは百合の事ばかりで埋まっている。
その時、一件の通知が表示された。
「DM……おもちいぬさんから?」
それはダイレクトメッセージが届いた事を示すものだった。その送り主はおもちいぬさん。
一体何の用件だろうか。何かコミュニケーションを取る際、彼女はいつもわたしのプイートに対してリプライをしていた。ダイレクトメッセージが送られてきたのは初めての事だ。それをわざわざ送って来た意味とは一体何なのだろうか。
わたしは固唾を呑み、そしておもちいぬさんから届いたダイレクトメッセージを確認した。
そこにはこう書かれていた。
『突然のDM失礼します。実は金星の魔女の百合絵師さんたちでのオフ会を企画していまして、よろしければサクラさんも参加しませんか?』
それはオフ会の誘いだった。
わたしが抱いた感情は、高揚と動揺。
オフ会。ネット上で交流のある人たちが現実世界で集まる事をそう呼ぶ。それにわたしは漠然とした憧れを抱いていたのだが、今までにオフ会に参加した事は無かった。
おもちいぬさんに。他の百合絵師さんたちに。実際に会う事が出来る。それはわたしの胸を弾ませた。
しかし一方で、わたしの胸に不安が押し寄せる。それって危なくないか? 大丈夫か?
わたしはごちゃごちゃした感情を精算しないままに、ダイレクトメッセージの続きへと目を通す。
『サクラさんの他には漆瀧さん、プォニイさん、アングレカムさんを誘っています』
『
『詳細は以下の通りです』
わたしはその詳細に目を通す。開催日は今週の土曜日。集合時間は一一時半。オフ会の開催場所は都内のファミレス。わたしの家からだと一時間と少しで行ける距離だった。ファミレスの会計は全員で割り勘。大した金額にはならないだろう。費用的には大して問題は無い。今の所、ただファミレスに集まって食事をしながら『金星の魔女』について語り合う事だけを予定しているが、もしかするとその場の流れで別の事をするかもしれない。まあ、別に良いだろう。
逡巡がわたしを苛んだ。
参加者の面子の中に性格的に問題のありそうな人は混じっていない(あくまでSNS上での話だが)。ネット上で知り合った人と現実で会い犯罪に巻き込まれるという話はしばしば聞くが、その点に関しては大丈夫だろうとわたしは確信を抱いていた。
わたしを躊躇させるのは別の事だった。
おもちいぬさん。漆瀧さん。プォニイさん。アングレカムさん。
皆、わたしよりフォロワーが多いのだ。
正直、何でこの面子の中にわたしが呼ばれるんだ? と思っている。
それは光栄な事なのかもしれない。多くのフォロワーを誇る神絵師たちにわたしは認められているのだ。
けれど――わたしは彼女らに会った時に嫉妬してしまう。そう確信していた。いや、というより既にしている。ネット越しで嫉妬しているのだから、現実で会えばその感情は更に膨らむ事だろう。
わたしより優れた百合絵師が存在しているという事をわたしは容認出来ない。何と浅ましい事だ。その事は承知している。でも仕方無いじゃないか。嫉妬をするのが人間だ。
オフ会というものに憧れはある。けれど、このオフ会をわたしが楽しむ事は出来ない。ただわたしと彼女らの差異が浮き彫りになって、惨めな気持ちになるだけだ。
だから、この誘いを断ろうと思った。
誘ってくれたおもちいぬさんの善意に対しては申し訳無く思う。こんな嫉妬深い人間に生まれてしまってごめんなさい。
おもちいぬさんに対して断りのメッセージを送ろうと思った。その時だった。
「いや、待て……」
わたしは気付いた。
これはまたとないチャンスなんじゃないか?
自分より良い百合を創造する事の出来る神絵師たち。彼女らと直に会う事で何か得られるものがあるのではないだろうか。
そうだ。わたしは百合絵師だ。至高の百合を生み出す事がわたしの使命だ。その為に研鑽を積まなくてはならない。
たとえそれが苦痛を伴うものであったとしても。
今のわたしは百合絵師として停滞している。しかし、神絵師たちとの交流の中に、その停滞を打ち破る為の鍵があるかもしれない。勿論、確証なんて無い。単なる希望的観測でしかないのかもしれない。
それでも、そこに僅かでも可能性があるのなら、それを掴みに行くべきだ。
気付く事が出来て良かった。一瞬前までのわたしは何と愚かだったのだろう。わたしは不思議と晴れ晴れした気分になっていた。
わたしはスマホの画面へと目を向ける。そこにはおもちいぬさんとのダイレクトメッセージの画面。
そこにどんな言葉を打ち込むべきか。そんなの決まっている。わたしは淀み無いフリック入力を行う。
『是非、参加させて下さい』
わたしは送信ボタンを押した。
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