第5話 やったんだよ!必死に!その結果がこれなんだよ!

 女子トイレ。わたしの他に人影は無かった。


 洗面台の鏡に自分の顔が映る。あまりにも酷い顔をしていた。

 大きく息を吸い込む。


「畜生ッ!!!!!」


 叫んだ。そして、それと同時わたしは蹴りを放った。上履きを履いたわたしの足と掃除用具入れの扉が接触し、大きな音を鳴らした。


 その音が鼓膜を叩く。わたしは荒く呼吸をした。そして、再び鏡を見る。そこに写っていたのは先ほどまでの生気の無い表情ではなく、憤怒に満ちた表情だった。花の女子高生がしてはいけない般若のような形相だった。


「何でだ……! 何で何だよっ!」


 わたしは洗面台に拳を叩き付けた。じんじんと痛む手。だがそんな事に構ってはいられなかった。わたしはポケットからスマホを取り出し、その画面を点けた。その画面にはやはり、何の通知も表示されていない。


 通知が表示されない。

 これは即ち、わたしが投稿したイラストが『ポクシブ』のデイリーランキングに入らなかった事を意味する。


 逆に、ランキングに入った時には『あなたの作品がデイリーランキング〇〇位になりました』という通知が来るのだ。


 ポクシブのデイリーランキングはその日の零時から二三時五九分までの期間で集計される。評価点となるのは閲覧数や『いいね』の数だ。そして、その結果が翌日の一二時に発表される。


 一二時。もう過ぎている。


 なのに、わたしの描いた百合はランキングに入っていない。


 悔しい。


 わたしの胸の中にはただ一つ、その苛烈な感情だけがあった。

 拳を再び振り下ろす。慟哭が迸る。


「やったよ……やったんだよ! 必死に! その結果がこれなんだよ! ウンウン唸りながら難しい構図を考えて! 神経質なくらいに綺麗な線画を描いて! 丁寧に、それでいて大胆に鮮やかな色を塗って! あと……なんか良い感じに調整をして見栄えがよくなるようにした! 何回もチェックして調整を繰り返した! これ以上何をどうしろって言うんだ! どんな百合を描けって言うんだよ!」


 ひとしきり叫び終わった後、わたしは荒い呼吸を繰り返した。鏡に映るわたしの肩は大きく上下していた。


 わたしはスマホに視線を落とした。そして『ポクシブ』のデイリーランキングをチェックする。一位から一〇〇位。この辺りは自分とは無縁の領域である事は自覚している。だからその辺りを飛ばして三〇〇位くらいから一枚一枚イラストをチェックしてゆく。


 四〇〇位くらいの所に百合の絵があった。わたしはそれをタップして拡大した。


「何だこれっ、何でこんなっ……」


 そこにある絵はわたしの目からすれば明らかに拙い絵だった。まず、色使いが汚い。加えて、デッサンも下手だ。少女二人の顔は目の位置がおかしい。左右で微妙に大きさが違う。あと、線画も雑。線を重ねて描くな。


 だというのに。


「何でこいつの百合はランキングに入ってわたしの百合は入らないんだ……ッ!」


 嫉妬で頭がどうにかしてしまいそうだった。


 わたしの絵の何が悪いのか。悪くない筈だ。だとしたら、絵のクオリティ以外の事柄が原因?


『金星の魔女』は放送終了から一年が経過した今でも根強い人気を誇るコンテンツだ。だから、絵の題材のチョイスとして問題は無い筈。


 投稿時間にもわたしは気を遣っている。ランキングの集計はその日の零時丁度から始まる。だから、零時に近い方が有利だ。けれど、その事を分かっている絵師は多数居て、零時丁度に予約投稿する絵師が大勢居る。そうすると、わたしの投稿した絵は流されて行ってしまう。だからわたしは零時五分に予約投稿をしたのだ。このやり方も間違っていない筈。


 それなら一体何が悪いのか。


 考えても答えは出ない。非常に難解な問題だった。これに比べたら東大の入試問題の方が簡単なのではないかという気すらしてきた。


「……すみれが待ってる、行かないと……」


 わたしはふと自らの友の存在を思い出した。そして、ふらふらとした足取りで女子トイレを後にする。


 鏡に映る表情は、ここに来た時と同じ、虚ろなものだった。

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