第2話 死んだ魚の目
「できっ、たぁ……」
どれだけ時間が経っただろうか。そう思い時計を見やれば、午後九時だった。普段ならば夕食の時間は過ぎているが、母はわたしが勉強に励んでいるのを邪魔しては悪いと思いわたしを呼ばなかったのだろう。
画面の中の絵は完成していた。これ以上手を加える所はない。
至高の百合イラスト。その筈だ。
だが、これで終わりではない。わたしはイラストソフトウェアのメニューを操作する。通常インターネット上で見るようなイラストはJPGやPNGだが、今画面に表示されているイラストはそれらの形式になっていない。このイラストソフトウェア独自の形式だった。だからわたしはこのイラストをJPGとして出力する。
それからブラウザを開き、わたしが普段使っているSNS、『プイッター』を開く。すると自動でログインがされ、『サクラ』というユーザーネームが表示される。この『サクラ』というのがわたしのインターネット上での名前だった。ちなみにアイコンは女二人が見詰め合っているイラストだ。
わたしは投稿画面を開き、ハッシュタグを入力した後に先ほど描いたイラストを添付する。そして、投稿ボタンを押した。これでわたしの百合イラストが電子の大海へと放たれた。
ここで一息付いている暇は無かった。わたしは別のサイトにアクセスする。
『ポクシブ』。わたしがいつも用いているイラストコミュニケーションサイトだった。これもSNSの一種ではあるのだが、あらゆるものを投稿する『プイッター』に対し、イラストや漫画に特化したSNSだった。わたしは投稿ページへとアクセスし、先ほどの百合イラストをアップロードした。それからタイトルやタグなど必要な情報を入力してゆく。
そして、わたしは予約投稿の欄を入力する。ここを入力する事によって、イラストは投稿ボタンを押した直後に公開されるのではなく、指定した時間に公開されるようになる。
わたしが指定した時間は明日の午前零時五分。
入力内容に誤りが無いか一通り確認した後に投稿ボタンを押した。
これでようやく終わりだ。わたしはパソコンのスタートメニューからシャットダウンを選択した。そして先ほどまで目に悪い光を放っていたディスプレイから光が消え、真っ黒になる。
そこに自分の顔が映る。おかっぱ頭が特徴的だ。
その目は死んだ魚のようだった。
それから数分は放心していた。だが、暇を覚えたわたしはスマホを手に取り画面を付ける。
そこには通知が表示されていた。
「『おもちいぬ』さん、いつもすぐリプイートしてくれるな……」
わたしは小さく呟いた。胸の内には小さな喜びがあった。わたしは通知をタップして『プイッター』を開いた。
『おもちいぬ』さん。わたしに『プイッター』で良く絡んで来てくれる人だ。彼女(実際に性別を確認した事は無かったが、言動から多分女)は同じ作品を愛好する仲間であり、またわたしと同じく百合を描く絵師だった。
「あっ、リプもくれてる……」
その事に気付いたわたしはその内容を確認する。
『ウオオオオーーー! サクラさんのスニミアだ! あまりにも尊すぎる…! 拝んでおきますね…! スニミア本当一生一緒でイチャイチャしててほしい』
わたしは小さく笑い声を漏らした。ちなみに『スニミア』というのはこのキャラクターたちのカップリングに用いられる名称だ。
スマホを操作し、わたしはおもちいぬさんのリプライに対しての返事を入力してゆく。
「『反応して頂いてありがとうございます…まだまだ未熟な身ですので、もっと良いスニミアが描けるように精進します…おもちいぬさんみたいに…』」
そこでわたしの言葉と手が止まった。
「おもちいぬさんのフォロワーは五〇〇〇……それに比べてわたしは……」
その事を意識してしまう。
わたしのフォロワー数は二〇〇。おもちいぬさんのフォロワー数とは大きな隔たりがある。
こんな弱小絵師にも分け隔てなく接してくれるおもちいぬさんはきっと良い人なんだと思う。その優しさに触れられる事は嬉しかった。
けれど、その一方でわたしの胸中には刺すような痛みがあった。
どうしてわたしはおもちいぬさんみたいになれないんだろう。
どうしてこんなにフォロワーの数が違うんだろう。
おもちいぬさんの百合にあって、わたしの百合に無いものって、何なんだろう――。
考え出すと、止まらない。今はそんな事を悩んでいる時ではなく、おもちいぬさんに対しての返信をしなければいけないのに。
「あーもうっ!」
スマホを投げ出したくなるような感情を押さえつけて、わたしは無難な文章を何とか捻り出し、おもちいぬさんに対してそれを送信した。
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