真夜中のピアノ猫

 ある夜とつぜん、街じゅうの横断歩道がピアノの鍵盤になり、猫たちが夜な夜なその上で飛び跳ねて遊ぶようになった。

 毎晩聞こえてくるでたらめで耳障りなピアノに街の住人はイライラを募らせたが、そのうち音がなめらかにつながって形を持ちはじめ、どうやら猫たちは『ねこふんじゃった』を練習しているらしいと判明した頃には、みんな真夜中の演奏が気にならなくなっていた。

 ところが、猫たちの選曲を問題視した猫社会学の専門家が「これは踏まれた猫の抗議活動である」と主張した。このまま放っておいたら、猫が暴動を起こすかもしれないというのだ。

 街のえらい人たちは早速対策会議を開いた。しかし彼らは誰ひとり『ねこふんじゃった』の正しい歌詞を知らないので、猫が何を訴えているのかさっぱり分からない。そのうち誰かが得意げに他の唱歌を歌いはじめ、そこから遠い昔の子ども時代の話に飛び、会議はいつの間にか、えらい人たちが思い出を語り合う会に変わっていた。

 不毛で和やかな対策会議のあいだも猫の演奏技術はさらに上がり、昨晩の『ねこふんじゃった』はとうとうジャズアレンジに進化していた。

 ここまでくると黙っていられないのが人間の音楽家だ。サックスやバイオリンやハーモニカなど、プロもアマチュアも自前の楽器を握りしめ、夜中の街に飛び出した。横断歩道の鍵盤で飛び跳ねる猫と人間たちのセッションがあちこちで生まれ、アレンジはどんどん高度になり、猫のレパートリーはみるみる増えていく。

 あまりにも楽しくて自由な演奏会は、音楽に興味のない人たちまで次々と巻き込み、信号機がステージの照明気取りでリズミカルに点滅し、つられた電信柱もゆらゆら踊りだし、そうして街全体が巨大なミュージックホールとなった。

 はじめは本当に猫の抗議活動だったのかもしれない。けれど上機嫌で飛び跳ねる猫たちは、今ではそんなことはすっかり忘れている。

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