リトル・リトル・トリル(超短編集)

春名トモコ

白鳥パズル

 かつて交易の要衝として栄えた街の美しい運河には、百羽ほどの白鳥が住み着いている。

 市役所の職員で白鳥世話係のキトは、街のシンボルである彼らにいたく気に入られていた。とにかくキトにかまって欲しい白鳥たちは、いつからか、長い首を自分たちではどうにもならないほど複雑に絡ませあい、キトがほどいてくれるのを待つようになった。

「ねえ、ぼくがほどけなかったら、きみたちどうするつもりなの?」

 運河沿いの公園に転がる「物体」を前にして、キトは呆れながらも思わず笑ってしまった。なにをどうしたらそうなったのか、推定十羽の白鳥がこんがらがって巨大なボールになっていた。外側に突き出たたくさんの足が、助けを求めるようにバタバタと動いている。

 落ちた羽を掃除するためのほうきを投げ出し、キトは白いボールの前に腰を下ろした。まわりの白鳥たちが自分もかまってくれとすり寄って来るのをなだめながら、難解なパズルを解くのに集中する。白鳥のからだはやわらかくて温かい。彼らを苦しめないように結び目をほどいていくのは、金属の知恵の輪よりずっと難しい。

「まあ、今日は一段と大変そうね」

 運河にかかる橋の上から、街の住人や観光客が声をかけてくる。白鳥に愛されすぎたキトは、この街の名物になっていた。

「あっちの広場でも、白鳥たちが集まって絡まろうとしてたよ」

「今日はこの子たちで手いっぱいだから、止めてきて!」

 子どもの報告にキトは慌てて指示を出す。キトを独占している白鳥たちはご満悦だ。

 だから結び目はどんどん複雑になり、この街の白鳥の首は日に日に伸びていく。

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