第11話 眞神史

「人類は全てそうだと言われているようですが」


「いや、まあ、そうなんだが、そういう意味ではなく」


 普蕭くんの話を要約すると左のような内容であった。

 眞神族の発祥は紀元前五万四千年以前に遡る(古代エジプト人の祖先が現在のエチオピア連邦民主共和国、スーダン共和国あたりから移動して来たのが紀元前三万五百年頃、定住が紀元前一万二千年頃と言われる)。文献資料のみで、長い間、伝説の域を出なかったが、最近、南アフリカのナミブ砂漠に近い山岳の洞窟で眞神文字が発見され、その顔料に使われた植物の分布年代と、生贄と思われる動物の遺骸の痕跡から、放射性炭素年代測定により、その年代が確認された。


「で、その時の文字のなかに、神名の記載があったのだ。むろん、今とは異なる古眞神文字で。しかし、エジプト人がヒエログリフを読めなくなってしまったこととは異なり、今でも古眞神文字が読めるのだ。

 ただ、その反面、古代の呼び名は口にしないせいもあって忘れられてしまったがね。実はその後の調査によって、鎌倉時代末くらいまでは、伝承されていて、漢字と仮名文字との混淆による音写の表記があることもわかった。むろん、国内調査でね。(「いや、眞神郡内だろ」と叭羅蜜斗くんが突っ込んで、笑う)

 一つの名詞のなかで、漢字と平仮名とを混ぜることはない例ではないが、神名では珍しいのではないか。

 ちなみに、眞神族が日本へ渉って王朝を建てたのは、眞神暦7367年の戊辰年甲寅月朔(紀元前713年1月1日)で、第三六六代王、神彝彌眞斗(カムい や ま と)の時代であったが、上陸した以降は、海を渡って頻繁に大陸と交流し、漢字もその際に吸収した。

 西暦五八八年、火々禽之柵(ほほとりのき)(城(き))の斗(たたか)いで大和朝廷に敗れて以来、その時代々々の権力者からさまざまな制約を受けてきたが、源頼朝により、神の真名を奉ずることをいかなるかたちであってもならぬと禁じられ、以来、約定の信義のため、表記も含めて一切を敢えて亡失したらしい。真義潔白が守られぬならば、人も、国家とても滅ぶ方がましだ。潔き僕ら民族はそう考える。悪法でも法は法だ。約束も然り。ソクラテスだって敢えて毒杯を飲んだ。アテネのために」


 僕の方はと言えば、普蕭くんの話がよく耳に入らないくらい、脳裡でぐるぐると大渦巻が理性の領土領域を逆巻くように席捲していた。


 五万年前に遡る歴史って? しかも、それ以降、恐らくは数万年前、旧石器時代くらいからだと思われる文字の使用……言葉を失っていた。


 普蕭くんが僕の混乱を読み取って言う、

「まあ、南アフリカで発見されたのは、文字と言うか、象徴、象形文字、聖なる記号だ。御徴(みしるし)さ。ラスコーやアルタミラの壁画といわゆる文字との間くらいと思えばいいかな。あっちは二万年前のクロマニョン人らしいが」


 全然違う。桁外れだ。もし、本当ならば。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る