第39話 逢川詩音③

「あの、逢川さん」

「なんでしょう、魔王様」

「いやあの、魔王は俺じゃなく、こっち」


 俺がスヴェさんを指差すと、逢川さんは小首を傾げながら言った。


「……そちらは私と同じ悪魔メイド、脳筋ドジっ娘のスヴェさんですよね?」

「脳筋とはなんじゃ?」


 逢川さんの言葉に、スヴェさんが反応した。

 あー、モメたらヤバいな。

 

「褒め言葉だよ」

「そうか、ならば良い」


 と言いつつ、スヴェさんはスマホをポチポチと操作し、俺に画面を見せて来た。


「『考えなしの単細胞』という意味ではないか! どこが褒め言葉じゃ!」

「ごめん、俺の勘違いだった」


 クソ、魔王のクセに文明の利器を器用に使いやがって。

 

「とにかく、俺は一般人で魔王はこっち。仕えるならこっちにお願い」

「と言われましても。何か証拠でも?」


 逢川さんが、スヴェさんへと訝しげな視線を送る。

 あ、そういう挑発は良くない、良くないぞ。


「ほう、疑うのか。ならばこれでどうじゃ?」


 スヴェさんは……俺が止める暇もなく、その場にふよふよと浮いて見せた。

 心配的中だ。

 逢川さんは、それまでの冷静な感じを一変させ、露骨に慌て始めた。


「えっ、嘘、浮いて、えっ、何?」


 ああ……これは誤魔化しようがない。


「……という感じで。これ、口外しないで欲しいんだけど」


 逢川さんはコクコクと頷くと……眼鏡を外し、一本三つ編みにしてある髪を解いた。

 ん? どこかで見覚えが……。


「恭一郎、くん。私に見覚え……ある?」

「うん、なんか、どっかで……というかちょいちょい見かけているような……?」

「うん、あの、初めて会ったのは、入学式の日で……」


 そこで逢川さんは一旦言葉を区切り……一気に話し始めた。


「私ね? 中学時代から他人と話すのが苦手で、クラスで浮いちゃってたの、それで、そんな自分を変えたくて高校初日コンタクトにして髪を解いてきたんだけど、慣れないコンタクトで目が痛くなっちゃったから外したの、そしたら眼鏡忘れちゃってて、使い捨てのコンタクトで予備もなくて、私眼鏡が無いと何も見えないから困ってたの、そしたら恭一郎くんが助けてくれて、それで自分のクラスになんとか辿り着けて、で、二年になった時に同じクラスになったからあの時のお礼をずっと言いたかったんだけど、どうやって話し掛けたら良いか分かんなくって、それで髪を解いた姿で調査……ん、ん、恭一郎くんに話し掛ける機会を探してたんだけど、そしたらたまたま、たまたま行ったショッピングモールで放送聴いた時に『これだ!』って思って、で、色々考えて勇気を出して話し掛けたんだけど、そしたらスヴェさんが本当に魔王だなんて、ちょっとビックリしちゃったっていうか、あと! あとね! あの唐揚げ! 本当に、すっごく美味しかった! ありがとう!」

「あ、うん。ありがとう?」

「だから、これからも、話し掛けてもいい?」

「あ、うん」

「やだ、いっぱいお話しちゃった。今日は帰るね」


 そう言うと、逢川さんは返事も待たずさっさと立ち上がり、ペコッと頭を下げて出て行こうとした。

 あの、ちょっと受け止めきれない部分があるにせよ、色々問い質したい部分があるのですが。


「ちょっと待て! 逢川詩音!」


 そんな中、立ち去ろうとした逢川さんをスヴェさんがまあまあな声量で制止する。

 逢川さんも流石にピタッと立ち止まり、振り返った。

 

「な、なんでしょう」

「お主、スマホを持っておるか?」

「はい、一応持ってますが……」


 本物の魔王と知ったからか、逢川さんの声は若干震えていた。

 そんな彼女に、スヴェさんは言った。


「良かったら、LINE交換せんか? 連絡帳に恭一郎しかいないから増やしたいのじゃ」


 このタイミングでそれ!?

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