第38話 逢川詩音②

 逢川さんが魔界出身?

 つまり、この人も灘さんが言っていた『来訪者』なのだろうか?


「ほう、お主魔界出身なのか」

「ええ。私がその事に気付いたのは、中学二年の頃だったわ。私はずっと違和感を覚えてたの、今の私は、本当の私じゃないんじゃないのか? って。それであるアニメを見た時にこれだ! と思ったのよ。『魔王様の華麗な日常に振り回されてます』、通称マオフリ、もちろん知ってるわよね?」


 赤信号は止まれ、クラスの常識を語るテンションで逢川さんは聞いてきたが。

 すまん、1ミリも知らんが……。

 しかも、なんか話の雲行きが相当怪しくなってきたな?


「知らんのぅ」


 うん、素直にそう言えるスヴェさんが羨ましい。


「そう、まあそれは問題ではないわ。それで、マオフリで魔王に仕える悪魔メイドのシオンちゃん、これが私にそっくりだったの。だから思ったのよね、私は本当は魔王に仕える悪魔メイドのシオンなんだって」


 わお。

 来訪者だと思ってたけど、むしろどっかイッちゃってる奴じゃん。

 いやまあ、魔王と同居しててしかもテイムしてます、とか他人に言えば、俺も同じように思われる可能性があるが。

 逢川さんはそこまで話すと、俺を真っ直ぐな目で見ながら言ってきた。


「どう思う?」 


 どう思う? と来ましたか。

 率直に言えば、アンタちょっとおかしいよ、なんだが。

 

「つまりお主は、魔王に仕えたい……そういう事で間違いないか?」

「ええ。1ミリも間違いないわ」


 スヴェさんの言葉に、逢川さんは頷きながら答えた。

 間違ってて欲しかった。


「それで、あのショッピングモールで迷子の放送を聞いた瞬間、理解したの。ああ、魔王様は本当にいたんだ、って。だって普通に考えて、スヴェさんみたいな外国人美女が、学期の途中に突然転校してきて、こんな田舎にホームステイしているなんておかしいもの。つまり、マオフリと同じで、魔王様が本当の正体を隠して日常に溶け込んでいる……だけど、その違和感が漏れ出ている……そんな感覚があったの」


 謎に鋭い!

 しかし、どうするか。


 つまりあれだ、この女はまさに中二病を引きずっていて、自分が『悪魔メイドのシオンちゃん』だと思っていて、魔王であるスヴェさんに仕えたい、と。

 問題は、それがある種のごっこ遊びの延長としてなのか、マジなのか、って事だが。

 あまり表情が動かないから、考えが読めないんだよなぁ。


「えっと、どうする?」


 取りあえず、スヴェさんに聞いてみる。

 スヴェさんは唇の下に指を添えて「ふむ」と少し考えたのち、笑みを浮かべながら言った。


「まあ、妾としては問題ないがな。正体を知ったうえで、人間界の事に詳しいものが側におれば、何かと助かるじゃろうしな。正体を口外しない、と約束できるならば、別に良いのではないか?」


 おいおい、それだと魔王だと認めているようなもんじゃないかよ。

 ……まあ、いいか。

 なんか、灘さんが『記憶を操作できるスキル』の存在を匂わせてたし。

 イザとなれば、相談してみるか。

 それに、あくまでもごっこ遊びだと思っている可能性もあるし、な。


「まあ、スヴェさんもこう言ってるし、良いんじゃない?」


 俺の返答に、逢川さんは初めて嬉しそうな表情を浮かべた。

 うん、可愛い。

 残念な娘っぽいけど、可愛い。

 逢川さんはそのまま立ち上がると、頭を深く下げながら言った。


「ありがとうございます! では私、悪魔メイドとして精一杯仕えさせていただきます――魔王恭一郎様!」


 俺かいッ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る