第37話 逢川詩音①

 逢川詩音は、成績優秀である。

 逢川詩音は、容姿端麗である。

 逢川詩音は、クラスメートと滅多にコミュニケーションを取らない。

 逢川詩音は、長い黒髪を一本三つ編みで後ろにまとめた、眼鏡が似合う美少女である。

 

 逢川詩音について、俺が知っているのはその程度の情報だ。

 俺は彼女と同じクラスだが、会話をした事がない。

 声を聞くのは、彼女が先生から授業中に指名された際の返答くらいのもので、当然だが彼女の趣味や日常なんて一切知らない。

 彼女について聞こえて来る噂は多い。

 誰それに告白されて振ったとか、家が金持ちだ、とか。

 本人がそれを肯定しているのか、否定しているのかも知らない。


 つまり俺は、彼女の事を何も知らない訳だ。


「今日、キミの家にお邪魔していい?」


 これが彼女との、記念すべき最初の会話(?)なわけだ。

 昼休み、俺とスヴェさんが中庭で弁当を食べていると逢川さんに突然言われたのが、このセリフだ。


「えっと、何しに来るの?」

「用件はその時じゃダメかしら?」

「できれば事前に知りたいんだけど」

「うーん……ここだとちょっと」


 彼女は周囲を見回した。

 中庭には他にも数人、昼食を摂る者がいた。

 他人に聞かれたくない、という事だろうか。


「ちょっと触りだけでも」

「そうね……あなた達、昨日ショッピングモールに居たわよね?」

「オッケー。家に来て良いよ」

「ありがと」


 ショッピングモールでの出来事となると……スヴェさんの幼児化か、アイテムボックスを見られた可能性がある。

 なら確かに、ここで話すのは得策じゃない。


 俺と逢川さんが話している間、スヴェさんはマイペースに弁当を食っていた。

 そんなスヴェさんを、逢川さんは「ありがと」の返事のあと、じっと見ている。


 口に唐揚げを運んだタイミングで視線に気付いたスヴェさんが、逢川さんに言った。


「欲しいのか? この冷めても美味い恭一郎特製唐揚げが」

「……まあ、頂けるなら欲しいわね」


 欲しいんかい。


「仕方無いのう」


 スヴェさんは口まで運んでいた唐揚げを弁当箱に戻すと、俺の弁当から唐揚げを取り上げ、逢川さんに差し出した。

 いや、俺のかい。


 逢川さんは唐揚げを受け取ると、モグモグと食べてから言った。


「美味しいわね、生姜が効いてて……何より、冷めてもカリカリ食感だわ」

「であろう? 恭一郎曰く、砕いたコーンフレークを衣に混ぜる事で、この食感を生み出せるらしいぞ」

「そう。ごちそうさま、じゃあ放課後」


 逢川さんはそう告げると、くるりと身体を翻し立ち去った。

 まあなんだ、初めて話して分かったが……変わった人だな。

 逢川さんの後ろ姿を見ながら唐揚げをパクついていたスヴェさんは、ゴクンと飲み下すと、入れ代わるように言葉を発した。


「あの唐揚げを初めて食べてあのリアクションとは、変なおなごじゃな」


 ……まあ、スヴェさんほどではない、かな。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 放課後、逢川さんを伴って帰宅。

 道中彼女との会話は無かった。

 なんか一定距離後ろから付いてくるようにされたので、会話のしようも無かった。


「ただいまー……うん、じーちゃんは出かけてるみたい」

「お邪魔します」


 逢川さんは靴を脱ぎ……俺とスヴェさんの靴も揃えてくれた。


「あ、ありがとう」

「いいえ。慣れないと」


 ……?

 良くわからんから、スルーしよう。

 居間に通し三人で座ると、逢川さんが話を切り出した。


「昨日、私はショッピングモールにいたの」

「そ、そう」

「そこで聞いちゃったのよ。『魔界からいらしたスヴェスちゃん』って」


 ああ、そっちか……。

 良かった、それならなんとでも。

 逢川さんは俺が出したお茶をずずっと一口啜ると、言葉を続けた。


「ビックリしたわ。まさか、ブラジルからの留学生のはずのスヴェスさんが、私と同じ出身地だなんて……」


 急に不穏になるのやめて?

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