第35話 しゃぶしゃぶ②

「あと、気になったのじゃが」

「何?」

「食べ放題とはなんじゃ? いや、意味は解るが文字通りの意味ではあるまい?」

「いや、言葉通りの意味だけど」 


 俺の答えに、スヴェさんはフッと笑った。


「恭一郎、妾を謀るではない。好きなだけ食べたら、商売が成り立たないではないか。大食いのサイクロプスが来店するだけで潰れてしまう」

「いや、大食いのサイクロプスは来ないんだけど」

「フッ。では何か? あそこに並んでいる寿司やデザートも食べ放題だとでも?」

「そうだけど」

「ハッハッハ。何をバカな……まて、その表情……本当なのか?」

「うん。あ、だけど九十分の時間制限があるけど」

「なんじゃと! こうしてはおれん!」


 スヴェさんはやおら立ち上がると、寿司コーナーにダッシュする気配を見せた。


「走っちゃダメだよ、店出されちゃうよ」


 俺の言葉にやや早歩きになった。

 その後ろを俺もついて行く。


「では、食うぞ!」


 そのまま、スヴェさんは大皿に盛られた寿司に、直接醤油をかけそうになる。


「ちょ、ダメダメ。このお皿にお寿司取って」

「全部食うからよいじゃろ!」

「ダメダメ。ほら」

「むぅ……」


 スヴェさんは渋々といった感じで皿を受け取ると、備え付けのトングで寿司を皿に移し始める。


「他にも色々あるから、一種類ずつにしとこうね」

「ふむ、ではここは恭一郎に従うとしよう」


 寿司を席に運び、肉を注文。

 出汁は二種類から選ぶタイプで、基本の出汁と担々出汁を選ぶ。

 俺はそのまま、野菜コーナーに行き豆腐や白菜、ネギやキノコ類を取る。

 席に戻る頃には、スヴェさんの寿司は無くなっていた。


「んー、やっぱり寿司は美味いのぉ。サーモン最高じゃ」


 ちょうど出汁が届いたので、鍋にネギと豆腐を投入。

 しばらくして肉が届いた。

 牛肉と、豚バラの薄切りだ。


「薄いな。前のすき焼きの肉に似ておる」

「うん、すぐに火が通るんだよね」

「では、早速食べようではないか」

「ちょっと待って、その前に付けダレを用意して、と」


 基本のポン酢とゴマダレを用意し、準備完了。

 菜箸で牛肉をしゃぶしゃぶする。


「おお、すぐに色が変わるな。これは面白い」

「はい、出来たよ」

「もう良いのか? すき焼きはもう少し煮ていた気がするが」

「あれは味を付ける意味もあるからね。しゃぶしゃぶはタレの味があるから、肉はすぐで良いんだよ。ほら、スヴェさん食べて」


 彼女のポン酢入り取皿へと、牛肉を入れる。

 

「では、食してみるか。結局しゃぶしゃぶの意味は不明じゃが、の」


 彼女は肉を口に運ぶと……目を丸くして言った。


「う、美味ぁ……薄い肉なのにしっかりと素材の味を感じる、またこのポン酢? も爽やかで、肉の脂と混ざり合う事でスッキリとした味わいじゃ」

「うん、あと湯に潜らせる事で、余分な脂を落とすんだよ」

「なるほど、理に適った調理法じゃな……」

「そろそろ豆腐も食べ頃だよ」

「ハッフッホ、熱々じゃな」

「豚バラも食べよう」

「おお、牛肉よりジューシーじゃな。満足感が高いのぅ……」

「はい、エノキ」

「おお、キノコの旨味と、肉の脂が溶け込んだ出汁を吸って最高じゃな。シャキシャキとした食感も良い」

「よし、肉を追加だ!」

「ははは、なんぼでも食えるぞ!」


 食べ放題って良いなぁ。

 二人で肉や野菜を大量に食べ続けたのち、最後にデザートで締めた。


「いやぁ、満足じゃ! 別腹までキッチリ満たされておる、食べ放題とは最高じゃな! いくらでも注文して良いとは」

「うん、良いよね食べ放題」


 二人で余韻に浸っていると……スヴェさんが「あっ!」と何かを思い付いたような表情を浮かべたのち、タッチパッドを操作し始めた。

 しばらくして、肉が二皿届く。


「あれ? 食べ足りなかったの?」

「いんや。もう妾の腹には、肉一枚を入れるスペースも無い」

「えっ? じゃあ何で注文したのさ」

「フッフッフ、恭一郎よ驚くでないぞ、妾のこの発想力を」


 そのままスヴェさんは周囲を見回したのち……アイテムボックスを開き、肉をしまおうとした。


「コラッ!」

「な、なんじゃ」


 俺の言葉に、彼女はアイテムボックスを慌てて閉じた。


「持って帰っちゃダメなの!」

「な、なぜじゃ、食べ放題なのであろう?」

「お店の中限定なの!」

「そ、そんな……では、これはどうしたら……残すしか無いのか?」


 スヴェさんは肉を見ながらやや慌てた様子を見せた。


「残したら罰金だよ」

「えっ……」


 スヴェさんがシュンと肩を落とす。


「すまぬ……いつも世話になっておるお主や清一郎殿を喜ばせようと思ったのじゃが……どうやら空回りしてしまったようじゃ……罰金などと」


 ……まあ、悪気は無いんだよな。

 仕方ないな、もう。


「それ、貸して」

「ん? どうするつもりじゃ?」

「いいから」


 俺は肉を受け取り、全て鍋に入れる。

 そのまま、無理矢理肉を食い進めた。


「ウップ、これで、大丈夫、だから」

「きょ、恭一郎……」


 スヴェさんが、目を潤ませながら俺を見てきた、その時――。


『ぴこん』


 と例の音が脳内に響いた。


『絆リンクLV.2が発動しました――』



 ……無理矢理、肉を腹に詰め込んだら深まる絆って、何だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る