第34話 しゃぶしゃぶ①

 迷子を引き取り、いよいよ本題の洋服購入だ。

 

「スヴェさん、大人に戻って」

「うむ。トランポリンも堪能したし、この姿にもう用はない」


 スヴェさんはとてとてと物陰に隠れると、変身を解いて元の姿で出てきた。

 スマホを返しながら、スヴェさんに注意する。


「物珍しさから、色々目が移るのはわかるけど。もう次は途中で止まらず服を買おう」

「ふっ、恭一郎。冒険とは寄り道こそが醍醐味よ。すぐに目的地に向かうなぞつまらんよ」


 多くの冒険譚、その最終目標である魔王が言うと一味違う……のかな?

 良くわかんね。


「それは路銀にゆとりがある人のセリフ。あまりお金使ったら、今日の御馳走のグレード下がるよ?」

「よし恭一郎、服を買いに参るぞ」


 素直でよろしい。

 


◇◆◇◆◇◆◇


 洋服は結構な量になった。

 スヴェさんはスウェットの楽さをいたく気に入ったようで、「これは外せぬ」と言っていた。


 持ち切れない、という程ではないがお互いの両手は買い物袋で塞がっている状態だ。


「ご飯食べる時、ちょっと大変そうだな」

「む、そうなのか? ならば妾に良い考えがあるぞ」

「良い考えって?」

「こっちじゃ」


 スヴェさんはそのまま、人気が無いスペースまで歩いていく。

 

「ここなら余人の目も届かぬであろう」


 何かする気かな?

 念の為、俺はカメラなども確認。

 素人だから確かな事は言えないが、まあ大丈夫そうだ。


「フッフッフ、見ておれ恭一郎」


 スヴェさんがニヤリと笑うと、彼女の横に黒い、何かもやもやした物(?)が出現した。


「えっ、何それ」

「空間収納……俗に言う『アイテムボックス』のスキルじゃ」


 そのまま彼女は手に持った荷物を、そのもやもやの中に入れる。


「ほら恭一郎、それも」

「あ、うん」


 俺が持っていた荷物も、そのアイテムボックスとやらに収納された。


「ふふふ、これで心おきなく食事を楽しめよう」

「まあそうだけどさ」


 うむ、最早ツッコむまい。

 この日常を受け入れるのだ、俺。



◆◇◆◇◆◇◆


「夜はここにしよう! ちょっと早いけど」

「ちょっと早いのか」

「うん、でも食事時は混むからね」

「ふむ、『しゃぶしゃぶ』か……しゃぶしゃぶってなんじゃ?」

「肉をお湯にくぐらせて食う料理……かな?」

「……? なぜそれが『しゃぶしゃぶ』なのじゃ?」

「えっとね……何でだろ」


 確かにあまり考えた事ないな。

 俺はスマホで『しゃぶしゃぶ 語源』で検索してみた。


「えっとね『お店の従業員がおしぼりをタライで洗濯していて、おしぼりをすすいでいる様子が鍋の中で肉を振る様子と似ていたことが由来とされています』だって」

「……で、それのどこがしゃぶしゃぶなのじゃ? それだと『おしぼり』とか『タライ洗い』とか、そんな名前が相応しかろう?」

「うーん、じゃぶじゃぶ洗う、とか言うからそこからかも」

「それならじゃぶじゃぶ……」

「大丈夫、そんなの気にならないくらい美味いから」

「ふむ、まあ美味いなら良いか」


 入店し、人数を告げると席に案内される。

 スヴェさんは席まで移動する間、物珍しげに店内を見ていた。


「恭一郎、何やら様々な物が並んでおるぞ……おい、あれは寿司ではないか」

「うん、ここは寿司も食えるんだ」

「な、なんという贅沢空間じゃ」


 席に付き、タッチパッドでコースを注文。

 ちょっと豪勢に「国産牛食べ放題コース(寿司付き)」だ。


 いざ注文ボタンを押そうとすると……スヴェさんが慌てたように言った。


「待て! 恭一郎!」

「えっ? 何?」

「ここに『幼児半額』と書いておる! 妾また変身すべきでは無いのか!」

「ダメだよ、そういうのは」

「むむ、ナイスアイデアじゃと思ったのだが……」


 この魔王、意外とみみっちいな。

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