第29話 召喚術
「ふむ、理論上はこうして、ああして……」
スマホを眺めながら、スヴェさんが何かブツブツと言っていた。
彼女にスマホを与えてからは、常にこんな感じだ。
「スヴェさん」
「なんじゃ」
「あまりスマホにハマると良くないよ。そういうのはスマホ依存症って言うんだ」
「仕方なかろう。妾も色々調べねばならん」
「何を?」
なんとは無しに俺が聞くと、スヴェさんはスマホを置いてから説明した。
「今はここに世話になっとる身じゃが、妾もいつか元の世界に帰らねばならぬ」
「あ、うん……」
ああ、そっか。
スヴェさん帰る機会があれば帰るつもり、か。
まあ、そりゃそうだな。
「それでな、帰る方法じゃが……やはり魔法かアイテムじゃろう。ならばこの世界の理を知り、妾の魔法と組み合わせるのが一番の近道じゃろうと思ってな。その為に色々調べておるのじゃ。結構その参考になりそうな事象を解説する動画も多くてのぅ。ついつい見過ぎてしまっておるのじゃ」
「なるほどね」
なんだ、動画で暇を潰してるだけじゃないのか。
何となくスヴェさんのスマホを取り、動画サイトの閲覧履歴を見てみる。
「あの、スヴェさん」
「ん?」
「なんか……歌手のPVとか多いんだけど」
「そ、それは……次こそカラオケで100点を出したくてのう」
何の勉強をしとるんだ、何の。
「本当に勉強してるの……?」
「失敬な、やっとるわい……じゃあ、今研究の成果を見せてやろう。恭一郎、隣の部屋に行くのじゃ」
「ん、良いけど……」
俺が立ち上がって隣の部屋に向かおうとするも、スヴェさんはそのまま座っている。
「えっと、俺だけ?」
「うむ、早う行け」
意図が良く分からないが……まあいいか。
俺が隣の部屋に入ってしばらくすると……。
一瞬視界がブラックアウトしたと思った次の刹那、目の前にスヴェさんがいた。
周りを見回すと、どうやら元いた部屋に戻っている。
「な、何これ」
「ふっふっふ。【電話番号召喚】じゃ!」
「で、電話番号召喚!?」
「うむ。召喚魔法に電話番号を組み込むと、そのスマホの持ち主を妾の前に召喚できるのじゃ! どうじゃ、凄かろう!」
いや、これは凄いとかいうレベルじゃない。
あれ? でも……。
「おかしいな、この電話番号じーちゃんの名義なんだけど」
「事実上の持ち主を呼び出す、という事じゃろうな」
「なるほど?」
法則が良くわからんが、まあ、使っている本人も良くわかって無いみたいだしなぁ。
スヴェさんは得意げな表情だったが……ふとスマホの画面を見ると呟いた。
「いかん、そろそろ時間じゃな」
「時間? 何の?」
「ちと野暮用じゃ。探し物を頼まれておってのう」
「誰に、何の探し物を?」
「それは……えっと、秘密じゃ」
スヴェさんはそのままスマホを懐に入れると、いそいそと出かけて行った。
まあ、服装はちゃんとねーちゃんのだし、角も消してるし、大丈夫……かな?
しかし誰が頼んだんだろう。
そして――スヴェさんはその日戻らず、電話も繋がらなくなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝。
まだスヴェさんは戻って来て無かった。
念の為に掛けてみても、電話は相変わらず繋がらない。
まさか――元の世界に帰った……のか?
俺に挨拶も無しに?
いや、スヴェさんは帰ろうとしてたんだから、それは良いけど、せめて最後に挨拶くらいは……。
「ただいまー」
玄関から、スヴェさんの声がした。
俺は慌てて玄関に向かうと、スヴェさんは悪びれる様子もなく言った。
「いやー、腹が減った。恭一郎、飯を作ってくれ」
俺はホッとしつつも、少し腹が立って来た。
「スヴェさん」
「ん?」
「何で、電話に出ないんだよ」
「おお、途中でバッテリーが切れてしもうたんじゃ……なんじゃ恭一郎、まさか妾を心配したのか? ふっ、妾は魔王じゃぞ? 心配など……」
「したよ! 悪いかよ!」
俺がちょっと大きな声を出してしまうと、スヴェさんは目を丸くしていた。
「昨日あんな話したから、もしかしたらスヴェさん帰っちゃったんじゃないかって、心配しちゃったよ、それが悪いのかよ!」
気持ちを吐き出した俺を、スヴェさんはしばらく眺めていたが……やがて優しげに笑うと――俺の顔を抱き寄せ、その胸に沈めた。
「ちょ、スヴェ、さん」
「すまんな恭一郎、まさか妾の事を心配してくれるなどとは思わんかった。嬉しいぞ。あとな、仮に帰る時が来たとしても、そなたに断りなく帰るわけがなかろう。妾の悲願は、お主無しでは考えられんのじゃからな」
スヴェさんはそのまま、しばらく俺の頭を抱いていた……彼女のお腹が「くぅぅ」と可愛く空腹を告げるまでは。
「恭一郎、飯を」
「わかったよ、実は準備できてるから」
「ふふふ、流石じゃ」
ご飯を準備し、居間へ運ぶ。
スヴェさんは眠そうに「ふわぁ」とあくびをしていた。
何となくテレビを点ける。
ちょうど朝のニュースをやっていた。
「速報! あの有名インフルエンサーが緊急逮捕! 闇バイト斡旋のグループ大量摘発か!?」
おお、なんか凄いニュースだ。
このインフルエンサーは俺も見た事あるぞ。
その時、スヴェさんの口から衝撃の発言が飛び出した。
「おお、コヤツは昨日妾を騙したヤツらの一味ではないか。鏡子のやつめ、ちゃんと仕事をしたようじゃな」
……はっ?
「えっと、スヴェさんどういう事?」
「いや、妾も試しにSNSとやらを始めての、そしたら仕事せんか、と言われたんじゃ。まあ、恭一郎はああ言ってくれたが、スマホ代くらい自分で稼ごうと思ってな」
「うん、それで?」
「何やら、猫を探すだけで時給三千円とか言っておったのじゃが、どうやら嘘でな。問い詰めて叩きのめしたあと、ソイツらの首魁を【電話番号召喚】で次々呼び出して、全員叩きのめしたんじゃよ。で、あとは鏡子に丸投げじゃ、はっはっは」
テレビでは、過去最大のトクリュウ――匿名・流動型犯罪グループの略称らしい――の摘発だと大騒ぎしていた。
「スヴェさん」
「ん?」
「あの、本当にスマホ代は心配しなくていいから。あと、SNSの仕事募集はほぼ嘘だから、信じちゃだめだよ?」
「鏡子も同じように言っとったわ。世知辛いのぉ……お、今日の玉子焼きは最高に美味いな! 流石は恭一郎じゃ!」
「あ、うん」
――世の中の騒ぎなどどこ吹く風といった感じで、スヴェさんは朝飯をパクついていた。
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