第19話 焼きそばパン

 午前の授業が終わるまであと5分。

 普段は弁当を用意しているのだが、あいにく週末は疲れてしまったので、今日は手抜き。

 購買に行ってパンを買おう。


 戦いは、午前の授業が終わるチャイムと同時に始まる。

 人気のパンはすぐに売り切れるからな。

 残り4分。

 心の中で購買までの最適なルートをシミュレーションする。

 3分、2分、1分……と時間は過ぎて行き……。


 キンコンカンコーン!


「はい、では授業はここまで」


 よし、レース開始だ!

 ……と思っていると。


 ガラガラ。

 

「お、おーい!」


 毒島先輩が、教室へと飛び込んで来た。

 先輩はキョロキョロと教室内を見回し、何かを探しているご様子だ。

 ……今朝の事もあるし、嫌な予感しかしないが。


「い、いた!」


 ヤッパリ。

 毒島先輩の瞳は、まっすぐに俺を捕らえている。

 よし、気付かないふりー……。


「ちょ、待てよ」


 肩をがっしり捕まれ、俺の思惑は露と消える。


「すみません、俺、焼きそばパン買いに行かなきゃ!」

「それどころじゃねぇんだよ、お前の事を呼んでるんだよ」


 ……そっか。

 一応聞いとこうか。


「えっと、誰が?」

「スヴェ姐さんだよ!」


 なんだその、嫌な予感をジェットエンジンで加速させるような呼び名は……。


「もしかしてその人は、角を生やしセクシーな格好をしてますか?」

「確認するまでもねぇだろ! あんな人が二人といるか!」


 大変ごもっともで。


「伝言お願いしていいですか? 家にいろって言ってたって」

「よくわからねぇが、テメェで言え!」

「お願いしますよ、番長ぉ」

「……テメェ、さてはからかってやがるな?」

「違います、押忍!」

「うるせぇ! いいから来い!」


 業を煮やした毒島先輩が、俺の手を引っ張る。

 まあ、小手返しあたりでさっくり投げ飛ばしてもいいのだが、どうやら俺のテイムしたモンスターが何かやらかしてるみたいだし。


 テイマーとして責任を取りにいくか。

 そのまま渋々屋上に辿り着くと――スヴェさんが座っていた。

 椅子は、四つん這いになった狐くんだ。

 スヴェさんはそんなに体重はなさそうだが、やはり人を乗せるのは辛いようで腕がプルプルしていた。


 俺を連れて来るように頼まれた毒島さんの他の舎弟達も、別の指令を受けていたようだ。


「あ、姐さん! 焼きそばパン買ってきました」

「ほう、これがお主らのオススメか」


 スヴェさんはピリッと包装を破り、パンを頬張る。


「うーん上手いが、妾はおにぎりの方が好きじゃな」


 と言いつつ、モグモグと口を動かすスヴェさんに、俺は声を掛けた。


「……何やってんの?」

「おお恭一郎、参ったか」

「参ってるよ、アンタに」

「ふふふ、妾の魅了の虜になっておるのか」


 前向きだな。


「目立つな、って言わなかったっけ?」

「言っておったの。じゃが妾も『約束はできん』とキチンと言ったじゃろ?」


 くそ、あー言えばこう言いやがって……。

 俺とスヴェさんの埒の明かない会話に、毒島先輩が割り込んでくる。


「……なぁ、お前と姐さんってどんな関係なんだ?」

「どんな関係……えっと」


 まさかテイマーとテイムした魔王、と説明する訳にもいかないし。


「ウチにホームステイして貰ってます」

「そうなのか」

「そうじゃ。そしてゆくゆくは妾の夫になって貰おうと思っている」


 ちょ、ちょっと……。


「恭一郎はな。妾に新たな快感を与えてくれた男じゃ」

「その誤解を招く言い方はやめろ!」

「誤解?」

「なんかその、男女の営み的な感じだと」

「おお、そう言えば昨夜のベッドでは凄かったな。妾がどんなにやめてくれ、とせがんでも恭一郎は容赦してくれんかった。あれは思い出すだけで……」


 スヴェさんが両頬を手で挟みながら、『ぽっ』と顔を赤らめた。

 ヤンキーどもから、ゴクリと唾を飲み込む音がする。


 どうやってこの誤解を……と俺が考えていると。

 毒島先輩が俺の肩に手を乗せながら、絞り出すように言った。


「今日からお前が……番長だ!」

「お断りします!」


 答えながら、ふとスヴェさんを見ると……。

 2つ目の焼きそばパンを開け、モグモグと食ってた。


 コイツ……。

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