第16話 見返り②

 来た!

 これが見返り、か?

 灘さんの警告を思い出しながら、俺は努めて冷静に聞いた。


「ふ、ふふふ、ふーん!? た、頼み事? で、なになに?」

「何をそんなに慌てておるのじゃ」

「えー? ぜぜぜ全然慌ててないよー?」

「おかしな奴じゃな……まあよい、ついて参れ」


 スヴェさんはスルスルと、例の移動方法で先導する。

 うん、もう見間違いじゃないな。

 ヤッパリちょっと浮いてる。


「スヴェさん、その浮いてるのって魔法?」

「いんや、スキルじゃ。妾は生まれつき『浮遊LV.8』というスキルを持っておってな。空も飛べるぞ?」

「はぇー。スキルって凄いですね」

「まあ、たまたまそう生まれついただけじゃ」


 まあ、俺も今は何の因果か「テイマー」なんてスキルを持っているわけだが。

 しかし……何を要求されるのだろう。

 頬擦りの見返りだし、『強制力・弱』だし、流石に命に関わったりしないよな?


 スヴェさんはそのままねーちゃん部屋、つまり現在彼女が寝泊まりしている場所に入った。


「では、改めて妾からの頼み事じゃが」

「はい」

「恭一郎――今宵の、妾の夜伽を命ずる」

「夜伽……夜伽!?」


 夜伽って、アレだろ!?

 その、夜のお相手だろ!?


 何それむしろご褒美……いや、何か落とし穴が……でも、断ったら最悪命を?

 俺が「あ、あの……」と言葉にもならない感じでいると……。 

 スヴェさんは「ぷっ」と噴き出した。


「冗談じゃ」

「おい!」

「何を怒っておる」

「怒るわ! からかいやがって!」

「ふふ、ならば冗談じゃなくするか? 妾は一向に構わんが?」


 スヴェさんは俺に身体をピタッとくっつけ、上目遣いでこちらの反応を伺っている。

 ……ふん。どうせからかってるだけのクセに。


「もういいから、で、頼み事って?」

「ふふふ、良いのか。では……」


 彼女の角がまたピカっと輝き、髪の毛へと変化した……いや、昨日の言葉を信じるなら、元に戻った。

 次に、スヴェさんはベッドの枕がある辺りを指差した。


「ここに座れ」

「ん? うん」


 枕をどけ、俺はあぐらをかく。

 するとスヴェさんはご丁寧に枕を持ち上げ、俺の足の間に起き、そのまま寝転んで頭を乗せた。


「では、頭皮マッサージとやらをしてくれ」

「頭皮マッサージ?」

「うむ、良くわからんが『寝るまで頭皮マッサージをして欲しい』と思ったのだ。どんな物かも知らぬのに、な」


 なんだ、見返りってこの程度か?

 なら楽勝だな。


「では始めるね」

「うむ」


 そのまま、俺は見様見真似で頭皮マッサージを始めた。

 頭を指でガシガシ揉むと、スヴェさんは「ん……」と、吐息交じりの声を出した。


「これが頭皮マッサージか。中々……気持ち良いのお」

「そうですか?」

「うむ。他人に頭をわしゃわしゃされるのがこんなにも心地良いとは」


 そのまま、頭皮マッサージを継続する。

 頭頂部周辺を揉んだり、頭を軽く持ち上げ、盆の窪近くの首周辺を揉んでみたり……。


「おお、ん、そこも、良いな」

「そう?」


 反応を見ながら、頭全体を揉みほぐしているが……。

 スヴェさん、寝る気配無いんだけど。


「あのー、これ、寝るまでなんですよね?」

「うむ。ちなみに昼寝したし、基本的に妾は夜型人間じゃからまだ全然眠くないのぉ」


 わ、罠じゃないか……!

 寝るまで、なのに相手は寝る気がない……。

 まいったな。

 でも中断したら何されるか分からんしなぁ。


 ちょっと俺が徹夜を覚悟し始めたころ、次のマッサージ場所を思いつく。

 確か耳って、ツボが集中してるんだよな?


 スヴェさんのやや尖った耳を、両サイドとも掴んで刺激しようとした、瞬間。


「んんんんんんー! きょ、恭一郎、ダッ、ダメ!」


 スヴェさんが身体をビクビクさせながら、目をギュと瞑った。


「ダメって……」

「やっ、恭一郎、は、離し……ンンンッ!」


 スヴェさんは一際大きな声を上げ、身体を震わせたあとでぐったりした。

 ふむ。

 俺はそのまま、耳のマッサージを再開した。


「き、恭一郎、妾、ダメ、ダメって言ったぁ!」

「ここはツボが集中しています。徹底的にやる必要があります。もみもみ」

「ん、んん、んー!」


 スヴェさんは両手でシーツを握り、何かに耐えていたが……また身体を震わせ、ハアハアと息を荒げながらぐったりとした。


「も、もう……」

「まだ寝ないんですよね?」

「寝る、寝るからぁ……」

「どうやって?」

「自分で、睡眠、魔法を、かけて……」


 と、スヴェさんは糸が切れたように『コテン』と眠った。


 ふっ。

 何か知らんが、勝ったな。


 ……何となく、起きた時が怖いけども。



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