第15話 見返り①

 あっ、そうだ。

 俺、灘さんに聞きたい事があったんだ。


「あー灘さん、ちょっと良いですか?」


 挨拶を終え、帰り支度を始めた灘さんを俺は呼び止めた。


「ん? どうしたの?」

「ちょっとご相談というか、話したい事が」

「いいわよ」

「ありがとうございます、ちょっとこっちで」


 じーちゃんが聞いてもちんぷんかんぷんだろうと思い、灘さんを縁側に誘う。

 庭を向いて二人で腰掛けてから、俺は話を切り出した。


「お昼に、ウナギ食べたじゃないですか」

「うん」

「その時……頭に『ぴこん』って音が鳴ったんですよ」

「えっ!?」


 何かしら反応があるとは思っていたが、灘さんのリアクションは俺の想像を大きく超えていた。

 両手を肩に乗せ、顔を寄せてくる。


「それは『スキル』を獲得したって事?」

「スキル……って言うんですか? 獲得したって感じじゃなかったですけど……。『絆リンクLV.1が発動しました』ってアナウンスのあと、スヴェさんをテイムしたとか言われて。あ、あとあの時スヴェさんに頬擦りされたじゃないですか? あれもそのテイムに関わっているみたいで……」

「魔王を……テイム? 何それ、そんなの聞いた事ない、けど」

「テイム自体には、聞き覚えが?」

「うん、あるわ」


 肩から手を離し、灘さんは少し考えるように沈黙したのち、話を始めた。


「まず、異世界で得た特殊な能力を『スキル』と呼ぶの。例えば肉体を強化するスキルだったり、特定の魔法を使うのもスキル。私も色々なスキルを持っているのよ」

「なるほど、本当にゲームみたいですね」

「うん。スキルは何かのきっかけで発現したり、使い続けると強化されるの。ただ……少なくとも私は、この世界でスキルが発現したり、強化された事はないわ」

「それって……」

「そう、あなたはかなり特殊例って事……あっ」

「? どうしました?」

「いえ……一人だけ例外がいたわ。私の友達なんだけど、その人は他人にスキルを貸したり、譲ったりするスキルを持ってるの。実際私も彼から一つスキルを貰ったし……」


 ええ、何そいつ。

 神の振る舞いじゃん。

 

「なんか凄い人がいるんですね」

「うん、おそらくこの世界の頂点にいるわ。性格がちょっと……クセが強いんだけど」


 うん、これは俺にもわかる。

 灘さんは今、「性格が悪い」をかなりオブラートに包んだな。


「灘さんより強いんですか?」

「残念ながら、足元にも及ばないわね……で、さっきの『絆リンクが発動しました』ってのは、おそらくスキル強化に関連するアナウンスね。これから考えられるのは一つ。あなたは……恐らく元々『テイム』のスキルを持っていた、という事よ」

「俺が、元々スキルを……?」

「うん、ただそうすると不思議なのは……スキルって、何を持っているか自覚できるの。私ならコレとコレを持っている、みたいに。まあ、持ってるスキルを自覚してても、使う事自体は自覚なく使っちゃうケースもあるっちゃあるんだけど」


 自覚なく使っちゃう、か。

 俺の場合もそうなのだろうか?

 自覚なく、スヴェさんをテイムしてしまった、と言う事なのだろうか。

 灘さんの言葉について考えていると……。


「仮説としては、あなたは元々スキルを持っていた、だけどそれを自覚していない。その場合、何かしらのスキルによって『記憶』を操作されている可能性もあるわね」

「き、記憶の操作? そんな事までできるんですか!?」

「できるわ」


 言い切った灘さんの表情から察した。

 恐らく――彼女にも使えるのだろう。


「まあ、その辺はあくまで仮説。で、テイマーのスキルなんだけど……私は持っていないけど、これが結構、厄介なのよね」

「厄介?」


 灘さんは俺の言葉に頷くと、説明を続けた。


「私の知る限りだけど、テイマーとテイムされたモンスターって『ギブアンドテイク』なの」

「ギブアンドテイク? でもまあ、それってペットと飼い主でもまぁまぁ普通なんじゃ」


 俺の疑問に、灘さんは頭を振った。


「テイムのスキルは、その辺がもっと厳密なの。私が異世界で出会ったテイマーはドラゴンを使役してたわ。ドラゴンに何かをさせたら、何らかの『見返り』が必要だったの。ある日、彼はドラゴンに無茶な要求をしたの。どうなったと思う?」

「いや、サッパリわかんないですけど……」

「彼はドラゴンへの適切な見返りを用意できず……命を『テイク』されたわ」

「えっ……えー!?」

「つまりテイマーがスキルによって、使役したモンスターを操った場合、何かしらの見返りを要求されるの。そして、その見返りが用意できない場合、代わりに何か別の物を『テイク』される。これがテイマースキルのメリットとデメリットよ。だから恭一郎くん、スヴェさんをスキルで操作しちゃだめよ? 魔王の求める見返りなんて、きっとロクなもんじゃないわ」

「あの、すみません時すでに遅し、と言いますか……」

「えっ?」

「あの、お昼に俺、頬擦りして貰ってたじゃないですか? あれ、スキルの効果なんですよ」

「なんでそんな事……」

「いや、お二人を止めようと思って」


 灘さんは眉間の辺りを指で揉みながら、「はぁー」とため息をついた。


「いい? スヴェさんから何かを要求されて、手に余るようだったら私にすぐに連絡して。できる限り対処するから」

「よ、よろしくお願いします」

「いいのよ。御馳走して貰ったし、責任の一端は私にもあるし。じゃあ、私も仕事を抜け出して来てるからそろそろ戻るわ」

「そうだったんですか、なんかすみません……あれ、でもお酒飲んで良かったんですか?」

「もう抜けたわ。代謝を上げるスキルがあるのよ」


 はえー。

 スキルってすげぇなあ。


「じゃあ、何かあったら連絡してね」

「はい、ありがとうございます」


 話を終え、今度こそ灘さんは帰った。

 彼女の話を反芻する。


 何かしら見返りを求められる、か。

 頬擦りの見返り……さ、流石に命に関わるような事じゃない……と信じたいが。

 だけど、相手は魔王だしなぁ。


「ん? 鏡子は帰ったのか?」

「うわぁあああ!」

「な、なんじゃ。いきなり大声出して」

「あ、いや、ちょっとびっくりして」

「ふうん?」


 風呂上がりのスヴェさんに声を掛けられ、思わず大声を出してしまった。

 さっきの話のせいで、ちょっと怖いな。


「あ、スヴェさん。良かったらまたアイス食べる!? アイス」

「いや、今宵は別腹までキッチリ腹一杯じゃ。今度にしようそれより……恭一郎」

「な、何?」

「妾……そなたに頼みたい事があるのじゃが」

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