第12話 主従関係

 俺は恐ろしい力を手に入れてしまった。

 クッソ美人な魔王を、俺の意思である程度操作できるという力を。

 美人わからせ、というジャンル。

 今までその良さがよくわからなかったが――目覚めつつあるのを自覚できる。


 なんせ【頬ずり:強制力・弱】であの威力なのだ。

 もし、もし、だ。

 この後も、この能力が進化したならば?


 例えば【■◆■■■:強制力・極大】なんて能力に目覚めてしまったら、俺は抗えるのか?

 あの、性格にはとても難があるが、その分ステータスをエロに極振りしたような、外見にしか能が無い美人魔王相手に、俺の理性は保つのか?


 ……無理だ。


 彼女に何かを強制できるという事実が、俺に凄まじい強制力を発揮しそうだ。

 朝、昼、晩とお願いしてしまいそうだ。

 なんなら、その想像だけで朝、昼、昼、昼、晩、晩、晩、とイケそうですらある。

 だからこそこれ以上、スヴェさんとの絆を深めるのは危険だ。

 俺が、俺ではない何かになってしまいそうだ、気を付けなければ――って!


 気が付いたら洗面台でヒゲを剃ってるぅううう!

 さっきヒゲを剃れって言われたから、頬ずりに備えて念入りにヒゲを剃ってるぅうううっ!


 お、恐ろしい。

 むしろ俺が【強制力・強】によって行動を操作されているのでは?


 スヴェさんは俺と結婚したいらしい。

 だがそれはもちろん、俺自身の魅力ではない事など百も承知だ。

 彼女の望みはエサだ、あくまでもエサ目当てなのだ。

 だからこそ、彼我の立場は今後しっかりと確立しなければ。


 そう考えれば、この【テイム】というのは良くできている。


 飼い主とペット。

 『主』という言葉がついているため、飼い主が上、ペットが下だと思われがちだが、そうじゃない。

 世の飼い主とペットなんて、それぞれによって主従はコロコロと逆転している。


 ペットに依存している飼い主ってのは、ただ『可愛い』というだけで、時間や経済的奉仕を強いられる存在なのだ。

 この場合、確実にペットが『主』、飼い主は『従』だろう。

 人間なんて油断すればすぐ『可愛い』に搾取される、愚かな生き物なのだ。


 ネコなんてわかりやすい。

 おそらくは、元々ネズミ対策として人類に飼われ始めたであろうネコは、今や『可愛い』という理由だけで人間から搾取を行う存在だ。

 もちろん、無責任な飼い主によって不幸な目に合うネコは後を絶たないが、それでも『可愛い』が、現代ネコの生存戦略と言えるだろう。


 つまり、スヴェさんのペットとしての戦略は――どエロ!


 俺はあの色香に惑わされんぞ!

 あの可愛いだけの魔王に媚びたりしない、立派な飼い主になってみせる!

 えいえいおー!


「……何を一人で拳を振り上げておるのじゃ?」

「うわぁあああ、スヴェさん、昼寝したんじゃないの!?」

「まあまあ寝て、起きたが」

「……えっ?」


 あっ、本当だ。

 俺が思考の迷路を彷徨っている間に、お昼結構過ぎてるわ。


「で、何をしておったのじゃ?」

「ちょっと、脇の下の筋肉を伸ばしてだだけだよ」

「ふうん、そうか」


 さっき俺が考えていた事は、スヴェさんには内緒にせねば。

 なんなら、俺が彼女をテイムした事も、秘密にできるならしていこう、うん。

 さっき灘さんとも、戦って序列付けたがってたし、俺がテイムしたなんてバレたら暴れそうだ。


「ところで恭一郎」

「うん?」

「妾、寝起きに昨日食べたアイスとやらを所望する」


 スヴェさんは踏ん反り返りながら、アイスを求めて来た。

 くっくっく、早速来たな調教チャンス。


「あのさ、スヴェさん。好きになったからって制限せずにバクバクと食べるのは良くないよ?」

「でも、妾はアイスの気分なのじゃ……ん?」


 そこまで言ってから、スヴェさんは俺の顔をジロジロと見始めた。

 そして一通り観察してから……ニヤァと笑った。


「な、何?」

「ふふふ」


 そのままスヴェさんは俺に抱きついて来て、頬を擦り付けてきた。


「えっ、ちょ」


 さっきの頬擦りは横から、俺の右頬にスヴェさんの左頬を擦り付ける『頬擦りサイドアタック』だった。

 しかし今回は、俺の左頬に彼女の左頬を擦り付ける『フロント頬擦りアタック』。

 しかも、俺の胸に、彼女の胸が押し付けられる二段階コンボ。


「妾の言いつけを守ってキチンと髭を剃っておるな、妾にこうされたかったのであろう? 恭一郎はい奴じゃ」

「そ、そういう訳じゃ」


 無くもないのが悲しい。


「照れるな照れるな、ふふふ」


 スヴェさんが笑うと、彼女の吐息が俺の耳に吹き付けられる。

 反射的に身体がビクンと動いてしまった。

 このままだと――マズい!


「スヴェさん、離して」

「ん? もう良いのか?」

「いや、ほら、このままだと、アイス用意できないから、さ」

「ふむ……まあ、そういう事にしといてやろう」


 スヴェさんは最後に強めに頬擦りすると、そっと離れた。


「では恭一郎頼むぞ……いや、妾は風呂に入るとしよう。アイスの味わいを増すためにな」

「そ、そう……」

「一緒に入るか?」

「……いや」

「ふふふ、そうか」


 スヴェさんは俺の返事を聞くと、居間を出て行った。

 彼女の頬の感触を反芻しながら、俺の口から思わず独り言が漏れた。


「これ、調教されてるの……俺じゃね?」



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