第11話 頬ずり

 頭の中に響いた声、それは不思議な感覚だった。

 音声として認識しているのに、何故か使われている単語を、文字としてもしっかりと認識できる。


 まるで──ゲームで、音声付きのセリフを見ているような──。


 そのアナウンスには続きがあった。


『スヴェス=マルジューム=ガーニーに対して【頬ずり:強制力・弱】を使用できます。使用方法は──』


「どうした恭一郎、ぼーっとして」

「うわぁあああっ!」


 脳内に響く声に気を取られている間に、スヴェさんが目の前まで来て俺の顔を覗きこんでいた。


「な、なんじゃ。妾の顔を見るなり叫び声など上げて」

「いや、近いから!」

「近いとマズいのか?」

「う、うん」

「なるほど、では少し離れるとしよう」


 スヴェさんがそのまますいっと離れる。

 といっても隣に座ってるんだけど。


「ご馳走様でした、本当においしかったです」


 灘さんは食べ終わったようで、箸を置いた。

 丼は米粒一つ残さず綺麗に完食している、うん、食べ終わった後の食器って、その人の育ちの良さみたいなのが出るよね。


「それじゃ私は一度東京に戻ります。あっ、そうだ恭一郎くん、連絡先を交換したいんだけど、いい?」


 灘さんがスマホを取り出した。

 「はい」と返事して俺もスマホを出し、電話番号とメッセージアプリの連絡先を交換する。


「ありがとう。ここを『地点登録』してあるので、何かあったら連絡してね? すぐ駆け付けるから。あと、スヴェさんの正体の事はみんなにナイショよ? 後日身分証は用意するけど、とりあえずホームステイしている外国人って事にしといてね」

「わかりました」


 まあ、あんまり出歩かないようにして貰って、家で過ごして貰おう。


「じゃあ私はそろそろおいとまします。清一郎さん、恭一郎くん、本当にごちそう様でした」

「今度来た時は地鶏を食わせちゃる、旨いぞぉ?」

「ふふ、楽しみです。では――」

「ちと待て、灘鏡子」


 帰ろうとする灘さんを、スヴェさんが呼び止めた。


「何?」

「良かったら妾と食後の運動をせんか?」

「それなりに忙しいんだけど、まあ、ちょっとなら良いわよ? 競技はどうする?」

「決まっておろう? 妾は恭一郎のウナギを食べたばかりでエネルギーが余っておってのう」


 ボッ! と音を立て、昨夜以上の光がスヴェさんから立ち昇る。

 ウナギで変な精が付いちゃった!


 灘さんは額に手を当てて「はぁ……」とため息をついたのち、ニヤリと笑った。

 

「やるとなったら手加減とかできないけど、いい?」

「望むところよ。序列はハッキリさせておいた方が何かと良かろう? 今後の為にも、の」


 もー!

 なんでこの二人、こんな好戦的なの!

 二人が臨戦態勢? ぽい感じになっている中――遂に家主であるじーちゃんが動きを見せる。

 じーちゃんは二人の間に立ち、それぞれの顔を見ながら言った。


「灘さん、スヴェさん、そして……恭一郎」

「はい」

「うむ?」

「何、じーちゃん」

「ワシは、田んぼを見てくる」

「はい」

「うむ」

「うん」


 そのままじーちゃんは居間から出て行った。

 ……なんの役にも立たねー!

 そうだ、こうなったらさっきの……。


「スヴェさん!」

「うん?」


 俺は彼女を呼び、そのあと自分の右頬を『パンパン』とはたいた。

 スヴェさんはポカンとした表情になったあと、眉毛を寄せた。


「で、恭一郎なんじゃ?」

「あ、いや」

「邪魔をするな」

「はい……」


 そのままスヴェさんは再び灘さんの方を向いた。

 うーん『強制力:弱』だとこんなもんなのか? と思っていると……。


「む?」


 スヴェさんが再びこちらを向く。


「むむむ?」


 そのまま、俺に顔を近づけ……。


 スリスリスリスリ。

 と、俺の頬に彼女の頬を擦り付けて来た。


「えっと、突然何をやってんの?」


 灘さんのツッコミに、スヴェさんが頬ずりしながら答える。


「わからん。なんかこうしたい心境じゃ」


 スリスリスリスリ。


「あっそ、じゃあ私帰ってもいいかしら?」

「んー、まあ良かろう。妾も興が削がれた」


 スリスリスリスリ。


「それじゃ私はこれで。じゃ恭一郎くんまたね? あと……知り合ったばかりの女性にそんなに懐かれるなんてモテモテね? ふふふ」


 なんか最後にはちょっと呆れた感じで、灘さんは出ていった。

 しばらくして、スヴェさんが頬ずりをやめる。


「恭一郎」

「はい」

「ヒゲをそれ、ちょっとチクチクする」

「あ、ごめん」

「しかし……お主嘘つきじゃな」

「えっ?」

「さっきは近い近いと騒いでおったのに、妾に頬を擦り付けられて満更でもなさそうではないか」

「あ、いや、その……」


 スヴェさんは悪戯っぽく笑うと、すっと立ち上がった。


「妾も別に嫌では無かったぞ、ふふふ。ではしばし昼寝でもしようかの」


 スヴェさんは鼻歌交じりで、機嫌良さそうに居間を出て行った。


 しかし、頬ずりか。

 あの感じだと強制力は弱い、っていう事だけど随分と強力だな。


 ……俺に、効きすぎる。


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