第13話 すき焼き①

「そうか、スヴェさんはしばらくここに住むんじゃな?」

「うん、ウチでホームステイって事になったんだ」

「はっはっは、賑やかになってええのう。ワシの命の恩人じゃし、お前を婿にとも言ってくれとるし。何時まででもおってもらいなさい」


 大丈夫だとは思っていたが、改めてじーちゃんの許可が貰えて良かった。

 もしダメって言われたら、それこそコッソリ飼ったり『このペット、僕がちゃんと! ちゃんとお世話するから!』と頼み込まないといけない所だったな。


「なら、スヴェさんの歓迎会をせんといかんのう。昨日の夜は握り飯じゃったし」


 でた。

 田舎者特有の、旨い食事でもてなすモード。

 ……まあ、孫の俺も負けず劣らずの田舎者なわけだが。


「でも、昼は豪華にうなぎだったじゃん」

「ありゃあ貰いもんじゃ。ウチが御馳走したって胸張って言えんわい。感謝する相手はウナギをくださった渡辺さんじゃろう?」


 律儀だなぁ、じーちゃんは。

 だから尊敬できるんだけど。


「じゃあどうする? 定番だと寿司とか?」

「寿司もええのぅ」


 じーちゃんと俺が、夜の献立を相談していると。


 テンテレテン、テンテレテン。

 と、じーちゃんのスマホに着信があった。


「もしもし、うん、うん……そうか! 入ったか! もちろんすぐに買いにいく! 薄くスライスしといてくれ!」


 じーちゃんの言葉で、何の電話だったのかすぐに察した。


「今回は時間かかったね」

「しょうがない、貴重な品じゃからのう」

「じゃあ、今日の夜は……」

「うむ! すき焼きじゃ!」


 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「なんかすみません、夜ご飯まで御馳走になる事になってしまって……」

「いやいいんじゃよ。まだこっちにおって良かった」


 じーちゃんが「もしまだ近くにおるなら、灘さんも呼びなさい」という事で、来てもらった。

 実はその人『我が家↔東京』間を往復してるんだぜ?


 迷惑かなとも思ったが、「じーちゃんがすき焼き食べに来ないか? って誘ってます」と伝えると「行く!」と二つ返事だった。

 大好物らしい。


 灘さんに関しては、まあ、俺も色々考えている事があるし、ちょうどいい。

 スヴェさんは南部鉄器のすき焼き鍋を見て「この鍋、格好良いな」と感心していた。


 すでに材料の仕込みなどは終わっている。

 あとは始めるだけだ。


「それでじゃワシは失礼して」


 シュポンとビールの蓋をあけ、じーちゃんが瓶ビールを手酌しようとすると……。


「あ、注がせて下さい」

「おお、すまんな。こんな美人にお酌してもらえるなんて、ばーさんが見たら妬いてしまうかも知れんのう」

「ふふふ、お上手ですね」

「灘さんも飲むかい?」

「はい、いただきます」


 じーちゃんと灘さんのビールは準備OK……スヴェさんは……酔わすとどうなるかわからないから保留しよう。

 取りあえず、麦茶が気に入ったようでさっきからゴクゴク飲んでるし、大丈夫だろう。


「では、スヴェさんの歓迎会じゃ。ホームステイなんちゅうハイカラなもんは良くわからんが、好きなだけこの家におってくれい! じゃあカンパーイ!」


 じーちゃんの挨拶に合わせ、俺と灘さんもグラスを掲げる。

 まあ、俺とスヴェさんは麦茶だけどね。

 スヴェさんはキョロキョロと、俺たち三人の様子を眺めたあと、取ってつけたように軽くグラスを掲げながら。


「妾の為に宴を催して貰ってすまんな。今宵は無礼講じゃ」


 お前が言うな。


「では早速始めよう。恭一郎、鍋は頼むぞ」

「うん。で、灘さん」

「ん? なあに?」

「すき焼きって、その家ごとにちょっと違いがあったりすると思うんですけど、今日は我が家式に合わせていただけると嬉しいです」

「あ、大丈夫! うちそーいうこだわり全然無かったから!」

「安心しました、じゃあ始めますね」


 まずは加熱した鍋に牛脂を溶かす。

 全体に満遍なく行き渡らせたら、次にネギを焼き、焦げ目がついたら取り出す。

 これによって脂にネギの香りが移り、牛脂特有のクセをマイルドに。


 いよいよ、次は肉の出番。

 ――そして、ここからが勝負だ。


「灘さん、スヴェさん」

「ん? 何?」

「なんじゃ、恭一郎」

「今後、我が家ではお二人が争う事は禁止です。これをお約束頂けなければ――肉はお渡しできません」


 俺の言葉に、スヴェさんがピクリと眉根を寄せた。


「なんじゃと、恭一郎。妾に指図するつも……」

「私はそれでOKー! でも、正当防衛は仕方ないよね?」

「それはまあ」

「うんうん約束します!」


 灘さんがアッサリ陥落した。

 ふふ、幸先がいい。


「では灘さんから。今日のお肉は……こちらです!」


 俺はテーブルの下に隠してあった肉を置いた。

 灘さんの目の色が変わる。


「すっごい、綺麗な赤身……」

「山口県阿武郡でのみ生産される幻の牛肉『無角和種』です」

「むかく……わしゅ?」

「はい。A5やA4といった霜降りをありがたがる基準や世相から、その生産量が減少してしまったのですが……肉質や味わい、共に最高です。一般にはあまり流通しないのですが、じーちゃんがツテを使って、僅かに近所のお肉屋さんに仕入れて貰えるようにしてます」

「何その、食べないという選択肢を奪い去るセールストーク……」


 まずは肉を鍋に。

 我が家ではここに少量のザラメを投入し、肉を軽くコーティング。


 じゅうううと肉とザラメが焼ける音とともに、香ばしい匂いが立ち昇る。

 そして少量の割り下を入れ、さっと火を入れる。

 焼き過ぎは厳禁。


 たったこれだけでぇー?


 極上すき焼き(肉1枚目)完成!


「さ、灘さん器を」

「う、うん」


 贅沢に今朝とった卵2個分の卵液に満たされた器に、肉を沈める。


「ふわぁああああ……美味しそう……」


 灘さんが溺れていた肉を箸で救出した、と見せかけて口に運ぶ。

 もぐ、と一噛みした瞬間、灘さんは驚いた表情を浮かべた。


「旨いじゃろ?」

「んー! んーんーんーん!」


 ニコニコしながらのじいちゃんの言葉に、灘さんは口をもぐもぐさせながら、何度も頷く。

 彼女は肉を飲み込むと……代わりに感動の言葉を吐いた。


「すっごい美味しい! なんかその、和牛とかの溶けるとは違うんだけど、とても柔らかくて、噛み締める事に牛肉の強い旨味のエキスが溢れて……あと、この卵も本当に美味しい! あー幸せ!」


 ふふふ、そうだろうそうだろう。

 そんな灘さんの様子を苦虫を噛み潰したような表情で見ていたスヴェさんに、俺は質問した。


「で……スヴェさんはどうします?」

「ムムム……」

 


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