第7話 求婚

 台風が去り、代わりとして我が家に台風のような女が来た翌朝。

 テレビで昨夜の事が報道されていた。 


『……県上空で、昨夜突如消失した台風ですが専門家でもその原因は不明、との事です』

「ふっふっふ、もぐもぐ、妾の……もぐもぐ、仕業じゃ、もぐもぐ」

「スヴェさん、食べながら物を話すのは、我々の世界では行儀が悪い、とされています」

「もぐった」

「わかった、も飲み込んでからでいいです」


 テレビの存在は、結構あっさり受け入れていた。

 元の世界でも、なんか遠くの映像や音声を鏡に投影する魔法があるらしい。

 それより「こんなに深く眠ったのは久しぶりじゃ」と布団を褒めていた。

 今朝はリクエストに応え、再びおにぎりだ。


「この、一緒に饗されているスープも美味いな。なんというか、コクがある」

「味噌汁といいます。昨日説明した鰹節で出汁を取りました」

「ふむ、鰹節……恐ろしき食材じゃのう。ところで清一郎どのは? 今朝は姿を見かけておらぬが」

「じーちゃんなら、昨日の台風の被害状況を見に行きました」

「恭一郎、よせ」

「何をですか?」


 俺の問にすぐには答えず、スヴェさんは「ズズズ……」と味噌汁を飲んだ。


「良いか、恭一郎」

「はい」


 ズズズ……。

 いや、味噌汁に後引いてないで早く言え。

 結局飲み干し、御椀を置いてから彼女は言った。


「お主が妾に敬意を持って接してくれるのはありがたいが、どうやらここでは妾は異邦人。変に気を使う必要はない。そのように敬語を続ける必要はないぞ」

「そう?」

「うむ。脱衣所でのお主の態度くらいで良い」

「んじゃ、まあ……すぐにはあれだけど、うん」


 うーん、こういうのってすぐに距離感詰めるの難しいよなぁ。


「変に遠慮しあってもしょうがなかろう?」

「そう、かもね」

「うむ。だから妾も遠慮は控える、味噌汁お代わりが欲しい」

「……はい、用意するよ」


 味噌汁のお代わりを用意して戻ると、テレビの話題は天気から『プロポーズ特集』みたいなものになっていた。

 定番の指輪サプライズだったり、フラッシュモブで滑り倒したり、などの話題が続く中、コメンテーターのオッサンが笑いながら言った。


「昔は『俺に毎日味噌汁を作ってくれ』なんてのもあったみたいですよ。今だったら一部の女性が怒るかも知れませんねぇ、はっはっは」


 うーん、確かに。

 私は飯炊き女じゃない! みたいな感じで。

 俺がオッサンのコメントに、内心で同意していると。


「……こ、これじゃ」

「えっと、何が?」


 どうせロクでもない事だろうと思いつつ、味噌汁を飲みながら彼女の返答を待つ。


「恭一郎、妾に毎日味噌汁を作ってくれ」


 ふぶっー!

 味噌汁撒き散らしそうになったが、何とか御椀で受け止め、意図を聞く。


「いや、あの、いつまでここにいるつもりか知らないけど、いる間はいいよ?」

「いや、そうではない。妾と夫婦めおとになってくれ」

「何でだよ!」


 何なのこの急展開。

 昨日魔王に出会ったと思ったら、プロポーズされてるんだが?


「昨日の風呂場での様子を見るに、幸い、お主は妾の事を雌と認識できるのじゃろう?」

「どの辺でそう思ったんですか?」

「股か」

「おっと、そこまでだ」


 仕方ないだろ? 健全な男子高校生なんだから。


「聞いておいてなんじゃ」

「聞かれても答えんな! で、何? 出会ってすぐ、俺の事が好きになったりでもしたのか?」

「ん? いや、恋愛感情って事なら皆無、絶無じゃ」

「なら、なんで!」

「結婚なんて、恋愛感情なぞいらんじゃろ? それよりもメリットじゃ」

「俺にメリットを感じないのですが」

「妾を抱けるのは、メリットじゃろ?」

「ほほう、随分とご自身に自信がおありの御様子ですね?」

「だって、股か」

「もう、それいいから! じゃあスヴェさんのメリットって何だよ!」

「これじゃ」


 スヴェさんは俺の問いに、朝食を指差して答えた。


「お主の飯を食うと、魔力が溢れる。今は奔流を内に抑えておるから昨日のようには見えないだろうが、凄まじい力じゃ」

「……つまり?」

「お主さえおれば、妾は真に最強の存在となれる。ふっふっふ、今は戻る方法こそ不明だが、二人で魔界に凱旋し『神殺しの夫婦』として名を馳せようぞ!」

「ええ……何その罪深そうなカップル名……」


 俺が呟くと同時にスヴェさんは立ち上がり、俺の横に来て座った。

 そのまま俺の頬を擦りながら、愛おしげに呟いた。


「我らの出会いは運命じゃ……妾は欲しいものを妥協せぬ。恭一郎、必ずお主を妾のものにしてみせよう」


 う、近い近い。

 しかも、その表情で言われると……。

 誰か、助け……と俺が心の中で呟いた、その時。


「帰ったぞー! しかも今朝もお客さんじゃー!」


 玄関からじーちゃんの声が聞こえた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る