第6話 風呂③
しゃかしゃかしゃかしゃか。
「別の世界、じゃと?」
「はい、おそらくここはスヴェさ……魔王様がいた世界とは別の場所です」
「スヴェさんで良い。せっかくの裸の付き合いじゃしな、ハッハッハッハッ」
「ははは……」
しゃかしゃかしゃかしゃか。
スヴェさんの頭を洗いながら、俺は彼女に、ここが別の世界である事を説明した。
一応俺は腰にタオルを、彼女には胸から太ももまでバスタオルを巻いて貰っている。
風呂に一緒に入るってのは本当なら断りたかったが、機嫌を損ねると何されるかわからんもんね。
勝手がわからないとの事なので、髪を洗う役目を仰せつかってしまったのだ。
「ふうむ、にわかには信じがたいが……もしやここは人間たちが『故郷』と呼ぶ場所かも知れんな」
「故郷?」
「うむ、数千年前『徐福』と名乗る一団が『皇帝の命を受け、不老不死の妙薬を探しに来た』と我ら魔族が支配する世界に現れたのが、魔族と人間の初の邂逅じゃとされておる。それ以来、人間は複数回にわたり、時に数人、時に数万人という規模で我らの世界にやってきた……とされておる。最近はそんな集団は来ておらぬみたいだがの」
「へぇええ……」
徐福っていえば、確か始皇帝に命じられて蓬莱に向かったとか言われてる人だな。
蓬莱は日本なのではないか? なんて説もあるらしいけど。
「人間どもは最初こそ友好的であったが……数が増えるにつれ、次第に様々な権利を主張するようになり、いつしか我らを迫害するようになった……と言われておる。まああくまでも、我ら魔族側の歴史じゃがな。人間どもには別の言い分もあるだろうが」
う……残念ながらありそう。
相手の土地に乗り込んで、権利を主張するってのはよく聞くもんなぁ。
俺が謎の気まずさを感じるも、スヴェさん自体はあまり気にしている様子もなく、機嫌良さそうに言った。
「しかし、お主等の使う石鹸は良いな。もの凄い泡立ちじゃ、面白いのぉ。あと、この容器も変わっておる」
「あ、あまり顔を動かすと」
「あ、アタタタタタタッ!」
泡が……スヴェさんの目を直撃した。
「ヒィイイイ! 目が、目があ!」
「だから言わんこっちゃ……」
言いながらも、目を押さえながら仰け反ったスヴェさんの胸の谷間が視界に入り、言葉を詰まらせてしまう。
いや、何なのこのご褒美なのか罰ゲームなのかわからない状況……。
「ど、どうした、はよう流してくれ」
「あ、はいはい」
桶で湯を汲み、スヴェさんの頭からかける。
彼女は薄目を開け、怖がるような仕草をしながら聞いてきた。
「せ、石鹸は取れたか?」
「いやー、髪が長いので一度だと……」
「ええい、まどろっこしい!」
彼女が指を鳴らすと……ボコンと音を立て、風呂の湯が全て宙に浮いた。
「はっ?」
俺が思わず呟くと同時に、湯はふわふわと漂い始め、俺たちの頭上に移動し……。
ざばばばばばばっ!
大量の湯が、俺たちに降り注いだ。
突然の事で棒立ちしていた俺のタオルは流され、ちゃっかり胸を抑えていたスヴェさんのタオルはそのままだ。
「ふはははは、これで一気に流せたであろう……ぬ、恭一郎。なぜ下半身丸出しなのじゃ?」
おめーのせいだろ。
俺はタオルを拾い上げ、絞り、腰に巻きなおしてから努めて冷静に言った。
「スヴェさん、お湯もったいないんでこーいうのやめてください」
「戯れじゃ、そんなに怒るな」
「次やったら、出て行って貰いますからね?」
「う……すまぬ」
スヴェさんはまた指を鳴らすと、宙に大量の水が出現し、風呂に降り注いだ。
「ほら、これで良かろう?」
触ってみると、ちゃんと湯だ。
「まあ、今回はこれで。次からは……頭洗う時はちゃんと目をつぶってください」
「ふっ、よかろう」
よかろうじゃないよ……偉そうに、もう。
……しかし、この人本当に魔王なんだな。
◆◇◆◇◆◇◆
「いやぁ、風呂は最高じゃな。なんでも試して見るもんじゃな」
結局あのあとトリートメントまでやらされた。
流石に身体は自分で洗ってもらい、その後スヴェさんはたっぷり一時間近く風呂に浸かっていた。
「お気に召して頂いたなら、良かったです」
「うむ、お前たちが使っている石鹸は良いな。肌がスベスベしておる……む?」
「どうしました?」
「翻訳されてわかったが、お主等の言葉では、この状態を肌がスベスベと言うのか?」
「はい、まあ」
「つまりスヴェさんのお肌スベスベじゃな! わっはっは!」
どやっ! って感じで言って来るのを「はいはい」と適当にあしらい、俺は彼女の前にアイスを置いた。
「これはなんじゃ?」
「冷たくて甘い食べ物です。風呂上がりに食うと美味いんです」
「腹はそれなりに満たされておるが……」
「この世界の言葉に『甘い物は別腹』という言葉があります」
「なんじゃ、その非科学的な迷信は……まあよい、試してみるとしよう」
非科学的な存在そのものは訝しげに呟くと、スプーンでバニラアイスを掬い、口に運ぶと……。
「べ、別腹ぁ……美味すぎぃ……これなんぼでも食べれちゃいそう……」
機嫌良さそうに食べ進めた。
ピンクのスウェットを着た金髪美少女が、満足げに、アイスを食べている……こう見ると、ただの年頃の女の子なんだけどな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「急に呼び出してすまないね」
「どうしたんです? 局長」
警視庁において、警視総監直属として『部』ではなく、独立した『局』を冠する組織が『特殊犯罪対策局』、通称『特対』だ。
通常の警察組織や法律だと扱えない犯罪などに対処するのが特対の役割となる。
こんな深夜に呼び出されるのはかなり緊急性の高い案件だろう。
「台風きてたじゃん?」
「はい」
「いきなり消えたらしいんだよね」
「あー……」
「だから灘くん、エースである君に調査してもらいたくて」
「3人しかいない組織で、エースも何も無いと思いますが……」
「まあ、台風が消えるなんて自然現象ならいいんだけど、何者かの仕業なら、流石に依田くんには荷が重いでしょ?」
「私だって自信無いですよー、最近私より凄い人知ったばっかりだし」
「まあまあ、あの人は規格外だとしても。君だって普通に世界最高峰だって」
「おだてても、何も出ませんよ。で、局長はどれだと思ってます? 単なる自然現象か、
灘の質問に、渋谷は少し考えてから答えを言ってきた。
「おそらく
「私が行った所もそうでした」
「ならまあ、なんかあっても倒せるでしょ? 灘くん、君なら」
「どうですかねー? 日本に帰ってきて平和ボケかましてますし」
「またまた。期待してるよ、灘鏡子課長」
「そんな改まった言い方しても、仕事押し付けてるの変わらないですからね?」
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