第5話 風呂②

 『一緒に風呂に入れ』というスヴェさんの言葉によって、俺の心中に浮かんだ感情は──怒りだった。


(舐めやがって……!)


 これはあれだ。

 チキンレースって奴だ。

 スヴェさんは、要は俺をからかっているのだろう。

 こちとら思春期真っ只中の男子高校生。

 そりゃあ、美人の裸が見れるとなればその機会は逃したくない。

 だからこそ『えっ? いいんですか?』とかエロ心満載の返事をしたり、逆に『ちょ、ちょっとダメですよそんなの!』なんて慌てた感じで言おうものなら、『ふふふ、何を本気にしておるのじゃ』みたいな事を言ってからかうつもりだろう。


 いいだろう。

 当たり前のようにしてやる。

 俺はブレーキを踏まないぜ?

 俺をからかおうとした事せいぜい後悔するが良い!


「はい、わかりました。じゃあ俺も脱ぎますね」

「うむ、早く準備せい」


 ほほう。まだアクセル踏みますか。

 いいだろう、俺もギアを上げてくぜ。

 俺は冷静さを装い、まず、着ていたTシャツを脱いだ。

 するとスヴェさんは「ほう」と一言呟いたのち……俺の胸辺りをペタペタと触りだした。


「恭一郎、お主結構鍛えておるな。柔軟で良い筋肉じゃ」


 さわさわペタペタ……や、やめろ。


「ど、どどどどうも」

「……? どうかしたか?」


 な、中々のアクセルの踏みっぷり見せてくれるじゃねぇか!


「魔王様、私の身体の事よりも。早くしないと風呂が冷めてしまいます」

「おお、そうじゃな。まあ妾の服は一瞬で脱げるからの」


 スヴェさんそう言うと『パチン』と指を鳴らした。

 すると、彼女が着ていた服とマントが落下し、足元に……。


 ブ、ブレェェエエエキッ!

 フルブレェエーキ!


 俺は慌てて彼女の身体にバスタオルを押し当てた。


「本当に脱ぐバカがいるかよ!」

「何故じゃ? 風呂に入るんじゃろう?」

「そうだけど! 女の子が裸見せちゃダメでしょうが! しかも初対面の男に!」

「女? 男? 異な事を申すな」

「なんで!」

「人間は……魔族を獣扱いする。生殖の対象とは見なさんじゃろ?」

「あのさぁ! もう、それいいから!」

「それ、とは?」

「その魔王設定だよ!」

「なんじゃ、設定って」

「あーもー! わかった! じゃあ風呂に一緒に入ってやるよ! で、それはそのままで良いのか?」


 俺はスヴェさんの頭にある角を指差した。

 コスプレの衣装なんて、濡れたら困るに違いない。

 すると……スヴェさんは驚いた表情を浮かべた。


「お主……まさか、見破っておったのか?」

「当たり前だ!」

「そ、そうか……仕方ない。では……」


 スヴェさんが再び指を弾くと……角は『ぱあぁ』っと輝き、何本もの細い糸となり、ハラハラと解けた。

 ……ん? どゆこと?


「妾が『角無し』だと見抜いたのは、お主が初めてじゃ……ううう、恥ずかしい。せっかく髪の毛を角に擬態しておったのに、ううう……」


 ……えっ?

 いや、この至近距離だ、見誤るハズがない。

 今のはトリックとか、そんなんじゃない。


 まさかこの人……マジもんの魔王なのか?


 俺がそのまま、角があった辺りを眺めていると……。


 スヴェさんは両手で頭を押さえ、顔を真っ赤にしながら、やや涙目で、上目遣いで言った。


「やだぁ、角無しの妾の頭……そんなにジロジロみないでぇ……」


 なんだその恥の概念!

 スッポンポンを恥ずかしがれよ!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る