第4話 風呂

 鮭おにぎりも瞬く間に完食したスヴェさんは、残った海苔無しを見て呟いた。


「なぜこちらには海苔を巻いておらぬ?」

「いや、苦手だったらと思って」

「もう、海苔無しは考えられぬ」

「そうですか、では……」


 俺が残ったおにぎりに、海苔を巻こうと手をのばすと……。


「まて、恭一郎。そっちはちょっとおこげが混じっとる。せっかくじゃし焼いてみぃ」


 じーちゃんが焼きおにぎりを提案してきた。


「うん、俺はいいけど……」


 スヴェさんをチラッと見ると、彼女から質問が飛んできた。


「焼くと美味いのか?」

「はい、違った味わいがあります」

「ムムム、海苔で充分美味かったが……違った味わいか……これはちょっとした賭けじゃな……」


 いえ、おにぎり焼くか焼かないかですが。

 スヴェさんはそのまましばらく腕を組んで考えていた。


「どうします?」

「……うむ、妾の腹は決まった! 恭一郎よ、見事焼いてみせい!」

「はい、じゃあ焼いてきます」


 残ったおにぎりを一度回収し、台所へ。

 すでに塩おにぎりなので醤油を薄めに塗り、魚焼きグリルにアルミホイルを敷く。

 そのまま張り付かないように薄っすら油を塗り、おにぎりを乗せ、弱火で3分にセット。


 焼けるまでの間に冷凍庫から氷を取り出し、ボウルに入れて水を注ぎ、小皿を沈める。

 次に冷蔵庫からバターを取り出し、薄くスライス。

 冷やした小皿をボウルから取り出して水気を拭き取り、そこに切ったバターをのせる。

 こうすれば、バターがすぐに溶けて皿に張り付いたりしないからね。


 焼けたおにぎりを皿に取り、再び居間に戻った。


「焼けました」

「ムムム、香ばしい匂いじゃ……これはなんと……いや、まて」

「?」

「先ほどの法則からすると、これは『焼いたおにぎり』という名前の料理じゃな?」

「はい。ほぼ合ってます。焼きおにぎりといいます」

「なんじゃと? おかしくないか? 焼きおにぎりだと焼きながら食べないといかぬだろう。すでに焼かれておるのじゃから焼いたおにぎりの方が……」

「冷めると味を損ないますが続けますか?」

「ふむ、ならば此度は妾が折れてやろう」


 俺の提案に、スヴェさんは戯れ言を止めて焼きおにぎりに噛りついた。

 彼女は一口食べ終え、会心の笑みを浮かべた。

 

「どうやら賭けは妾の勝ちのようじゃ」


 美味いってことね。


「お気に召されたみたいで良かったです」

「うむ、塗ってあるソースの効果で先ほどよりやや塩気が強いが、それが周りのパリパリとした層の力強さと相まっておる。見事じゃ」

「良かったらバター乗せます?」

「バター?」


 いや、バター知らない設定はちょっと無理ないか?

 まあいいか。

 俺は小皿を指差した。


「これです」

「うむ、乗せてみよう」

「ではおにぎりをこちらへ」


 スヴェさんが差し出したおにぎりに、箸でバターをのせる。

 おにぎりの余熱で薄いバターはすぐに溶け、表面に絡まった。


「はい、これで」

「おお、溶けたな。なにやらテカテカしておるが、どれ……」


 スヴェさんは再度噛りつくと……ボソリと呟いた。


「これは……ダメじゃ」

「あ、お口に合いませんでした?」

「いや、お口に合いすぎて……妾を堕落させる味がする。こんなに美味いものはむしろ知りとうなかった……」

「じゃあ、もうバターはやめます?」

「うっ……」


 スヴェさんは言葉を詰まらせ、しばらく固まったのち……皿に残った焼きおにぎりを指差し、絞り出すように言った。


「……こっちにも、乗せてくれ」

「はい」

「妾は、ダメになってしまった……」


 言いながらも、スヴェさんの食欲はとどまる事を知らなかったようであっという間に完食した。


 食事なんて栄養を摂るための手段とか行ってたのに。

 設定ガバガバだな。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ずずっ。


「ほお……このお茶も美味いな……人間が食を娯楽にする理由が初めて理解できたわ」


 追加でずずっと茶を啜り、スヴェさんがホッと息をつく。


「満足して頂けたなら嬉しいです」

「うむ、大満足じゃ」


 スヴェさんがにっこりと微笑んだ。

 ……やっぱこの人、顔面偏差値がエグいな。

 柔らかい表情をされると、ドキッとしてしまう。


 じーちゃんが、満足そうな彼女をニコニコと眺めながら言った。


「んじゃ、そろそろ風呂にするかの」

「ん、わかった。準備するよ」

「スヴェさんから入ってもらいなさい」


 じーちゃんの言葉に、スヴェさんが反応した。


「湯浴みか、妾には必要ないな。身体の汚れは魔法で落とせるからの。幼少期は身体を洗っておったが、物心ついてから風呂など入っておらぬ」


 なんだよその、マジだったら汚ったねぇ設定は。


「はっはっは。風呂は単に汚れを落とすためだけではないんじゃよ」

「む、そうなのか?」

「外人さんはシャワーが多いみたいだが、身体を温め、心身を強くする。それこそ風呂の良さじゃ」

「ふむ、湯に浸かって心身を強く、など、少し前の妾なら戯れ言と一笑に伏したであろうが……食事によって先入観を壊されたばかりじゃからな……よし、試すとしよう」


 入るってことね。

 了解。


 俺は風呂に湯を張る準備をし、そのあと東京で一人暮らしするねーちゃんの部屋に向かった。

 残してあった服から着替えを選ぶ。

 ちょうど? ピンクのスウェットがある、これでいいだろう。


 下着は……わかんね。

 まあ一応ショーツは用意しておくか。

 色は……なんとなくだけど黒だな。

 イメージカラーって感じだし。


 そのまま居間に戻ってしばらくすると、アナウンスが聞こえてきた。


『ぴんぴろぴんぴろぴーん、お風呂が入りました』


「む、他に誰ぞおるのか? 妾に気配を感じさせぬとは」

「ははは、凄いでしょ? 恥ずかしがり屋なんです。では行きましょう」


 適当に話を合わせ、風呂に案内する。

 脱衣所で着替えについて説明した。


「これ着替えです。たぶん身長はそんなに変わらないと思いますので」


 それだけ言って、脱衣所を出ようとすると……。


「ん? 恭一郎お主どこに行くのだ?」

「えっ? いや、どこって」

「妾はよく勝手がわからぬ。湯浴みの伴をせぬか」


 ……はい?


「伴っていうと……」

「はあ……察しの悪い奴だな。そちも一緒に入れ」


 …………………………はい?



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