第3話 おにぎり

 邪魔者が高笑いと共に去ったので、気を取り直して料理を再開する。

 海苔を炙り、焼いた鮭をほぐし、削ったかつお節に醤油を混ぜておかかにした。

 炊き上がったご飯を桶に取り出し、うちわで扇いで少し冷ます。

 このまま握ったらやけどしちゃうもんね。

 個人的には、おにぎりは人肌くらいの温度が好みだ。

 だから握る時間や食べる時間も考慮し、少し熱いくらいで握りを開始する。

 手を念入りに洗い、塩を手のひらにまぶしておにぎりを作る。

 外国人の中には海苔の食感が苦手な人もいる……みたいな話を聞いたことがある気がしたので、海苔ありと海苔無しをそれぞれ握った。

 もし大丈夫ならあとから巻けるように、海苔を別皿に乗せて……。


 よし、完成。


「できたよー」


 居間に運んでテーブルの上に置くと、スヴェさんは物珍し気に眺めていた。


「これが米、という食べ物か」

「えーっと、正確にはこれは米を食べやすく握った、『おにぎり』という食べ物です」


 俺が説明すると……スヴェさんはぷぷぷーと噴き出すように笑った。

 そのまま肩を震わせ、口元を手で押さえている。


「な、なんですか?」

「ぷ、くくく、に、握ってあるからおにぎり、なんという安易なネーミングじゃ、ぷぷぷ……いや、失礼、お主が付けた名前ではないじゃろうが……ククッ」


 ……コイツムカつくな。

 あと、笑いのツボが独特すぎてめんどくせぇ。

 そんな俺の内心をよそに、じーちゃんはニコニコとしながら言った。


「まずはスヴェさんから食べておくれ。ウチの自慢の米じゃ」

「おおすまんな、馳走になるとしよう……握ってるからおにぎりという、そのままの名前の食べ物をな、ぷ、くくく……」


 そのあともしばらく肩を揺らしていたが、スヴェさんは気を取り直したように「ふむ」と短く呟き、海苔付きを手に取った。


「米とはつまり、この白い穀物の事か。この巻いてある黒い紙はなんじゃ? 剥がすのか?」

「それは海苔です。海藻を集めて、板状にして乾かした物です。米は乾燥しやすいので保湿の効果がありますが、それごと一緒に食べられます」

「海藻? ふむ、人間はそのような物を食うのか」

「もし不安なら、こっちの海苔無しから食べて下さい」

「恭一郎、お主はどちらがオススメじゃ?」

「俺は断然海苔ありですね」

「では、妾もこちらから食べてみよう。握ってるからおにぎりという、どストレートなネーミングの食べ物を、の」


 どんだけ気に入ってるんだよ、そのフレーズ。


 スヴェさんはそのまま、三角おにぎりの頂点にパクリと噛りつく。

 パリ、と海苔が破れる音と共に、スヴェさんがモグモグと口を動かす。

 彼女はそのまましばらく咀嚼していたが……。



 ごくんと飲み下したのち、目を『カッ!』っと見開いた。


「て……」

「……て?」

「てと、てと……」

「……?」

「て、テトラポッドォオオ!!」


 テトラポッドってなんだよ!

 普通の感想を言え!


「テトラポッド?」


 じーちゃんの呟きに、スヴェさんはハッとした表情を浮かべた。


「す、すまぬ、驚きのあまり翻訳魔法が暴走したようじゃ……この黒い紙……海苔と言ったか? これから放たれる香気から、かつて訪れた海を感じてな……」


 なんだよその連想ゲーム。

 わかんねぇよ。


「しかもこの中に入ってる穀物……米と言ったか? 塩で軽く味付けをしておるが、それがいっそうこの穀物の甘みを引き立てておる……また、噛むごとに滋味が溢れ……お、おおおおお……」


 『ボッ!』と炎が燃え立つような音を伴い、スヴェさんの全身から光が立ち昇る。

 スゲー仕掛けだな、現代コスプレ凄いな……。


「ま、魔力が、魔力が溢れる……いや、迸っておる! 米とはこのような効果があるのか!」


 ねーよ。

 いや……たぶん、ねーよ。


「これさえあれば、我が力は……神にも届こうぞ!」


 厨二臭いセリフを呟きながら、スヴェさんは両手を広げ、自らの身体に起きた変化に驚くような芝居を続けていたが……やがて俺の方を向いて、ニヤリと笑いながら言った。


「恭一郎、これが妾をバカ呼ばわりしてまで体験させたかった事か。あの瞬間、衝動的に貴様を消し去りそうになるもなんとか思いとどまったが……妾の判断に間違いは無かったようじゃ」


 こらこら、怖い冗談いうな。

 ははは、と俺が愛想笑いを浮かべると、スヴェさんはふと何かに気付いたように言った。


「しかし……あのさっき削っておった木みたいな奴は? どこにあるのだ?」

「あ、もう少し食べ進めて貰えば……ちょうどそれおかか入りなので」

「ふむ……おかかというのがさっきの奴か」


 スヴェさんがパクパクと食べ進め、やがて中心近くのおかかゾーンに到達すると――。


 再び彼女は目を『カッ!』と見開き、叫んだ。


「さ、さささ、坂本龍馬ぁあああ!」


 えっーと、これは鰹→高知→土佐→坂本龍馬……かな?

 わかりにくぅ。

 味が複雑になると、連想もめんどくせー感じになるのか?


「あの、木同然だった物がこのような味わいを生むとは! 強い旨味が溢れ、外の塩味とはまた違う味わいが口を駆け巡る! そう! これは!」


 これは?


「咀嚼という行為が、これらの味わいを渾然一体とし、食べ進めると共に味の変化を楽しめる逸品! な、なんという完成された料理だ! いや、むしろ『咀嚼により完成する料理』と言い換えるべきか!」


 言いながら、スヴェさんは自然な動きで、左手にもう一つおにぎりを確保した。

 こらこら、行儀わるいぞ。

 そのまま食べ進めるかと思いきや……スヴェさんは俺に聞いてきた。


「どうじゃ? 妾の表現力は? 素晴らしいであろう?」

「と、いいますと……」


 俺の反応が物足りないのか、スヴェさんはフッと笑いながら、さらに説明した。


「『咀嚼により完成する料理』などという表現、中々思いつかないであろう?」


 いや、グルメ漫画とかで良く聞く感じの奴だけど。

 言ったらまた不機嫌になりそうなので、適当に相槌を打っておこう。


「そうですね、流石は魔王様」

「ふふふ、であろう? しかし……先ほどまではシンプルなフォルムに見えたこのおにぎりじゃが……高貴な白い肌に、黒きドレスを纏った貴婦人の如き佇まいに見えてくるな」


 そう言って、俺をチラッと見た。

 いや、まあ、普通の表現力だけども。


「素晴らしい表現力です」

「ふふふ、であろう?」


 俺の追従に満足したのか、スヴェさんはパクパクと食べ進めた。

 

 でもまぁ、美味そうに食って貰えるとヤッパリ嬉しいな。

 スヴェさんは右手のおにぎりを完食すると、すぐ左手に確保済みのものを口に運ぶ。

 そっちは鮭が入った奴だ。

 脂のノリ、そして焼加減……ハッキリ言って自信作だ。

 さあ、どんな反応だ?


 やがて彼女の口が鮭ゾーンに到達すると……またもや『カッ!』と目を見開いた。


「さ、さささ……」


 次はなんだ?


「サーモン!」


 そのまんまかーい。




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