第2話 蓋を開けるな

 とりあえず居間へと案内し、座ってもらう事にした。

 外人さんは床に座るのが苦手、みたいなのをネットで見た気がするので、座椅子を用意した。

 ちょこんと座ったスヴェさんはキョロキョロと室内を見回すと、壁に掛けてある電波時計を指さした。


「あれはなんじゃ?」

「時計……っすけど?」

「ふむ……翻訳魔法によると、時を知らせる為の道具か。こんな田舎にしては中々の高級品と見える」


 いや、在庫処分品のすっげぇ安い奴だけど。

 まぁいいか。

 しかし翻訳魔法の設定が雑だなぁ。


「なにせ妾は魔界から出るのは初めてでな。人間どもの文明には疎くてのぅ」

「なるほど」


 設定を貫く為に、あんな質問したって事か。

 なるほどなるほど。

 で、翻訳魔法でこっちの言葉は瞬時に意味を理解、ね。


 ……いつまで付き合えばいいんだろうな。


「スヴェさん、腹はすいちょらんか?」


 じーちゃんが空気を読まずに聞く。

 今はその無神経さがありがたい。


「うむ、天候の変化はそれなりに魔力を使うのでな、ちと腹は空いておる」

「そうかそうか、あれは凄かったからのぅ。恭一郎、何か食べる物を出しておあげ」


 じーちゃんスルースキル高過ぎワロタ。

 時計を知らないとか天候変化とか、突っ込んでたらキリがないもんな。


「分かった、じゃあちょっと用意するよ。あんまり食材がないから手のこんだ物はできないけど」


 俺の言葉に、スヴェさんは鼻で笑った。


「ふっ、人間どもの中には食を娯楽とする者もいるようだが……私にとっては食事など所詮は魔力を補給するための物。エネルギーさえ摂取できれば何でも良い」


 ……めんどくせーな、この女。

 『お構いなく、簡単なものでいいですよ』

 を、こんなめんどくせー表現するなよ。

 まあいいや、ウチの自慢の米を食えば多少は表情が変わるだろう。


 台所に移動し、米を計り、シャカシャカと洗って土鍋に投入。

 鍋をコンロに置いて火をかけ、そのあいだに鮭を焼き、鰹節を削っていると……。


「それはなんじゃ? 人間は木を食うのか?」

「うわぁ!」


 いつの間にか背後にいたスヴェさんに声を掛けられた。


「なんじゃ、大声を出して」

「あ、失礼しました。これは木ではなく、鰹節という食材です」

「鰹節?」


 そこは翻訳魔法でもカバーできない感じか?

 仕方ないなぁ。


「はい、ええと……鰹という魚を煮たり燻したりしたあとに干して、水分を極力まで減らした乾物です。乾燥によって固くなり、腐敗を防いでます」


 まあ、さらにカビを付けるわけだが……そこを説明すると、変に誤解されそうだからやめておこう。

 スヴェさんはスッと指を伸ばし、鰹節をコンコン、と叩いた。


「えらく堅いな」

「はい、鰹という名前は堅い魚、つまり堅魚かたうおが由来らしいです」

「ふむ、保存食か。戦争の糧食として有用かも知れんな」

「どうですかね? 堅くてそのままだと食べられないので、このように削ります」

「ふむ、なるほど……ん? あれは……火の量が一定のかまどか? 便利な道具だな。鍋で何を作っておるのじゃ?」


 スヴェさんはそのままコンロに近付くと……土鍋の蓋に手を伸ばした。


「オイッ!」

「な、なんじゃ?」

「米炊いてる時に蓋を開けるな! バカッ!」


 はっ。

 いや、思わず大声を出してしまった!

 スヴェさんは少し驚いたような表情を浮かべたが――やがてその目がスッと細まった。

 と同時に、凄い圧が俺の身体を襲う。

 な、なんだ……良くわからんけどスゲー迫力。


 彼女はそのまま例の歩き方で、俺の前にスッと移動してきた。


「妾の事を……バカと申したか?」

「あ、その……」


 なんか『返答次第でお前を殺す』とでも言いたげな冷やかな視線。

 なんだよぅ……蓋開けようとしたお前が悪いのに……。


「こ、言葉が過ぎましたが……米を炊いている時は、絶対に途中で蓋を開けてはいけません」

「なぜじゃ?」

「味を損ないます」

「味……? ふむ」


 スヴェさんはしばし考える素振りを見せたのち……フフッと笑った。


「いや、これは不調法をした。味を守る、つまり妾をもてなしたいという一心からの行為を、好奇心によって無碍にする所であった。許せ」

「あ、いや、はい」

「はいではなく、キチンというのじゃ。妾の不調法を許せ」

「ゆ、許します」

「うむ、それでよい」


 スヴェさんは満足そうにふふふと笑った。

 許す許さないを命令するなよ! 暴君か!

 それに蓋の件は別にお前のためじゃねー!


「しかし恭一郎と言ったか。妾を魔王と知りつつも間違いを指摘するとは……見どころがある男じゃ」

「あっはい、ありがとうございます……?」

「では邪魔せぬよう、大人しく待つとしよう」


 スヴェさんはそのまま、台所を出ようとしたが……不意にくるっとコマのように回転し、こちらを向き、挑戦的な笑みを浮かべた。


「妾をバカ呼ばわりまでして守ったという米とやらの味、せいぜい期待しておるぞ?」

「あ、まあ、はい、頑張ります」

「うむ」


 スヴェさんはそれだけ言い残し、ファーッハッハッハと愉快そうに笑いながら今度こそ出ていった。



 ……へんなハードルの上げ方すんなよ! もう!



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