台風の夜に「田んぼが心配だから見に行く」と出掛けたじーちゃんが『魔王』と名乗る女の子を拾って来た~「食事なんて栄養を摂取するための手段に過ぎぬ」だそうです~

長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中

第1話 じーちゃんが魔王拾ってきた

「田んぼを見に行く」


 観測史上最大とも言われる台風が村に直撃した日の夜。

 じーちゃんがとんでもない事を言いだした。


「ダメだよじーちゃん! そーいうの事故多いから!」


 俺が必死に止めるも、じーちゃんは首を横に振った。


「ワシはこの村の井手係いでがかりじゃ。何もできんかも知れんがジッとしとれん」

「じーちゃん!」


 こうなれば実力行使で、無理にでも……!

 じーちゃんに掴みかかるも……。


 バーン!


 一本背負いであっさり投げられた。


「うっ、くっ!」

「修行が足りん!」


 いや、俺も結構強いんだけど。

 じーちゃんの技のキレが半端ない。

 受け身もろくに取れず背中を地面に叩きつけられたため、うまく身体が動かせない。


「じゃあ行ってくる」

「ダメだって! もー!」


 まあ、何しても死にそうにないじーちゃんだけどさ、やっぱり心配だよ。

 しばらくして身体が回復し、起き上がる。

 今からじーちゃんを止めにいくか?

 しかし、この嵐の中では探し出すのも難しいかも知れない。

 井出係として村の用水路や水門を管理しているじーちゃんの事だ、自分の田んぼだけ見に行く訳じゃないだろう。


 ひとりになると、雑音が耳に強く入ってくる。

 ごうごうと風が吹き、バタバタと音を激しく鳴らす雨戸。

 不安がさらに加速する。


 いてもたってもいられず、俺は仏壇の前に腰を下ろした。


「縁起でもないかも知れないけど、婆ちゃん、御先祖様、どうか、どうかじーちゃんを守ってください⋯⋯!」


 俺が祈りを捧げた、その瞬間──。


 ふわっ、と。

 身体を何か、横から優しく押されるような感覚があった。

 室内なのに、何か、突風に吹かれたような不思議な感じだ。

 次に『キ…ン』と、耳鳴りがする。


「な、なんだっ!?」


 思わず耳を抑え、その場にうずくまった。

 しばらくして、手から耳を離す。


「なんだったんだ…? 今の……って、アレ?」


 シン……と。

 さっきまでの音が嘘のように静かだ。

 さっきの耳鳴りで、聴覚がおかしくなったのだろうか?

 手を強く叩いて見る。

 パン、とそれなりの音がした。


「耳は、普通だな……」


 訝しく思った俺は窓を開け、雨戸をスライドさせると……。


 風は収まり、夜空には満天の星が輝いていた。


 いや、台風一過過ぎやしないか?






 それからしばらくして、じーちゃんが戻ってきた。


「帰ったぞ!」

「じーちゃん、良かった! 無事で!」

「当たり前じゃ……と言いたい所じゃが、実は危なかった。でもこの人が助けてくれてのぅ、田んぼも無事じゃ!」

「この人……?」


 じーちゃんの言葉とともに、玄関にもう一人入ってきた。


 金髪の外人さん? だ。

 ハッキリ言って物凄い美人だが、その印象を帳消しにしかねない珍妙な格好をしている。

 なんか黒っぽいテカテカした服と、マント。

 しかも、頭にはなんか角が生えている。


「外人の巫女さんみたいでなぁ。この人が不思議な術で激流を抑えてくれたんじゃよ、あと台風も消えてしまったようじゃ!」

「ふっ。大した事ではない」


 外人さんは髪をファサっとかきあげた。

 じーちゃんは巫女って言ってるけど。

 なんか、むしろダークよりな悪魔的見た目なんだが……?


 ああ、あれだ。

 コスプレイヤーって奴だろう。

 黒っぽいテカテカした服は結構セクシーだ。

 目のやり場に困る……2.5次元から誘惑されている気がする。

 しかし……まあ、助けて貰ったって言ってるし。


「なんかじーちゃんを助けてくれたそうで……ありがとうございます」

「ウム」


 金髪のコスプレイヤーさんは偉そうに返事をした。


「えっと、それで……台風の夜に、なんでこんな村で、そんなコスプレを?」


 俺の質問に、彼女はクビを傾げた。


「コスプレ? 良くわからんな。翻訳魔法の精度のせいかのう? ちと精霊の働きが弱い気もするしの」


 えっ、この人……。

 まさか……。

 完全になりきってるじゃん!

 これ、合わせた方がいいのだろうか?


「あの、見たところお偉い方だと思うのですが」

「ウム、偉いぞ。耳にしたことがあろう? 我こそは魔界を統べる魔王、スヴェス=マルジューム=ガーニーである!」


 コスプレイヤーさんは「ふんす!」って感じで自己紹介してきた。

 なんだその名前。

 聞いたことねぇよ、スベスベマンジュウガニみたいな名前しやがって。


 しかし、魔王とか言っちゃってるよ、この人。

 スヴェス=マルジューム=ガーニーか⋯⋯知らないキャラだし、あとでググっておくか。

 取り敢えず変に刺激しないように、話を合わせるか……。


「おお、あなたが魔王様でしたか……それでこのような辺鄙な村にどのような用向きで?」

「勇者との戦いで、相手の封印魔法が暴走したようでな……気がついたらここに転移しておった」

「勇者……?」


 勇者って事は、あれか?

 この人、ゲームかなんかに出てくる魔王のコスプレイヤー、ってこと?

 しかし村に来た設定も変に凝っちゃって。

 まあ、日本のアニメやゲームなんかは海外でも一部の人に人気らしいし……こういう人もいるか。


「となると貴女は魔王様(のコスプレを嵐の中でやってる変人)で、勇者との戦いの結果ここに飛ばされてきた(設定)……という事でしょうか?」

「おお、お主良く分かったな。理解が早くて助かるぞ、ハッハッハッハッ」


 うーん。

 結構しんどいぞ、これ付き合うの。


「恭一郎、立ち話もなんじゃから入って貰おう」

「あ、うん⋯⋯うん?」


 えっ?

 これ、家に入れるの?


「スヴェさんとやら、大した礼はできませんが是非泊まっていってください」

「スヴェさん? ふ、妾が魔王と知ってもそのような呼び方をするとは……随分と剛毅なご老人だな。まあどこに飛ばされたかもハッキリせんし、しばし厄介になろう」


 えっ、しばし?

 何日か過ごす感じの奴?


 俺の困惑をよそに、魔王様はその一歩を踏み出した。

 ……土足で。


「ちょ、靴……って、えっ?」


 コスプレイヤーさんは、なんと最初から靴を履いていなかった。

 そして……マントのせいでやや見にくいが、足を揃えたままめっちゃつま先立ち? みたいな感じで、スルスルと廊下を移動する。


 そのうえ、背中のマントがパタパタとはためいているし。

 それはまるで……ちょっと浮きながら、前に進んでいる……ような錯覚を覚える。


 はあー。

 ……今のコスプレって凄いな、うん。


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