第38話 地上部での文明開花の影響

 ガコンッ!プシュウゥゥゥ……!

 

 「あ、着いたね!」


 「快適な時間でした……」

 

 「ああ、良かったな……」


  着いて浮かれた僕とは対照的に、ラルクさんとフェルトさんは目の前の駅にちょっと唖然としていたんだ。


 だって、着いたホームは浮島駅とは違い立派だったんだよ。


 まず、ホームが既に三つあるんだ。一つは湖畔車両が止まる1番ホーム。もう一つは、浮島車両が止まる2番ホーム。もう一つがなんだろう?って思っていたらね……


 「『天然温泉卿行き』!?」


 「そうです、マスター。新たに三番ホームに天然温泉卿行き車両が追加されたんですよ」


 「うーわー!すっごい行きたい!」


 「気持ちはわかりますが、今日は本館のみんなが待ってますから行けませんよ」


 「そっか。うん、地球と違って時間たっぷりあるからね。楽しみは後にとっておくよ」


 「それが良いでしょう」


 僕とジュドがこの後の事を話していると、フェルトさんとラルクさんは扉の外で待っていたアクア様とエアと話しをしていたらしい。


 「アクア様の外見は変わりませんが、魔力が更に濃密になりましたね」


 「うむ。おかげで身体が軽くなったのだ」


 「それだけじゃないと思いますが……?いえ、失礼しました。ところで、その装いもよくお似合いですね」


 「我は着物が好きだ。こちらは動き易いし、なかなかに良い」


 ラルクさんはアクア様の魔力が抑えられていても、以前とは桁違いに魔力が上がった事を感じ取ったみたいだね。


 それに会話の中であったように、アクア様の現在の装いは袴姿。それに、インパネス(袖なしのオーバーコートにケープをつけたもの)を羽織り、山高帽(丸い半球型の帽子上部『クラウン』と巻き上がった帽子のつば『ブリム』が特徴)を被ってモダンに着こなしているんだよ。


 ……かっこいい人は何着ても似合うんだもん。狡いよねぇ。


 その隣では、フェルトさんがエアに挨拶していたんだけど……


 「エア様。お初にお目にかかります。ヴェルダン冒険者ギルド長を務めております、フェルトと申します」


 「ああ、僕らより前に亜空間ワールドに入った人間か。構わない、もっと気楽に話していい」


 「有り難き幸せ。では……エア様もとても装いがお似合いですね」


 「でしょう!コレ1番に着たのは僕なんだ!おっきくなったし、似合うと思ってさ!」


 「お似合いですよ。と言うか、それ本当にいいですね……?」


 「あ、駄目だよ?この服は亜空間ワールドの警備担当が着る服なんだからね!」


 「ふむ。ならば、私も早くギルド長を辞めて来なければ行けませんね」


 「あ、入ってくれるの?今のところ僕だけなんだよ。部下が出来るとありがたいな!」


 「あちらにおります、ラルクと一緒に近いうちに是非」


 ……ええと、いつの間にエアが警備隊長になったのかわからないけど、軍帽と軍服姿が似合ってるのは確かだねぇ。


 エアは大体20代くらいの肉体になっているけど、会話からして精神年齢はそんな変わってないかな。でも、イケメンなのは仕様らしい。


 正直言って、人化したジュドも合わせて整い過ぎた男性達の中に普通人の僕がいるのって……ちょっとだけ、男として悔しいけどね。


 それよりも……


 「ねえジュド。気のせいじゃなければ、セイクリッドジェリーマーメイド達も人化してる……?」


 実は、僕ら以外にもホームには既に行き交う人達がいるんだけどね。人間って亜空間ワールドには、僕とフェルトさんとラルクさんと風光の跡メンバーだけな筈。


 僕はセイクリッドジェリーマーメイド達には、名付けしてないし。むしろ街に行ったら、全員に名付けしなきゃ行けないんじゃないかって、実のところ戦慄していたんだ。


 ……500以上のセイクリッドジェリーマーメイド達に、違う名前つけるんだよ?……絶対、出て来ないし覚えられないって!


 って思って到着してみたら……セイクリッドジェリーマーメイド達も既に人化して、着物や洋服や袴や制服を着て、慣れたように駅を利用しているんだよ?


 え?何がどうなっているの?


 「亜空間ワールドが明治時代になってからというもの、以前から亜空間ワールドで生活していた従魔やその眷属は皆、人化が可能になったんです。更に、亜空間ワールドでの個々の仕事先も同時に理解出来るようになり、今はそれぞれが出勤している最中ですね」


 そんな当然の様に説明するジュドによると「文明は文化なくしては開花せず」らしいんだけどさ。


 どうやらセイクリッドジェリーマーメイド達は、街で暮らしているうちに、個別表記を既にしていたらしいんだ。例えば、鰻屋の主人とか、茶屋の看板娘、本館の女中その一とかね。


 それが元となって、レベルアップ時一人一人に亜空間ワールド自体が日本式名と性を与えたらしい。鰻屋主人→鰻 重蔵(うなぎ じゅうぞう)、茶屋の看板娘→茶ノ場 甘露(ちゃのば かんろ)、本館の女中→本間 一見(ほんま かずみ)だって。


 うーん、見た目異世界風の亜空間ワールド製日本人が出来上がったのか……いや、面白いし。正直ホッとしたけどね。


 で、人化した事で更にそれぞれが個性的になって、一晩経ったらセイクリッドジェリーマーメイド達の間で役割がはっきりして、今に至るらしいんだ。


 うん。……道理で通り過ぎるみんなが、さっきから僕に日本式の挨拶をするわけだ。


 「そっかあ……気が楽になったよ」


 「マスターに迷惑かけることなど、ナビゲーターとしてさせられませんからね」


 キラッと片眼鏡を光らせて言うジュドだったけど、この件は本当に助かった。流石、僕専属の執事だね!


 おかげでフェルトさんやラルクさんも状況を理解し、僕ら一向はまずは僕の棲家である本館に行く事になったんだけど……


 「え?駅弁屋さんもういるの?」


 僕が驚いたように、ホームを昔ながらの肩掛け販売スタイルで売っている白木 拓(シラキ タク)さんが居たり、


 「淘汰、この部屋はなんだ?」


 「あ、多分待合室だよ。列車が来るまで待つ場所……だけど豪華だね?」


 「マスター、左の塔は貴賓室です。ですが、亜空間ワールドでは基本誰でも利用出来ます」


 フェルトさんに質問された僕も疑問文になる程、きっちり装飾された壁やモダンなテーブルと椅子がある貴賓室を、ジュドが教えてくれたり、


 「こちらで駅長任務をさせて頂いております、駅中 新(エキナカ アラタ)でございます」


 緑の髪と青い目の駅長さんがご挨拶に来たり、なかなか駅舎から出られなかった僕達。興味深そうにラルクさんも駅員室を覗いているし。


 そんなこんなで僕らが駅舎からようやく出ると……


 「え?こんな生き物いたっけ?」


 ぶるる……と鳴く9本足の馬が引く馬車が用意されていたんだ。


 「コレはホーリーハルピュイア達と同じ島にいたスレイプニルだよ。僕が連れて来たんだ」


 自慢気に話すエアによると、亜空間ワールド産野菜が気に入ったらしく、自ら群れで亜空間ワールド入りしたらしい。従属や眷属じゃなくて、野菜に釣られてきただけだから人化せずそのままらしいよ。


 僕がほええ、と驚きながら乗るこの馬車。客車にあるべき筈の車輪もないんだ。スレイプニル馬車は、客車が浮島の材料が使われていて、常に浮きっぱなし。


 でも乗っても上下に揺れることのない浮島仕様だから、普通の馬車より快適なんだよ。フェルトさんやラルクさんが感動してたもん。


 「では、本邸に向かいます。皆様は、変化した街並みをお楽しみ下さい」


 ジュドが御者席に座り外から僕らに声をかけると、スムーズに動き出したスレイプニル馬車。


 僕は窓側席を譲って貰い、窓についへばりついちゃった。


 だって、江戸温泉街が、煉瓦の洋館通りに変わっていて、ところどころに江戸の商店を思い出す店舗があったりと、面白いんだもん。


 それに、昨日散策したエアが「ほら、ここが銭湯になったんだよ!」と男女別の入り口になった日本家屋を指差しで教えてくれたり、アクア様御贔屓の本陣がモダンな作りの洋館に変わっている事を嬉しそうに教えてくれたり、車内は賑やかそのもの。


 何よりフェルトさん達も好きな洋食屋さんが新たにできていたり、古き良き伝統を残すように一膳飯屋が残っていたりと、僕も納得の街並み。


 そんな人も行き交う賑やかな商店街を抜けて、庭園の様な立派な庭の先に見えてきたのは……地面から数メートル空中に浮いている大きな屋敷。


 ん?位置的に言えば、僕の拠点である本館だけど……?


 「ほら、淘汰。新しくなったお前達の家『冴木宮廷』だ」


 アクア様が指差す先には、明治時代の最高峰建築物である迎賓館を思わせる、豪華絢爛の西欧式建造物があったんだ……!


 ええええええ!?此処が僕の家ーーーー!?


 開いた口が塞がらない僕と同様に、ポカン……と言葉もないフェルトさんとラルクさん。


 ジュドは念話で『マスターに相応しい家を作りました』って自慢気に言ってくるし。


 ……僕、此処に慣れるまでどのくらいかかるだろう……?と、しばらく言葉にならなかったよ……

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