第30話 『本陣』での会談の一幕

 ともかく話をするだけしてみよう、という結論になった僕。


 だったら挨拶に行く、とフェルトさんとラルクさんも久しぶりに亜空間ワールド内に帰って来たんだけど……


 「うんめえええ!これだよ、これ!しかも、酒が上手くなってやがる!」


 「家の外観からして変わってますし……何よりここの雰囲気がまた……!」


 「そうであろう?存分に寛ぐが良い」


 おでんと清酒に夢中になるフェルトさんと、江戸時代にランクアップした事によって変わった家や江戸温泉街に驚くラルクさん。


 その向かいの席で、この家の主のように寛ぐアクア様。


 因みにここは、江戸温泉街の中の『本陣』と呼ばれる宿泊施設の一室。上段の間っていう、庭が見える書院造りの部屋に僕らはいるんだ。


 そうそう。その『本陣』の豆知識だけどね。


 『本陣』は、江戸時代の参勤交代のときに身分の高い人が宿泊する場所で、いわば幕府公認の大旅館だけど、厳密には宿屋として営業しているものではなかったんだって。


 でも参勤交代って大所帯だったでしょう。


 そこだけで足りる訳がないから、本陣に泊まれない人が泊まる予備的な宿泊施設の『脇本陣』もあったんだって。ここは、身分の高い人が泊まっていないときであれば、一般人でも泊まることができた場所。


 亜空間ワールドの江戸温泉街にはその両方あるし、更に現代で言うビジネスホテルの『旅籠』、カプセルホテルみたいな『木賃宿』も揃っているよ。


 それにね、江戸温泉街にも水属性岩を加工して、随所設置しているから、湖や製糸工場や酒造工場に割り振りしても、まだ人数が余ったセイクリッドジェリーマーメイド達が、江戸温泉街に仕事を求めてきているんだよ。


 だからね……


 「お、悪いね。っと、それくらいで良い」


 フェルトさんのお猪口に、徳利に入ったお燗の清酒を注ぐ中居さんのような女性は、女性型のセイクリッドジェリーマーメイドの一人。


 今はジュドによると研修中だけど、動きはすでにこなれているし、あとは経験を積むだけみたいな感じ。


 はあ……もはや到底僕は敵わない接客レベルなんだよ。元社会人として、ちょっと凹むよねぇ。


 「でも、賑やかになりましたね」


 気配りしつつ動く着物姿のセイクリッドジェリーマーメイド達の様子に微笑むラルクさん。


 ラルクさんも、亜空間ワールドの最初の頃からほぼ見てたからねぇ。この空間の成長に、驚きよりも喜びの方が大きいみたいだね。


 「それもこれも淘汰とジュドのおかげよの。セイクリッドジェリーマーメイドらも、自らが役立つのが嬉しくてたまらないみたいだからな」


 クイッとお猪口でお酒を飲むアクア様の酒飲みスタイルは、すでに堂の入ったもの。


 だって、ねぎま(キングブルーフィンテュナとネギの煮物)に更に唐辛子振って、それをつまみにゆっくりお酒を飲んでいるんだよ?……アクア様、僕よりメニュー制覇しているんじゃないかなぁ。


 まあ、僕も便乗して同じものを頂いているけど、これもセイクリッドジェリーマーメイド達が作った料理だから、美味しい上に癒し効果付き。ほっこりするんだ。


 ん?ところで、ジュドはどこ行ったって?


 実は、ジュドは今大忙し。あちこちでセイクリッドジェリーマーメイド達の指揮をとりつつ、味の確認に勤しんでいるんだ。率先して助手に名乗り出た腹ペコ三人衆(力也、空我、楓)を伴ってね。


 だからここにいるのは、アクア様とアクア様の右横に座る僕と、向かいに座るフェルトさんとラルクさん、そしてアクア様の左横に座る雅也さんの5人。


 雅也さんは、アクア様と一緒にいたところを呼ばれたから、付いて来たみたいだけど、これからの予定を立てるのに、風光の跡からも一人来て欲しかったから、ちょうど都合が良かったんだよ。


 そんな雅也さんは、場の雰囲気を汲み取って、アクア様の左横で静かに湯豆腐をツマミに飲んでるし。なんか流石、前世最年長って感じで安心感があるよね。


 「して、フェルトとラルクと言ったか。其方らの身体からは魔物の匂いの他に、微かだが我に似たものの匂いがするが?」


 ただ亜空間ワールドの様子を見に来た訳ではない事を嗅ぎ取ったアクア様が、ニヤッと笑いながらフェルトさんとラルクさんに顔を向ける。


 「流石ホワイトアクアドラゴン様。すでに我らの申し分をご理解している様子」


 真面目な話に切り替わった途端、きっちり姿勢を正してアクア様を見つめ返すフェルトさんとラルクさん。


 「では改めて……私はヴェルダンの街で冒険者ギルドのギルド長を務めております、フェルトと申します。私の隣に座っているラルクも、同じ街で副ギルド長を務めております」


 「ほう……ヴェルダンとな?確か、我のいた森から1番近い人間共の街だったかの。淘汰が世話になっている街だと聞いた」


 主が迷惑をかける、とにこやかに話すアクア様。


 ……すでにこの言葉からして、主人はどっちだって思うでしょ?貫禄が違うんだもん、仕方ないよ。


 拗ねて焼き鳥もつまむ僕の様子に、僕の頭を撫でて慰めつつ、話を続けるようにフェルトさんを見返すアクア様の様子に、少し気を緩めたフェルトさん達。


 ……僕とアクア様の関係性も心配してくれてたんだろうね。有り難いなぁ。


 ほんわかしている僕の様子を見てスッと表情を戻し、アクア様に顔を向けて話し出したのは、フェルトさん。


 「お察しの通り、我が街は現在魔物の対処に追われております。しかし、通常ではあり得ない種類と数に原因を追求しようとしていた所に、淘汰様より貴方様を仲間にしたとお話を伺いました」


 「ふむ……それで?」


 「それらを踏まえて推測した結果、魔物達は更に強力な魔物から逃げて来たのではないか、それも貴方様に度々訪問されている深淵の森の一角である方ではないか、と考えておりましたが、貴方様の今の言葉で確定致しました」


 「ほう……それで淘汰を頼り、我の下に来たという訳か。ふむ、面倒な」


 「大変申し訳ございませんが、以前倒した一角ドラゴンとは比較にもならぬ存在ですので、我らではもはや手のうち様がございません。それでホワイトアクアドラゴン様に、なんとか対処をお願いしたく、この場を取り継いで頂いた次第です」


 ……フェルトさん、真面目な口調もできたんだね……


 斜め上を感心していた僕の頭に、アクア様がポンと手を置いて聞いてきたのは意外な言葉。


 「淘汰よ。もう一匹増えるかもしれぬが良いか?」


 「え?ただ話合いに行くだけじゃないんですか?」


 「それで済むなら我も困っておらんわ」


 どうやらアクア様曰く、ブルーエアドラゴンは代替わりしたばかりの若者らしいんだ。と言っても300年は生きているんだけど……


 ここで意外な事実が判明。


 深淵の森のドラゴンって代替わりする時に卵を産み、記憶を引き継いで生まれてくるらしい。


 代替わりの時期はドラゴンによって様々。アクア様は一度も代替わりされた事のない古参のドラゴンなんだって。


 で、話しを戻すとね……産んだら本体のドラゴンの身体は抜け殻状態。卵から孵って数時間で本体と変わらぬ大きさになるものの、その大きさになるまでは、深淵の森のドラゴン達で守るんだって。


 で、暇だったアクア様が気まぐれに見守ってやったら、懐かれたらしいんだ。


 でもね、余りにも強い生物が固まっていると、下の生態系(魔物や動物)に影響がいく為、単体で過ごすのが通例なんだけどね。


 まあ、何度言っても良く絡みにくるもんだから、流石に壁壁していたんだって。


 「だが、亜空間ワールドならば、奴が一緒でもかまわぬだろう?」


 まあアクア様が言うように、今の亜空間ワールドならなんとかなるとは思うけど……


 『マスターその件ならご安心下さい。亜空間ワールドは別次元ですし、別原理となります。マスターの願いのおかげで、どの種族でも受け入れ可能です』


 悩んでいたら、話を聞いていたであろうジュドが、僕に念話を送って来たんだ。亜空間ワールド内ではジュドが聞こえない場所はないからね。


 『んー、亜空間ワールド内で争いは嫌なんだけどなぁ……』


 『お任せ下さい。この領域で私に叶う者はおりませんし、マスターにもご迷惑をおかけする事は絶対致しませんし』


 さりげなく亜空間ワールド内で、僕以外ならジュド最強説が浮上。それに、ジュドが身の程をわきまえさせましょう、なんてやる気になっちゃっているし。


 とりあえず、返答を待つアクア様を見上げて頷いて了承すると、早速今後の予定を話し出したフェルトさん達。


 雅也さんは、もうブルーエアドラゴンが来ることが決定しているかの様に遠い目をして諦めてるみたい。


 うーん……面倒な事にならなきゃ良いけどなぁ。

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