第12話 既に注目の的でした。

 ……そういえば、改めて受付来たのって初めてかも……


 冒険者ギルドの宿に泊まっていながら、一階の受付窓口を利用した事の無かった僕。


 「ああ!貴方がトウタさん!」


 僕の名前を冒険者ギルドの窓口の可愛い女性に伝えたところ、他の窓口の女性職員さん達に注目されたんだけど……


 「ギルマスが連れて来た期待の新人!って聞いていたんですが、一週間経っても一向に窓口に来ないので、どんな人か噂になっていたんですよ?」


 ニコニコと笑顔で理由を教えてくれた女性職員さんの名前は、ナウラさんっていうらしい。赤茶のフワフワのセミロングが似合う、可愛い系の美人さんだ。


 「ふふっ。大丈夫!副ギルマスに新人講習を受けてたんでしょう?ただ、場所が訓練所じゃなくて、転移で実践に連れて行かれてたのはわかってますって!」


 噂って、何を言われていたのか……!と不安気な僕に、ナウラさんが表情を読み取って教えてくれたんだけど、表向きにはそうなっていたんだね。


 ……まさか亜空間ワールドで訓練してたって言えないし。


 のんびり考える僕にそのまま話しかけるナウラさんによると、ラルクさんの訓練指導は受けた人の3分の2ぐらいは途中でリタイアするぐらい厳しいと評判なんだって。


 その分耐え切った新人は、かなり周りから信頼されやすい反面、注目度が上がって、絡まれやすくもなるから気をつけて、って言いながら意味ありげに僕の後ろに視線をやるナウラさん。


 チラッと見てみると、僕を見ながらニヤニヤしたガラの悪そうな冒険者の2人組が既にいたんだよ。


 ……うわ、絡まれたら面倒くさそう……


 「トウタさんは大丈夫でしょう!だって、最初からアレスタックスを連れているし、入ってすぐCランクスタートはこのギルド初!ですからね!」


 そう思っていたら、笑顔のナウラさんが僕の後ろに向かって敢えて聞こえる様に言い切ってくれた。


 え?個人情報!ってちょっと思ったけど、ナウラさんの言葉のおかげで、この時僕にちょっかい出そうとしていた他の冒険者達の牽制になったのは言うまでもない。


 この一幕でナウラさんの信頼度が少しアップした僕。そのまま、気になっていたフェルトさんが言っていたサポートメンバーの事も聞いてみたんだ。


 「トウタさんのサポートパーティですね。Bランクパーティの『風光の跡』(ふうこうのあと)です。リーダーのリキヤさんから言伝を預かっています」


 スッとメモを渡してくれたナウラさんによると、『風光の跡』は男性3人女性1人の幼馴染パーティらしい。このギルドでもきっちり仕事をする定評のあるパーティなんだって。


 一瞬、逆ハーレムパーティか?って思ったんだけど、どうやら唯一の女性はリーダーの妹らしいし、全員気のいい性格だそうだ。


 安心してメモを見ると……


 『ギルマスから大抵の事には対処出来ると聞いている為、明後日から丸一週間、野営をしながら実践で教えたいと考えている。だが、まずは顔合わせをしたい。明日の3の刻(午前10時)にもう一度ギルド窓口に来て欲しい』


 おおう……またもや実地訓練……!でも、顔合わせしておくのはこちらも有り難いよね。ジュドの紹介もしないといけないし。そうなると、外で顔合わせかな?


 「トウタさん。リキヤさんから了承の際には、私の窓口に来る様にと指示もありました」


 どうしようかなぁと考えていた僕に、ナウラさんが追加の情報をくれたんだけど、もしジュドも一緒に顔合わせするなら、獣舎の横のギルド直営の休憩場を押さえてくれるんだって。


 気が利く人なんだなぁ、リキヤさんって。


 是非!と言って休憩所を押さえてもらった僕は、ナウラさんからギルドカードを受け取り、明日もお世話になる事を告げて依頼掲示板へと足を運ぶ。


 ザッとみたところ、今あるのは常駐依頼。薬草採取やオークやゴブリン、フォレストウルフ、ファビットの討伐依頼だったんだ。


 ……うん。これなら焦らずに明後日からで良いかな、と思い直した僕は、クルっと向きを変えてギルドの外に出て、雑貨屋へと歩き出す。


 だって、野営道具持ってないし。何より、魔導具屋にも行きたかったからね。


 という事で、早速雑貨屋さんでテントと水筒と深鍋、魔導具屋さんで魔石(小)10個と魔導ランプに魔導コンロを購入して、冒険者ギルドの宿に戻って来た僕。


 部屋に入って、開きっぱなしの亜空間ワールドに帰ってきてみたら、果樹園の奥にサワサワサワ……と風に揺れる黄金畑が広がっていたーーー


 「……うわぁ。長閑な風景……じゃ、なくて!ジュドーー!」


 どうなってるのさ、と思わず叫ぶ僕の声に、黄金畑ならぬ小麦畑の中からヒョコッと顔を出すジュドとラルクさん。


 「お帰りなさい、マスター。早かったですね」


 「お帰り、トウタ君」


 ……2人共迎えてくれるのは嬉しいけど……何故、小麦畑の真ん中でラルクさんはパンを持っているのか?いや、そもそも朝の時点で小麦畑なかったはずだけど?


 ツッコミ所があり過ぎて僕が首を傾げていると、ジュドが説明してくれたんだけどさ。


 ジュドによると、今ラルクさんと一緒に亜空間ワールド産の小麦(街で購入した小麦を、亜空間ワールドで取り込んでから成長させたもの)を品種改良中なんだって。


 亜空間ワールドでは一旦取り込んだら、小麦の硬質化や軟質化といった品種改良はお手のもの。だから、硬質具合も軟質具合も微妙に調整できるんだ。


 ここで豆知識。小麦粉を作る為にはそれぞれ種類があるって知ってた?


 僕は知らなくてジュドに教えて貰ったんだけど、硬質小麦から作られるのがパンを作る強力粉。軟質小麦から作られるのが、お菓子を作る時に使う薄力粉。


 強力粉と薄力粉を一対一にするとできる中力粉は、うどんや餃子の皮やパンも作れるらしいよ。


 因みに、ラルクさんが手にしているのは、最初に作った亜空間ワールド産小麦でジュドが作り出したパン。


 「え?ジュドがなんで作れるの?」


 僕がそう思ったのは、ジュドが亜空間ワールド内で加工できるのは、戦国時代レベルの製品だからなんだ。


 あったっけ?戦国時代にパンって?


 「戦国時代でも一応パンは存在していたんですよ」


 ジュドの言葉にへえ!と思いつつ、僕の分も出して貰う様にジュドに頼んだら、ラルクさんが持っていたパンを僕の口元に持ってきたんだ。興味が勝ってそのまま口に入れたんだけど……


 「!! 硬っ!」


 ビスケットみたいに硬かったんだよ?パンだと思って食べると驚くよ!ボソボソしていたし……


 「ですから今、ギルマスに頼んでパンを焼いて貰ってます」


 そんな僕の様子に、笑いながら持っていた水を渡してくれたラルクさん。


 もう!ラルクさん僕の反応で遊んでるし!


 ラルクさんから受け取りごくごく一気に飲み干して、ふうと落ち着いてからラルクさんに感謝を伝える。

 

 「ん?ところで、ラルクさんもフェルトさんも、ギルドの仕事大丈夫なんですか?」


 今だ出勤していない2人に疑問に思った僕に、笑顔で「大丈夫」というラルクさんによると……


 どうやら、事前に風光の跡パーティに僕の相談をされていたらしく、僕の予定はつつ抜けになっていたらしい。それで、どうせなら僕達が出発する明後日まで、ちょっと息抜きする事になったんだって。


 万が一の事がギルドで起こった場合どうするんだろう?


 そう思って聞いたら、ギルド内では部屋に2人が居ない場合に何かあったら、ギルドの呼び出し魔導具が鳴る手筈になっているそうなんだ。


 亜空間ワールドにいてもジュドが外からの音を感知出来るから、思う存分のんびり出来るらしいよ。それでゆっくり過ごしていたんだね、納得。


 ……だったら僕は僕で準備しよっかな!


 ジュドにまずは明日の予定を伝えてから、まだ何もしていない空間に移動してアイテムボックスからテントを出す。


 「コレ、やってみたかったんだよなぁ」


 ふんふんと鼻歌を歌いながらテントを組み立てる僕の姿が、様子を見に来たラルクさんの目にはよっぽど楽しそうに映ったんだろうね。


 「ご機嫌だね、トウタ君」


 「コレはやって見たかった事ですからね!」


 微笑ましいものを見るラルクさんを横目に、そのまま作業を続行した僕だけど……


 「ジュドー!畳作ってー!」

 「あ、フェルトさん!そのパン、僕も貰っていいですか?」

 「あと、トイレどうしよっかなぁ」

 「ああ、ここは付与魔法で何とか出来るか!」

 「かいまきは予備もあった方がいいし……」


 こんな感じでジュドを巻き込みながら準備作業をする僕の様子を、見守っていたラルクさんとフェルトさん。後でジュドに聞いたんだけど、こんな会話をしていたらしい。


 「なあ……ラルク。アレ、止めた方が良いんじゃね?」


 「いえ、むしろ止めたら面白くないじゃないですか」


 「あー……アレ見た時の風光の跡の奴らの顔が目に浮かぶわ……」


 「まあ、私達も一週間は亜空間ワールドを使用出来ないんです。これくらいのイタズラはいいんじゃないですか?」


 「ま、そうだな」


 この会話の後、2人も手伝ってくれたから僕は更にノリノリで準備をする事が出来たんだ。


 何がどうなったかは後のお楽しみ。


 準備がひと段落ついた後は、ラルクさんに採取可能な薬草を聞いたり、フェルトさんが腕によりをかけて料理を作ってくれたり、ジュドをブラッシングをしたりと、久しぶりにのんびり過ごしたんだ。


 やっぱり訓練がないって最高!


 おっと!あまりのんびりしすぎて、明日寝坊しない様にしないとね。

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