第2話 年齢をごまかすのは一生できない


 ベーキウは激しい体の重みを感じ、目を開けた。目に入ったのはオレンジ色のテントの天井と、上にぶら下がっている小さなランタン。そして、自身に抱き着いて爆睡しているシアンの姿だった。


「ま……またか……」


 抱き着いて爆睡しているシアンをどかすため、ベーキウは上半身を起こし、シアンが起きないように優しく横に寝かせた。その後、テントから出たベーキウは軽くストレッチをして朝食の支度を始めた。


「とりあえずスープでいいか……」


 そう呟いたベーキウは、朝食の支度を始めた。支度を始めて数分後、漂うスープの匂いを嗅いだシアンが目を覚ました。


「もう朝か……ありゃ? ベーキウ? どこにいるのー?」


「外だ。朝飯の支度ができているぞ」


「うわーい!」


 朝食の支度ができたと聞き、シアンは外に飛び出た。その時のシアンの姿を見て、ベーキウは呆れてこう言った。


「外に出るんだったら、着替えぐらいしてくれよ。下着姿じゃないか」


 ベーキウの言葉を聞き、シアンは笑顔でこう言った。


「ベーキウだったらこの姿見せてもいいんだよー」


「周りの目を気にしてくれ。一応、ここはキャンプ場なんだぞ」


 そう言いながら、ベーキウはシアンに回りを見るように促した。人はまだいないのだが、周りにはいくつかテントが張られてあった。




 ベーキウがシアンとの旅を始めて一週間が経過した。あれから、ずーっとシアンはベーキウにくっついていた。自身に熱くて激しい愛情を浴びせるシアンに対し、ベーキウは世界の混乱をどうにかするつもりがあるのだろうかと考えていた。


 朝食を終えたベーキウたちは、再び歩き始めた。今、ベーキウたちは次の目的地であるエルフの里へ向かっていた。シアン曰く、ベーキウが生まれて育った大陸には昔から魔力と知恵があるエルフが住んでいるらしく、彼らに聞けば今回の騒動のことが分かるかもしれない。つまり、情報のためにシアンはこの大陸に来たわけである。


 歩き始めて数分後、地図を持ったシアンは周りを見てベーキウにこう言った。


「この辺にあると思うんだけど」


「人の気配がないな。その地図、本当に合っているのか? 見た感じ、かなりボロボロだが……」


 ベーキウは地図を見てこう言った。地図の一部は黒く染まっていて、折れ目の間は破けており、端も破れている。しかも、所々セロハンテープで補修したあともある。シアンは地図を見て、こう言った。


「うーん。古本屋のおっさんにエルフの里の地図はあるって聞いたら、これを渡してきたからなー」


「こんな古ぼけた地図、あまりあてにならないと思うぞ。その地図、何年前の地図だ?」


「えーっと……七十年前だって」


「七十年って……お前騙されているぞ。その地図を買うためにいくら払った?」


「ただでもらった。使えないからいらないって」


「いや、その時点で使えないって言っているじゃないか!」


 話を聞いたベーキウはため息を吐いて周りを見回した。その時、ベーキウは魔力のようなものを感じた。シアンも武器を手にしており、周囲を見回していた。


「ベーキウも感じたんだね」


「ああ。どこかに人がいる。魔力を感じるが、殺気は感じない」


「気を付けて。油断させているかもしれない」


 シアンの言葉を聞き、ベーキウはゆっくりとうなずいた。その時、草むらから少年が現れた。


「あり? 誰だあんたら?」


 少年の姿を見たベーキウたちは、安堵の息を吐いて武器をしまった。


「なんだ、子供か。モンスターじゃなくてよかった」


「私、シアン・ダンゴ。こっちは彼氏のベーキウ・オニオテーキ」


「彼氏ではなく相棒だ。俺たちはエルフが住んでいる里を探しているんだ。エルフの人たちなら、世界で起きようとしている異変に気付いているかもしれなくて、話を聞き出いんだ」


 ベーキウの話を聞いた少年は、被っていた帽子を取った。その下を見て、ベーキウたちは驚いた。少年の耳は長く、尖っていた。その耳を見て、ベーキウは少年がエルフであると察した。


「オイラたちが住んでいる里に用があるんだね。悪い人じゃなさそうだし、来てもいいよ」


 その後、エルフの少年はベーキウとシアンを里へ案内した。




 エルフの里に着いたベーキウは、目を丸くして驚いた。ベーキウの勝手なイメージだが、エルフはツリーハウスのように木々を改造して住んでいるのかと思ったが、実際はその逆だった。鋼鉄でちゃんと作られた建物が至る所にあり、車やバイクも走っていた。


「うわ……都会じゃないか」


「エルフは魔力を使って生活をしているからね。その分、生活基準も他の種族より上ってことさ」


 案内を終えた少年はベーキウたちに手を振り、自宅へ戻って行った。その後、ベーキウたちはこの里に住む長老的なエルフを探し始めた。だがその直後、軽鎧を装備した二人のエルフが現れた。


「ダンゴ一族の勇者、シアン様とその相棒ですね」


「あなた方が動いているのは我々も察知しています。長老と賢者が話を聞きたがっています」


 この言葉を聞き、シアンは指を鳴らした。




 長老と賢者のエルフがいる建物は近代的な建物ではなく、木々で作られた古い建物であった。


「うわー、他の建物と違ってすごいボロボロ。地震とか起きたら一発で崩れちゃうじゃん」


 建物を見たシアンは思わずこう言った。だが、ベーキウはこの建物から神秘的な力を感じていた。


「どうぞ」


 兵士に案内され、ベーキウたちは建物の中に入った。しばらく歩くと、長くて白いひげを

生やした、いかにも私が長老ですと思わんばかりのエルフがいた。兵士はそのエルフに近付き、丁寧に頭を下げた。


「長老様、勇者シアンと仲間のベーキウを連れてきました」


「んお? おお。あんたがダンゴ一族のシアンか。いろいろと話は聞いているぞ」


 長老はベーキウたちに座れと促した後、ゆっくりとした動きで近くのソファーに座った。


「初めまして。私はシアン・ダンゴと申します」


「私はベーキウ・オニオテーキ。近くの村で勇者シアンと会い、仲間になりました」


 と、早口でベーキウはこう言った。シアンはベーキウのことを彼氏と紹介しようとしたが、それができなくて少し残念そうな表情になった。長老はそのことを見抜き、小さく笑った。


「若いっていいのう。ワシも二百歳くらい若かったら、女遊びしまくっていたのに」


「長老。今は真面目なことを話しているのです。そんなことを言わないでください」


 兵士に叱られた後、長老は笑った。その後、長老はシアンに近付き、話を始めた。


「それじゃ、真面目な話をするとしよう。ワシが魔力で感じ取ったのは、少し前に魔界に繋がるゲートが出てきて、そこから強い魔力を持った者がこの世界にきたということじゃ」


 この言葉を聞き、ベーキウは混乱した。ベーキウは魔界の存在を一応知っているが、どうやって魔界に入るのか分からず、そもそも魔界がどんな場所なのか、どんな人が住んでいるのか分からないのだ。


「あの、魔界のゲートが開くってどういうことですか?」


「魔界から恐ろしい奴がやってきて、ここにいるかもしれないってことじゃ」


 この言葉を聞き、ベーキウの背筋に悪寒が走った。もし、これから近いうちに何かがあって、魔界とつながるゲートがこれまで以上に出てきたら、恐ろしい奴らが世界を荒らしまわるかもしれないと考えたからだ。


「で、どうして魔界のゲートが現れたの?」


 シアンの言葉を聞き、長老はひげを触りながら答えた。


「魔界で何かあった。それしか分からん。魔界には魔王と言う奴がいて、魔界を統治しているのじゃ。ワシは会ったことがあるが、しっかりとしたいい奴じゃったよ。もしかしたら、あいつに何かあったかもしれんのう。詳しくは分からないが」


 長老の話を聞き、ベーキウは予想以上に世界中が混乱するかもしれないと思った。そんな中、シアンがこう言った。


「大丈夫だよ。混乱が起きる前に私たちでどーにかしちゃえば」


「だけど、そう簡単にことが進むか?」


「ことが進む判断は私たちが決めること。私たちの手でどーにかできる! ま、私に任せなさい!」


 と、シアンは胸を叩いてこう言った。その時、奥から騒ぐ音がして、奥からエルフの少女が現れた。


「勇者がきたのは本当か!」


 少女の声を聞いた長老は少女の方を向き、返事をした。少女はベーキウに近付き、両手で頬を触ってまじまじと顔を見た。


「そなたが勇者か。いやー、マジでかっけー。二次元よりもやっぱ三次元の方がかっこいいわー」


「あの……その……」


 ベーキウが困惑する中、苛立ったシアンがエルフの少女をベーキウから引っぺがした。


「何よ、あんた! 私の彼氏に手を出さないでよ!」


「誤解を招く言い方は止めろ」


 ベーキウが冷静にツッコミを入れると、エルフの少女は立ち上がってシアンに近付いた。


「黙れ小娘が! 勇者の連れだか何だか知らぬが、お主みたいな小娘に用はないのじゃ!」


「あのー、もしもしクーアさん? お前さん、すっごく激しい勘違いをしとるよーじゃのー」


 長老はクーアと呼んだエルフに近付き、耳元でこう言った。


「あの小娘が勇者、シアン。あのイケメンはシアンの相棒」


「は? ハァァァァァァァァァァ!」


 クーアはベーキウとシアンの顔を交互に見つつ、長老のひげを引っ張った。


「痛い痛い痛い。ひげが抜けちゃう」


「おいジジイ! 勇者が小娘だとはどういうことだ! 勇者が近いうちにくるって言っていたから、わらわは胸に期待を抱き、エロい妄想をしながらいつくるかドキドキしながら待っておったというのに!」


「ワシは勇者が高身長でイケメンだとは一言も言ってない!」


「クソッたれが! 無駄に期待だけさせやがって! あーあ、イケメン勇者の仲間になって活躍して、そのうち勇者といい仲になって次第はムフフって考えておったのに……」


 エキセントリックなことを次々と口にするクーアを見て、動揺しながらベーキウは長老にこう聞いた。


「あの、彼女は一体何ですか?」


「ああ。あれがうちの賢者、クーア・ポクレムコ。毎日イケメンとチョメチョメするバカな妄想をする痛い女だけど、魔力の腕は本物じゃ」


 賢者。そのことを聞いたベーキウはクーアがそれなりの実力者なのだろうと思った。だが、クーアは四つん這いであまり文章として書きだしたらアウトになりそうなことを言いまくっていた。長老は咳ばらいをし、クーアにこう言った。


「クーア。十八禁のようなことを言う暇があれば、賢者としての自覚を持て。お前だけじゃよ、賢者の称号を得たからってやりたい放題やっている愚か者は。いい加減イケメンとイケメンが抱き合うような変なゲームは売りさばいて、真面目に仕事をしろ」


「わらわは真面目に仕事をしている! たまに休んで十八禁のBLゲームをやっているだけだ!」


「一日十時間以上も部屋にこもるのがたまの休みか?」


 長老はクーアの顔を見てこう言った。何か言おうとしたクーアだが、長老の威圧に負けて口を閉ざした。シアンはあくびをし、ベーキウの腕を抱きしめてこう言った。


「それじゃ、大体のことが分かったのでこれで戻ります。魔界のゲートについて分かったことがあったら、またきますので」


「そうか。また頼むぞ、勇者シアンとその相棒、ベーキウよ」


 ベーキウは自分がシアンの彼氏ではなく、相棒と認識してくれたと判断し、安堵の息を吐いた。そんな中、クーアが魔力を解放して周囲に水を放った。


「おい……何すんのよ?」


 びしょ濡れになったシアンは、苛立ちながらクーアの首を掴んだ。


「いやー、ちょーっと魔力の操作をミスっちゃったんじゃー。こんなに濡れてたんじゃ、旅立つこともできぬだろうし、今日はここで休んでいくがいー」


 と、クーアはシアンの目を見ないようにこう言った。シアンはクーアの態度を見て、この女何か考えていると察した。そんな中、ベーキウは水を垂らしながらこう言った。


「し……仕方ないから、とりあえず休もう」




 ベーキウはため息を吐きながら、脱衣所で服を脱いでいた。


「うーわ、シャツまでびしょびしょだよ。この里に服屋ってあるかな?」


 濡れたシャツを見て、ベーキウは呟いた。濡れた服をかごの中に入れ、ベーキウはシャワーを浴びた。そんな中、クーアが忍び足で脱衣所にやって来た。誰もいないことを確認し、扉を閉めて動かないように頑丈に鍵を閉め、急いで服を脱いだ。


 今ならベーキウと言うイケメンと一緒にシャワーを浴びることができる。長年生きてきた中で、イケメンとシャワールームの中で密着するチャンスはなかった。今がそのチャンスじゃ!


 心の中で下種なことを考えながら、クーアはシャワー室の扉を開けた。いきなり扉が開いたため、シャワーを浴びていたベーキウは驚いて後ろを見た。そして、クーアが全裸なのを知って続けて驚いた。


「あなたはクーア! ど……どうしてそんな格好で俺の所に?」


「シャワーを浴びるために服はいらんじゃろ? 迷惑をかけたんじゃ、わらわが体の至る所まで洗ってやるからのー」


 ベーキウは股間を隠しながら後ろを振り向いたが、クーアはそれに構わずベーキウに近付いた。クーアの接近を察したベーキウは、後ろを振り向いたまま大声で叫んだ。


「結構です! 自分で洗えるんで!」


「そんなに遠慮することはないぞー」


「遠慮します! それに、年下の子にこんなことをやらせるわけにはいかないんで!」


 年下。この言葉を聞いたクーアは喜んだ。


「わらわのことを年下と思っているのか! 嬉しいぞ! ご褒美にたっぷりとサービスしてやるからの!」


「大丈夫です!」


 嫌がるベーキウに対し、いやらしい手つきでクーアは近付いた。そんな中、シアンが飛び蹴りで脱衣所の扉を蹴り飛ばした。


「おい! 私の彼氏に何をするつもりなのよ! この泥棒猫!」


 怒りの形相を見せるシアンに対し、クーアは勝ち誇ったかのような笑みでこう言った。


「何をするつもり? 見てわからんのか? 最近の小娘はまともな性教育も受けていないようじゃのう」


「受けているつもりよ! それよりも、さっさとベーキウから離れなさい!」


 シアンは魔力を解放してクーアに近付き、無理矢理ベーキウから引きはがした。そして、ベーキウに抱き着いた。


「ベーキウは私の彼氏だもーん。何回も寝たんだもーん」


「誤解を与える言い方は止めろ。俺は手を出していないし、お前が勝手に俺に抱き着いて寝ているだけだろうが」


 ベーキウは誤解を与えないようにこう言ったが、クーアにはその言葉が届かなかった。


「あ……ぐ……クソッたれが! それでも奪ってやる! 寝取り計画の始まりじゃァァァァァ!」


 と言って、クーアはベーキウに向かって飛び上がった。そんな中、騒動を察した長老が現れた。


「まーたイケメンを見て暴走しているのか、あの婚期遅れが。これでも喰らえ、必殺長老ビーム!」


 と言って、長老は両手から魔力を使ったビームを発し、暴れるクーアに命中させた。ビームを浴びたクーアは黒焦げになってその場に倒れ、動かなくなった。


「すまないのう。クーアの見た目は……人間で言うと十七歳なのじゃが、実年齢は八十五歳の婚期遅れのババアなんじゃ」


 クーアの実年齢を聞き、ベーキウとシアンは目を丸くして驚いた。その後、長老は気を失ったクーアを連れて去って行った。去り際、長老は顔を見てこう言った。


「それじゃ、ワシは戻るから。あとは二人で仲良くしておくれー」


 と言って、長老は魔力で扉を直して去って行った。あっけにとられたシアンだったが、ベーキウと二人っきりであることを思い出し、笑みを浮かべた。


「それじゃあ私とシャワーを浴びようよ、ベーキウ!」


 と言って振り返ったが、ベーキウはすでに脱衣所へ向かい、服を着ていた。

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