第3話 魔界からきた美少女
翌朝、ベーキウはやつれた表情で窓から空を眺めていた。自然に囲まれたせいか、朝日が神々しく見えた。それでも、ベーキウの疲労感は取れることはなかった。その理由は、シアンとクーアが一晩中口喧嘩をし、そのせいで眠れなかったのだ。
「今から旅立つっていうのに……」
ベーキウは呆れながら呟いた。隣の部屋からは、いまだにシアンとクーアの怒声が響いていた。
「いい加減しなさいクソババア! 見た目は十七歳だけど、実年齢が八十五歳のババアが孫並みに歳の離れた男性に発情するんじゃないわよ!」
「黙れ小娘! ベーキウみたいなイケメンに似合うのは経験を積んだわらわみたいな美少女じゃ! 経験もロクに積んでいない尻の青い小娘じゃ役不足じゃ!」
「引きこもってエロゲーやってるニートババアが偉そうに! 私はあんたより外に出て、いろいろと経験積んでいるわよ!」
「わらわだって魔力の鍛錬を重ねに重ねたわ! このエルフの里で一番強いんじゃね? と、言われているわ! だからベーキウの嫁になるのはわらわだけで十分じゃ! お前は風俗堕ちするのがお似合いじゃ! あ、胸がないから野郎たちは発情しないか」
「乳がないのはあんたもでしょうが! このクソババア! よくも人のコンプレックスを刺激しやがったなァァァァァァァァァァ!」
などと、聞くに堪えない醜い罵声が響き渡っている。ベーキウはあくびをしながら、シアンとクーアがいる部屋の扉を叩いた。叩いたと同時に、醜い罵声は止んだ。
「二人とも……一晩中騒ぐなよ。おかげで眠れなかったぞ」
ベーキウがこう言うと、勢いを付けて扉が開き、中にいたシアンがベーキウを無理矢理引っ張って、ベッドの上に寝かせた。
「じゃあ、私が寝かせてあげるよ。楽にして、リラックスして」
そう言いながら、シアンはパジャマのボタンを開けていた。その途中、クーアがシアンに向かって飛び蹴りを放ち、壁にめり込ませた。
「小娘の色気よりわらわのような年を取った美女の色気の方が一番いいに決まっておる。ベーキウ、全てをわらわに託すのじゃ」
と言って、クーアは服を脱いで下着姿になったのだが、シアンが勢いを付けてクーアに向かってラリアットを仕掛け、そのままパイルドライバーを放った。
「ガハッ……」
「長かった戦いよ、さらば」
クーアが気を失ったことを察したシアンは、窓からクーアを投げ捨て、パジャマを脱いでベーキウに近付いた。
「さぁベーキウ。そのまま二人でにゃんにゃんと……」
このままイチャラブしようと考えていたシアンだったが、ベーキウは隙を見て部屋から抜けていた。
数時間後、眠そうな表情のベーキウとエルフの長老たちは話をしていた。
「では……俺たちは……旅立ち……ます……」
「そう……か。ふぁぁぁ……武運を……祈って……おる……ぐぅ」
長老は話をしている途中で、鼻ちょうちんを作りながら眠ってしまった。ベーキウは何度か眠りそうになったが、何とか立ち上がった。
「とりあえず、近くの町に行って休もう。昨日は休めなかったからね」
「誰の……せいだと……思ってるんだ……」
ベーキウは睡魔と戦いながらツッコミを入れた。ベーキウたちが里の入口に向かうと、そこにはリュックに荷物を詰めたクーアが立っていた。
「やーっときたか!」
クーアは笑みを作り、ベーキウの前に近付いた。その姿を見たシアンは、嫌な予感を感じつつ、クーアにこう言った。
「あんたその姿……まさか、私とベーキウのラブラブな旅について行くつもりなの?」
シアンの質問を聞き、クーアはどや顔をしながら答えた。
「その通りじゃ。好きな人が危険な旅に出るのじゃ。だったら、わらわのような賢者がサポートをするのが流れなのじゃ。文句あるか?」
「大ありよ! あんたの手なんて借りなくても、私とベーキウでどうにかできるんだからね!」
「お前が何を言おうとも、わらわは付いて行く。そしてベーキウを寝取る!」
「どや顔で……言う言葉じゃないな……」
睡魔に負けそうになったベーキウは、近くの岩に座って目を閉じていた。それからシアンとクーアの口喧嘩が再び始まったが、終わるのに三時間がかかった。その間、ベーキウは眠っていた。
エルフの里から旅立って数時間が経過した。ベーキウたちはナンラカと言う町に到着した。
「さて……宿の手配を取らないとな」
「そうじゃの。とりあえずわらわとベーキウ。シアンは馬小屋か豚小屋で寝ればいいか」
クーアの言葉を聞いたシアンはクーアの後頭部に延髄蹴りを放ち、ベーキウにこう言った。
「あのババアは老人ホームにぶち込んでおけばいいよ。ベッドは……一つでいい? 狭いベッドだけど、二人で一緒に寝られるから……」
「男女で分けよう」
ベーキウはきっぱりとこう言って、宿屋に向かった。延髄蹴りを受けたクーアは、急いでベーキウたちの後を追いかけた。
宿屋に泊まることになったのだが、シアンとクーアは不機嫌な表情をしていた。
「くっそー、結局ババアと一緒の部屋で寝ることになるのねー」
「それはこっちのセリフじゃ。はぁ、安宿だと思っていたが、セキュリティが万全か。夜這いを仕掛けるのも大変じゃの」
シアンとクーアは文句を言いながら荷物の整理をしていた。整理を終え、シアンとクーアはため息を吐いてベッドの上で横になった。しばらくすると、シアンは眠気を感じた。
「少し寝るか……」
そう言うと、シアンは大きなあくびをして眠ってしまった。クーアは眠気を感じているが、すぐに寝ることができなかった。
「若い奴はすぐに寝ることができて、うらやましいのー」
小さく呟き、クーアは天井を見上げていた。数分後、外から何かを感じた。クーアはすぐに飛び起き、隣のベッドで眠っているシーアを見た。シーアは何も気付いていないのか、ぐっすりと眠っていた。
「何も分からぬのか。本当に勇者なのかこいつ?」
爆睡するシアンを見て、クーアは呆れて呟いた。
クーアは急いで外に出て、気配の元を調べた。その途中、ガラの悪い三人の男が誰かを取り囲んでいた。
「おいお前、俺たちに恵んでくれよ」
「このローブ、真っ黒だけどいい素材でできてるじゃねーか」
「このネックレス、見たことがないぞ。黒い宝石か、珍しいな。売れば高値になるぞ」
三人の男は下種な笑みをしながらこう言っていた。呆れたクーアは魔力を解放し、風を放って三人の男のズボンを斬り裂いた。
「え? イヤァァァァァ! 何でズボンがないの?」
「どうして下半身だけスッポンポン?」
「キャアアアアア! ちっちゃいのがばれちゃう!」
三人の男は股間を隠しながら叫んだが、クーアが大声でこう言った。
「誰かー! 変態不審者が下半身丸出しで歩いているよー! 助けて、犯されるー!」
クーアの言葉を聞いた筋肉モリモリマッチョマンの警備員が、風船ガムを膨らませながら三人の男に近付いた。黒いサングラスを光らせながら、警備員は三人の男を連行した。クーアは黒いローブの人物に近付き、こう言った。
「とりあえず助かったようじゃの」
「ありがとう……ございます」
黒いローブの人物は、小さな声で礼を言って頭を下げた。この声を聞き、黒いローブの人物が女性であるとクーアは確信した。
「少女か。魔族の少女がこの町に何の用じゃ?」
クーアの言葉を聞き、少女ははっとした表情でクーアを見た。その直後、騒動を察したベーキウとシアンが現れた。
「遅いぞシアン。お前、気配を察知できなかったか? それでも勇者か?」
「クーアがどうにかするだろうと思ってね。ま、敵意も殺意もなかったから安心だと思ったのよ」
「他人任せか。わらわはベーキウのために同行してるってのに」
クーアが呆れたようにこう言う中、ベーキウは少女に近付いた。
「何もなかったようだが……君は一体何者なんだい?」
「ベーキウ。一度部屋に戻って話をしましょう。外でするより、中で話をした方が話しやすいわ」
シアンの言葉を聞き、その通りだなと思ったベーキウは、少女と一緒に宿に戻った。
夕食前のせいか、キッチンには誰もいなかった。都合がいいと思いつつ、クーアは少女に質問を始めた。
「それで、お前は誰じゃ?」
少女は羽織っていたフードを外し、素顔をベーキウたちに見せた。褐色の肌に、エルフのように長い耳、そして漆黒のような髪の色をしていた。少女は髪が目に入ったのか、紙の両端のツインテールを揺らしながら前髪を整え、質問に答えた。
「私はキトリ。キトリ・カワモネーギ。エルフの人の言う通り、私は魔界からきました」
この答えを聞いたベーキウは、緊張感を覚えた。混乱の最中と言われている魔界から、少女が一人きている。何かがあったのだとベーキウは察した。
「それで、どうしてここにきたのじゃ?」
「ある男を探し出すためです」
「ちょっと待って。それより聞きたいことがあるの? 割り込む形になるけどいい?」
と、シアンが話に割って入った。クーアは大丈夫と言いながら頷き、それを見たシアンは頭を下げ、キトリにこう聞いた。
「今、魔界で何かが起きているのは察知しているの。でも、一体何が起きているのか私たちは把握していないの。今、何が起きているのか教えてくれる?」
シアンの質問を聞き、キトリは頷いて話を始めた。
「私のお父さんは魔王なの。お父さんが頑張って働いているおかげで、魔界は平和だった。たまにこの界……私たち魔界の住民は別の界って言っているけど、この界で悪さをしようとしている奴がいたら、お父さんは懲らしめていた」
「そうか。君のお父さん、魔王のおかげで、魔界から悪い奴がここにくることはなかったのか」
「うん。旅行や仕事の関係で、この界にくる場合は、お父さんの許可が必要だったから」
キトリの話を聞いたシアンは、ある仮説を作り、キトリにこう聞いた。
「最近、強い奴がゲートを使ってここにきたのよ。もしかして、魔王に何かあったの?」
「うん。お父さん……ぎっくり腰になっちゃって……そのせいで動けなくなったの」
「魔王もぎっくり腰になるのか……」
話を聞いたベーキウは、人間のようだなと思いつつ呟いた。そんな中、キトリは話を続けた。
「実は、私はお父さんにここにくることを黙って……」
「ええ? それじゃあ魔王さんが心配するだろう。だけど、どうしてここにきたんだ?」
「実は……魔界から二人、無断でゲートを使ってこの界にきた奴がいるの」
キトリはそう言って、懐から二枚の写真を取り出した。そこには、二人の魔族の住人が映っていた。一人は仮面を付けているため表情は分からないが、もう一人は童顔の魔族だった。
「この仮面はジャオウ・ナイトルーラー。この幼い顔の人はアルム・エクセウム。私はこの二人を見つけて魔界に送り返したいの。何をしたいのか分からないけど」
「ほーん? どれどれ……なーんか見た目だけじゃ強さが分からんのー。どうして仮面を付けているのか分からん。カッコつけているのか?」
クーアは写真を見ながらこう言った。シアンは写真を見て、キトリにこう聞いた。
「この二人は強いの?」
「ジャオウは強い。多分、私より強い」
「そうなのね……」
この言葉を聞いたシアンは、にやりと笑った。この笑みを見たベーキウは、シアンは強い奴と戦いたいのだろうと思った。そんな中、キトリは頭を下げた。
「お願いがあります。私一人では、魔界からこの界にきたジャオウとアルムを倒すのに時間がかかります。どうか……どうか皆さんの力をお貸しください!」
ベーキウは真剣に懇願するキトリを見て、彼女に近付いた。
「俺は手を貸す。君みたいな小さい子が頑張っているんだ。男として、剣士として見過ごせない」
ベーキウの顔を見て、キトリは涙を流し、ベーキウに抱き着いた。この光景を見たシアンとクーアは、奇声のような絶叫を上げた。
「ピッギャァァァァァァァァァァ! ちょっと! 私の彼氏に抱き着かないでよ!」
「今の言葉を訂正するぞ! 勇者の女とベーキウはそんな仲じゃない! ベーキウはわらわの彼氏じゃ!」
「どさくさに紛れて何言ってんのよ八十五歳! あんたにお似合いなのはチーズ牛丼を食っているようなヒョロヒョロ男よ!」
「あんなもんわらわのタイプじゃないわ! 告白されてもお断りじゃ!」
その後、シアンとクーアは再び醜い喧嘩を始めた。ベーキウとキトリはバカ二人の喧嘩を無視し、キッチンから出て行った。
その日の夜。キトリはベーキウが泊まる部屋にいた。キトリは宿賃を持っていないため、ベーキウたちがキトリの分の宿賃を払ったのだ。そして、一人部屋だったベーキウの部屋に泊まることになったのだ。
キトリは部屋の真ん中で正座をし、目をつぶっていた。そんな中、シャワーを浴び終えたベーキウが近付いた。
「何をしているんだ?」
「瞑想。ジャオウといつ戦いになっていいように、空いた時間を使って魔力のトレーニングをしているの」
「そうか……すまない、瞑想中に話しかけてしまって……」
「大丈夫。かなり鍛えたから、問題ないわ」
そう答えてしばらくした後、キトリは目を開けて瞑想を終えた。それからキトリは立ち上がり、軽くストレッチを始めた。
「それじゃ、私はシャワーを浴びてきます」
「分かった。俺は先に寝るよ」
と言って、ベーキウは床の上にシーツと布団を敷き始めた。それを見たキトリは驚き、こう言った。
「私が下で寝ます。あなたはベッドで寝てください」
「女の子を下で寝かせるわけにはいかないよ。キトリはベッドで寝てくれ。俺はここでも寝られるから、心配しないでくれ」
と、ベーキウは笑顔でこう答えた。その笑顔を見て、キトリはベーキウが優しいと思った。
それから数分後、シャワーを浴び終えたキトリはベッドに向かった。そして横になり、ふかふかなベッドの寝心地を感じながら目をつぶった。
ああ……ベッドの上で寝るなんて久しぶり。
そう思いながら、夢の世界に入って行った。
数時間後、キトリは何者かの気配を感じ、目を開けた。誰かがいると思ったキトリは急いで下で寝ているベーキウに近付いた。
「起きて、誰かが魔力を解放している」
「んあ……まさか……」
ベーキウは起き上がり、布団の横に置いてあるクレイモアを手にし、様子を見た。しばらくすると、鍵が開く音が聞こえた。キトリは強盗がきたのかと思い、魔力を解放した。そして、扉を開けて中に入ってきた侵入者に向かって、キトリは闇の魔力を放った。
「離れなさい、侵入者さん!」
「え? ちょっと待って!」
「私たちは侵入者じゃないんだけど!」
聞こえたのはシアンとクーアの声だった。声に気付いたキトリは魔力を抑えようとしたが、遅かった。バカ二人はキトリの闇の魔力を受け、そのまま吹き飛んでしまった。
「あ……ああ……やっちゃった……」
シアンとクーアを吹き飛ばし、茫然とするキトリを見て、ベーキウはあくびをしながらこう言った。
「いつものことだ。今回は部屋が隣同士だからこうなっただけだ」
「でも……これって……」
「あの二人が簡単に死ぬはずがない。俺は眠い」
ベーキウは起き上がり、鍵を閉めて眠った。キトリは本当に大丈夫なのかなと思いつつも、ベッドの上で横になり、今起きた出来事を忘れるためにすぐに目をつぶり、眠った。
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