第26話 ジリアーヌ
バーバダーたちの許を離れてジリアーヌの馬車まで来たが、それは俺が目覚めた馬車だった。
隣とその隣にはライーンとシーミルの馬車があり、現在お仕事中だ。俺は極力意識を逸して聞こえないようにする。直ぐ隣で少女がけしからん事をしてると思うと、精神が削られていく。
慣れているジリアーヌはそんな事お構いなしに蚊帳とテントを張り、テーブルセットを設置し始めた。『憩いブース』というものを作っているらしい。
憩いブースとは、テーブルと椅子が置かれていて食事や話をする場所の事だが、ようするに馬車の入口と繋がったテントで覆われたプライベートスペースだ。
馬車の中が狭くてテーブルセットが置けないので、ここでムフフの前や後に飲食やお喋りをという訳だ。
俺がジリアーヌを手伝おうとすると、やんわりと断られた。
この世界の男はまずそんな事はしないようなので、少し驚きながら変わった人ねと言われた。
どうやら、この世界ではまだ女性の権利を主張したりフェミニズムが暴走したりという事は無いようだ。男にとっての古き良き時代だな。
実際、憩いブースは余り使われる事は無いらしく、ジリアーヌも少し設置に戸惑っている。
ライーンやシーミルの馬車を見ても設置はされていない。やる事だけやってそれで終わりというのが大半らしい。
大変だなと労うと、どうせ今だけだからと返ってきた。
というのも、ジリアーヌたちは常に商隊と共に行動している訳ではないという。
娼婦が長い事一つの娼館で営業していると、マンネリ化して客離れが起きたり、人間関係で問題が起きたりするので、ローテーションで他の街の娼館へ移動するようだ。
その移動する合間も、こうして娼館馬車と呼ばれる馬車を一人一台充てがわれて、そこで商売をさせられる。
なんともはや、奴隷とはいえ過酷な労働を強いられるものだ。
しかも、そこで商売の客となるのは給金を払った護衛や商隊のメンバーなので、身内からも巻き上げるという、阿漕な商売をしている。一応は良心価格が設定されているらしいが。
やり手…なのか?クレイゲート恐るべし。
憩いブースが出来上がり、ようやく、本当にようやく食事にありつく事が出来る。長かったぜ。
バーバダーが用意してくれたスープはすっかり冷めている。
ジリアーヌは温め直そうとしてくれたが、俺の空腹は限界近かったのでそのまま頂く事にした。なんせ焼いただけの肉や木の実を食べていただけの俺には、調理された料理はそれだけで凄い御馳走だ。
それに、ワインは俺に酔う楽しさを思い出させてくれた。このほろ酔いの心地好さは、どんなに美味しい水や清涼飲料水であっても決して体感できないものだ。
カルシーには申し訳ないが、自然と心が軽くなり、笑顔になってしまう。
しばらくの間、俺はジリアーヌと憩いブースで食事とワインを楽しみながら、この世界の常識をいろいろと学んでいった。
前述の金貨や銀貨といった貨幣の価値についてもそうなのだが、他に年間の日数や週のあり方、距離や重さといった生活に必要な知識を仕入れていった。
逆に、ジリアーヌは俺が山や森でさ迷っていた時の話を訊いてきた。
最初は俺の記憶が無い事に対する調査でもするのかと思ったが、純粋に冒険の話に興味があるようだ。
俺は研究所っぽい施設や俺が入っていたカプセル等をぼかしながら、大きな熊に襲われたところから話をした。
何とか熊から逃げ切ってワニもどきと戦ったり、戦った獣の毛皮を剥いで服の代わりに貫頭衣を作ったりして、森をさ迷い歩いた事。
ようやく人間の住処を見つけたと思ったらゴブリンの住処で、そこで見つけた女性を助けるためにホブゴブリンと戦った話をした。
ジリアーヌはリュジニィの事をいたく悲しんで同情していた。同じ女としてやるせない気持ちになったのだろう。
他の話については随分と楽しそうに聞いていた。
特に戦いの話となると心が踊るようで、《センス(念動力)》や《フィールド(場)》を駆使してホブゴブリンやレジョンティーゲル(サーベルタイガー)を倒した話には、子供のように瞳をキラキラさせて聞き入っていた。キツネ耳がピコピコ動いたり、尻尾がブンブンと揺れて忙しなかった。
《センス》や《フィールド》といった言葉は中々理解されなかったが、特別な能力として理解したようだ。特に《フィールド》の概念に関してはなかなか理解できなくて、魔法の働きをする力と考えたようだ。
《フィールドウォール》や《プレッシャー》も《センス》と《フィールド》の働きによる力の発現だと説明したが、やはり具体的には理解できないようだ。
確かに俺も言葉にするのは難しい。
物理の教科書では、《フィールド》とは物理量を持つものの存在が、その近傍・周囲に連続的に影響を与える、あるいはその影響を受けている状態にある空間、みたいな感じで説明されているが、どういった力が作用しているかは想像できないだろう。
視覚や聴覚や嗅覚と同じような感覚的な働きなので、目の見えない人に色の説明をしたり、音の聞こえない人に音楽の説明をするようなものだ。
だから、単純にこっちに動けと考えれば物がこっちに動き、あっちに行けと考えれば物が遠ざかっていく、みたいな考え方で十分だと思う。
ジリアーヌは魔法の力と考えたが、そう思った方が理解しやすいだろう。
ただ、請負人の上位クラスに当たる〈冒険者〉だと、そういった能力を使うという話は聞いた事があるようで、《半神や英雄》と呼ばれる者たちの能力の一部を使う者として認識されているらしい。
が、そういった能力を持つ者はごく少数で、ジリアーヌは噂には聞いた事があるが、見たのは俺が初めてだという。
俺が小石を宙に浮かせて動かして見せると、ジリアーヌは子供のように興奮する。尻尾が逆毛になって立ち上がったのには、こっちが驚いてしまった。
後、不思議な事に魔物の名前は聞いた事が無いものばかりで、ディケードの記憶の中にもレジョンティーゲルやグロゥサングリィ等の名前は無いようだ。
しかし、それなのにゴブリンやホブゴブリンといった名前は日本語のまま通用するし、異星人のディケードの記憶にもそのままの名前で覚えられている。
単なる偶然なのか、それとも何か意味があるのか、不思議というより不気味な感じがする。
まあ、それはともかく、俺が《泉の精》や《花の精》に遭った話をするとジリアーヌはとても驚いていた。
証拠となるかは分からないが、《花の精》に貰った魔法の毛布の話をすると、ジリアーヌはクレイゲートから返された物を取り出す。そして、畏れ多いような感じでマジマジと観察したり触ったりしている。敬虔な信者であるジリアーヌには垂涎のアイテムなのだろう。尻尾がピクピク震えている。
それでも、似たような物はそれなりに値は張るが、買う事は出来るらしい。だからさっき、クレイゲートはこれに関しては何も言わなかったんだな。
それと、俺の私物はジリアーヌが預かってくれる事になった。
魔法の毛布を堪能し終えると、ジリアーヌは周りの様子を伺いながら、小声で精霊に遭った事は誰にも言わない方が良いと告げる。
なにやら、厄介な事になるらしい。
というのも、精霊や女神の《神柱》はまだ発見されていないものが多く、教会はその探索に相当力を入れているという。
それだけならさほど問題はないが、教会内部の勢力争いが絡んでくるので、下手に関わりを持つと人生の破滅をもたらすという。
成程、貴族だけでなく宗教も教会が絡むと碌な事が無いようだ。
こういうところはヨーロッパ辺りの中世時代と余り変わりはないようだな。魔女裁判があるのかは判らないが、そういった類には気を付けた方が良さそうだ。
俺はジリアーヌに忠告の礼をしたが、逆にジリアーヌに面白い話の礼よと言われた。
俺の話はクレイゲートに報告されるだろうけど、この件でクレイゲートがどう動くのかは全く分からない。
まあ、護衛の弱体化問題もあるので、商隊が街へ到着するまでは何もしないだろうと思う。それまでは一応は安全だろう。
しかし、俺は迂闊に話をした事を後悔した。
《女神プディンの庭》の例もあり、もっと簡単に精霊の話を受け入れられるだろうと思ったが、そうでもないらしい。今後はもっと慎重になった方が良さそうだ。
俺の雰囲気から察したのか、この事はクレイゲートには言わないとジリアーヌが身振りで示す。どういう事だと俺が見つめ返すと、言ってもあなたは信じないでしょうと妖しげに微笑む。
思わずその魅力的な笑みにドキリとさせられた。美人の思わせぶりな態度は男心を揺さぶるな。
でもまあ、確かに言葉で何を言っても信用はしないだろうけどな。オッサンなんてものは基本的に他人を信用してないからな。
ジリアーヌが俺に身体を寄せてきて、ワインをグラスに注ぐ。
この時代、まだ無色のガラスが無いのか一般的ではないのか、半透明の緑色をしたガラスのグラスに注がれていく。
ワインは透明のグラスで飲むのが当たり前だと思っている俺には違和感があるが、さっき皆に振る舞っていたワインを入れた器は木製だったので、これはそれなりに高級品なのだろう。男女が睦み合う彫刻が施されている。
俺のグラスになみなみとワインを注ぐと、ジリアーヌはそれを自分のグラスに半分ほど移し入れた。
そして、グラスを持って俺のグラスにチンと軽く当てると、それを口に含んで飲み込んでいく。
それは何とも妖艶で色気に満ちた行為と仕草だ。
俺の他人を信用しないという態度に対する答えのようだが、イイ女だなと素直に思う。俺はジリアーヌに見惚れながら、ジリアーヌの意を察して自分のワインを飲み込んでいく。
俺はジリアーヌとの時間を楽しむ事にする。今あれこれ先の事を心配してもしょうがない。ジリアーヌの肩に手を乗せると、ジリアーヌはしなだれかかるように身を預けてくる。
女とこんなムードを楽しむのは随分と久しぶりだ。ドキドキとワクワクの入り混じった、魅惑的な陶酔感が心を浮き立たせる。
昨日までは女が欲しくて抱きたくて、体だけを求めていたというのに、今はこの情況が楽しくて、少しでも長くありたいと願っている。
自分の欲望の移り変わりが少し滑稽に思えて、俺は自分自身をクスリと笑った。
ムードを弁えない俺の笑いに、ジリアーヌは少し不安そうに訊ねる。
「どうしたの?何か可笑しかった…」
「いや、済まない。気にしないでくれ。それより、話せる範囲で構わないから、ジリアーヌの話を聞かせてくれないか?」
「わたしの?そんなに面白い話はないわよ…」
少し困ったように言うものの、瞳が嬉しそうに艶めく。こころなしか、キツネ耳もピンと張ったように見えた。
ジリアーヌはこの国の貴族が治める、地方都市の飛び地となる開拓農民の子供として生まれ育ったという。
基本的にこの世界は魔物の驚異から守るために街を壁で囲って守っているらしい。しかし、人口の増加に対して農地の拡大に壁の建設が追いつかず、農民は街の外に作られた飛び地となる農地を開拓しながら生活をしている。
そこは木の柵で作られた簡易的な壁しか無いために、魔物の侵入を簡単に許してしまうそうだ。
領主から護衛が派遣されるようだが、少数のために全ての土地をカバー出来ないらしい。必然的に自分たちも武器を持って戦う事を強いられる。
武器の扱いや戦い方を教えてくれた護衛は、『請負人』として仕事を請け負っていた。請負人とは、様々な仕事を斡旋している請負人組合という組織があり、そこの組合人になった者を指すらしい。
腕に自信のある者は魔物の狩りや人間の護衛等の仕事を紹介して貰い、請け負っている。このクレイゲートの馬車隊の護衛も、殆どが請負人を雇っているという。
その請負人から聞かされた魔物との戦いの話や遺跡を発掘する話に、ジリアーヌは子供心に感銘を受けた。
そんなある日、大量の魔物の襲来により開拓地は全滅状態となり、両親もその請負人も殺された。大人たちに匿われたジリアーヌたち少年少女は命からがら逃げ出した。
街に辿り着いたジリアーヌは魔物に復讐するために請負人となり、生計を立てるようになった。
幼い頃から剣の練習をしていたジリアーヌはメキメキと頭角を現し、ある程度は名の売れた剣士となった。
しかし、ある時魔物との戦いの最中に大怪我を負った。
怪我の治療のために借金をしたそうだが、完全には治らず、しかもその借金を返済できずに奴隷に落とされたという。その時の後遺症で今も足が不自由らしい。
奴隷となったジリアーヌはクレイゲートに買われて娼婦となり、現在に至るという訳だ。
何とも不幸を絵に書いたような悲惨な話だが、この世界では別段珍しい事ではないらしい。食料の大量生産が出来ない時代だと、得てしてこういうものだろう。
日本でも江戸時代には遊郭があり、親に売られた子供たちが体を売ったり下女として奴隷のように扱われていたりしたからな。
とはいっても、やるせない話だ。
しかも、ジリアーヌが大怪我を負う羽目になったのは仲間の裏切りによるものだという。
仲間の裏切りについては詳しくは語らなかったが、その話になった時にジリアーヌは暫く黙り込んで悔しさを滲ませた。
ワインをぐいっと煽ってから小さな声で呟き、皮肉交じりの達観した笑みを浮かべた。
「天罰だったのかもね…」
人に歴史ありだな。
それなりに長く生きれば、人は幸せも不幸せも数多く様々な経験をする。時にはそれが人生を狂わす大事になる場合もある。ジリアーヌにとってはその時が人生を狂わすターニングポイントになったのだろう。
俺にとっては、妻との離婚が大きなターニングポイントとなり、それ以降はそれまでの人生とは大きく変化して価値観すら塗り替わったからな。
場がしんみりしてしまった。
ジリアーヌは愚痴っぽい話になってごめんなさいと謝るが、俺はそんな事はないとジリアーヌのグラスにワインを注ぐ。
俺は平和な日本でなんとなく生きて、惰性でサラリーマンを続けていただけの凡人だ。奴隷にまで堕ちたジリアーヌの心情を思い測れない。
ジリアーヌはワインをコクリと煽ると、大きく息を吐きだした。
「年を取るとダメね…若い子にそんな事言っても迷惑なだけなのにね。もう、ホントにオバサンだわぁ。」
ジリアーヌは少しだけ俺から距離を取ると、恥ずかしそうに向こうを向いて呟く。思わず心の内を吐露したのが恥ずかしくなったのだろう。キツネ耳が項垂れて尻尾が拗ねたように揺れている。
俺としてはそのまま体を預けて甘えて欲しかったのだが、気丈にもそうしないジリアーヌが可愛く思えて好感を覚えた。娼婦はしているが心根のプライドは高いのだろう。
「せっかく身を寄せていてくれたのに、離れるなんて寂しいじゃないか。」
俺は少し茶化す感じでジリアーヌの肩に手をかけて強引に引き寄せた。
ジリアーヌは驚いて目を瞬かせる。
「俺はもっとジリアーヌの事が知りたくなったね。」
「あなた、本当に若者らしくないわね。包容力がありすぎだわ…」
笑いかける俺の眼をジリアーヌは暫く覗き込む。
驚きの中に呆れが混じった感じでそう言いながらも、フッと身体の力を抜いて再び俺に身を預ける。
俺の見た目と行動のギャップに戸惑うジリアーヌの様子が面白く、可愛いと思う。
いい夜だな。
☆ ☆ ☆
ジリアーヌとはその後も話を続けた。
ジリアーヌは、それでも請負人時代が人生で一番輝いていた時期だったと言う。
復讐心から始めた請負人だが、魔物のゴブリンや狼を狩る事で心は癒やされ、しかもそれが財を生み出して食うに困らない生活を送る事が出来るようになった。
例えそれが命がけの仕事であっても、自分の意志で自由に活動できて、ひもじい思いをせずに生きられるのは本当に夢のような生活だったと。
それはとても共感できる話だ。
『命がけの仕事であっても、自分の意志で自由に活動できる』
多分、これに勝る人生の歓びはないと思う。
俺はサラリーマンを40年近く続けたが、特に生きる目的の無い俺には虚しくて味気ない生活だった。仕事の楽しさなんかこれっぽっちも無くて、さりとて他にやりたい事も見つからず、只々上司のパワハラや取引先の不条理な要求に耐えながら惰性で生きてるだけだった。
妻との離婚を期に、忘れかけていた自然や科学に対する好奇心を思い出して、手始めに山歩きを始めた。それが殊の外面白くてのめり込み、自然を体験して学ぶ歓びを知った。
この世界に飛ばされて絶対的な孤独に悩まされはしたが、手付かずの自然の中を探検する面白さは感じていた。ましてや、《泉の精》や《花の精》といった神秘的な存在に出遇うといった驚異的な体験もできた。
もしこういった冒険を、気を許しあえる者と一緒に活動出来るなら、それほど素晴らしい事はないだろう。
〈冒険者〉か、詳しい事は解らないが、魔物を狩ったりはともかく、遺跡を探索するなんて実に面白そうだな。この世界で生きて行くのに、それを生業とするのも悪くないかも知れない。何より自由に活動できるというのが良い。
そんな考えを示すと、ジリアーヌは大いに賛同してくれる。
「あれだけの実力があるディケードなら、最高の〈冒険者〉になれるわ。
っていうか、忘れてしまったんだろうけど、クレイゲート様が言っていたように以前は〈冒険者〉をしていたんだと思うわ。」
「そうなのかなぁ…」
やはり、ジリアーヌは記憶喪失設定を信じているようだ。俺は曖昧な答えをするしかない。
「勿体無いわね、〈冒険者〉なんて請負人なら誰もが憧れる職業なのに。」
「そうなのか?」
「そうよ。誰もがそう簡単になれるものじゃないわ。わたしだって出来るものならなりたかったわ…」
ジリアーヌは中級クラスの請負人だったようだが、〈冒険者〉は上級クラスの実力がないとほぼ不可能らしい。
というのも、遺跡及びその周辺には高レベルの凶悪な魔物が巣食っている場合が多く、中級クラスの請負人パーティでは殆ど太刀打ち出来ないようだ。
確かに俺が目覚めた研究所みたいなところには巨大な熊がいたな。やはりあれはあの場所を住処にしているのだろうか。『アンフェルオゥス』と呼ばれる魔物らしいが。
上級クラスと中級クラスの違いは、《半神や英雄》と呼ばれる者たちの能力を扱えるか否かにあるようで、数ある特殊能力の内の一つでも扱えなければ上級クラスには上がれないらしい。
成程な。強い魔物は《センス》を使って《空間移動》したり、《フィールド》を使って攻撃を躱したりするからな。その対抗手段がないと厳しいだろうな。
俺が倒したホブゴブリンだが、中級クラスの請負人なら10人掛かりで何とか互角に戦えるらしい。あの《プレッシャー》に耐えるのは本当にきついからな。ましてや飛竜にはこの商隊の戦力でもまったく歯が立たなかったしな。納得できる話だ。
しかし、俺の他にもそういった能力のある者が居るんだと知って安心した。決して俺だけがイレギュラー的な存在ではないらしい。
もっとも、上級クラス以上になれるのはほんの一握りの人間だけで、そういった者たちは〈超越者〉とも呼ばれているらしい。
貴族がそれらしい能力を使えるらしいが、貴族は〈超越者〉なのかね。
ジリアーヌは貴族の能力を直接見た事が無いので知らないという。
しかし、魔物に比べて人間は随分と脆弱な存在なんだな。
魔物たちは殆どといっていいほど《センス》や《フィールド》といった能力を有していたが、人間の場合は極一部しか居ないなんてな。
まあ実際のところ、地球でも裸の人間がサバンナにでも放り込まれたら一溜りもないだろうけどな。鋭い爪や牙がある訳でもないし、強力な腕力や脚力がある訳でもないしな。人間は本当に弱いよな。
知恵を使い武器を利用して、ようやく戦えるといったところだろう。
☆ ☆ ☆
この世界での遥かな昔、人類は魔物の得物として絶滅の危機にあったらしいが、その時神が〈勇者〉を遣わして人類を導き、壁を築いて安全な国を作ったと云う。
人類は一旦原始時代レベルまで文明を後退させたが、女神の知恵を借りて少しずつ復興していった。
それ以来、人類は領土を拡張し続け、幾つかの国に分裂していったらしい。
それが大雑把なこの世界の歴史らしいが、クレイゲートが言っていた《半神や英雄》の世界というのは、それ以前の世界を指すようだ。
ある日、『大厄災』と呼ばれるカタストロフィが起こり、《半神や英雄》の世界は崩壊したらしいが、なぜ『大厄災』が起こったのかは誰も知らないらしい。
神々の戦いによるものと神話では語られているようだが、女神もそれについては黙して語らないという。
実際に女神が存在するこの世界では、神話は御伽話のようなものではなく、厳然たる過去の歴史なのだが、それは人類最大の謎とされているようだ。
☆ ☆ ☆
色々と面白い話を聞く事が出来た。
《半神や英雄》の世界についてもっと詳しく聞きたかったが、ジリアーヌも余り詳しくはないという。教会ならもっと詳しい話が聞けるとの事だ。
分っている事は、《半神や英雄》と呼ばれる者たちは当たり前のように飛び抜けた超能力を使いこなし、神の御業に匹敵する魔法を使用して超絶的な文明を築き上げたらしいという事だ。
話を聞いて理解できた事は、遥かな昔に魔法や超能力を使って発展した世界があったが、なぜかそれが崩壊して、人類は原始生活からやり直したという事だ。
その際に動物は魔物化し、人間は街を壁で覆って安全な世界を作った。
そして現在に至るという訳だ。
成程な。
この世界の成り立ちというか生い立ちが少し見えてきたな。
今現在の人間たちが地球の中世時代程度の文明しか持たないのに、魔法と科学が融合したと思われるような文明の利器や遺跡が存在するのはそういった訳なのか。
多分だが、《半神や英雄》というのは、俺の身体の本来の持ち主であるディケードたち異星人を指すのだろう。
正確に言うなら本来のディケードたちのアバターだ。
俺は自分の中にあるディケードの記憶を照らし合わせて、そう推察する。
ディケードの記憶を探っていくと、ボンヤリとだがアバターとなるこの身体を使って、この世界で冒険をしたりゲームをしたりしていたのを覚えている。
ディケードたち異星人は本来超能力や魔法は使えないが、このアバターを使う事で超人的な肉体となって超能力や魔法を駆使出来るようになり、まるで映画や漫画に出てくるようなスーパーヒーローやスーパーヒロインになる事が出来た。
しかも、本星の自宅から遥か遠く何千光年も離れたこの惑星世界を、恒星間ハイパーリンクシステムを使ってアバターを操り、自由に移動して冒険したり遊ぶ事が出来た。
いわゆるMMORPG(大規模同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)みたいなものだが、一番の大きな違いは仮想世界ではなく、本物の他の惑星を体験する事だ。
科学技術文明が超絶的に発展したディケードたちの世界では、原始の自然は存在しておらず、新たに発見した生命溢れるこの惑星の自然は真に憧れの世界だった。
しかも、この世界の動物たちには超能力となる《センス》や《フィールド》といった能力が自然に備わっていた。
かくして、異星人はこの世界の先住民となる原人を遺伝子改造してアバターを作り出したのだ。
アバターを操る事によって本物の超能力者になれる。これは異星人の世界に大ブームを巻き起こした。
何億もの異星人が恒星間ハイパーリンクシステムを使ってアバターを操り、この世界で遊び冒険をした。
やがてそれは巨大レジャー施設と化していき、大陸の一つが丸々RPGの舞台へと作り変えられていった。
それが、現在の人々には《半神や英雄》の世界と呼ばれるものだろうと思える。
しかしだ。
であるならば、その世界はなぜ崩壊したのだろうか?
システムの故障や天変地異など、いろいろと想像はできるが、いくら探ってもディケードの記憶には見当たらない。
もっとも、ディケードの記憶といっても半分霞に掛かったような状態で、明確なものではなくボンヤリしている。それに全てを思い出したとはとても思えない。
思い出すには、何かキーとなるものが必要だと思える。
まだまだ解らない事だらけだが、なんとなく自分の身体の正体が解ってきた。
自分が他の者に比べて飛び抜けた能力をもっているのは、《半神や英雄》の世界に生きていた人間というかアバターだからだ。しかも、アバター研究技術者の父親によって、半分趣味的な要素の詰まったプロトタイプのアバターを試験運用していた。
現在生きているジリアーヌたち人間は、《半神や英雄》の世界の子孫なのだろうが、世界が崩壊した事で異星人たちとは関係が断たれてしまい、宿り主を失った肉体が原始人化して種族を存続させている状態なのではないだろうか。
なので、文明と共に知識や経験は失われ、能力も退化していったと思われる。
遥か昔に起こった、世界の崩壊が一つのターニングポイントになっているようだが、その遥か昔とは、ジリアーヌの話から察するに数百年単位ではなく、数千年単位に及ぶ過去の出来事のようだ。
ならばなぜ、俺は今この時代に居るのだろうか?
しかも、ディケード本人ではなく、地球人の高梨栄一がディケードの身体に意識と記憶があるのはなぜなのだろうか?
あの目覚めたカプセルみたいな物に秘密があるのだろうか?
とにかく、解らない事はまだまだ多い。
ふう…
オッサンは疲れたので考えるのを止めた。
またいずれ、何かしらの謎を解くキーが見つかる事もあるだろう。その時に考えよう。
面倒な事は先延ばしが一番だ。
「!」
考え事をしている俺に、突然ジリアーヌが何の前触れもなしに目潰しを仕掛けてきた。
俺は瞬時に常時展開している《フィールド》を強化してジリアーヌの攻撃を逸らす。
攻撃を逸らされて、触れもしないのに手を弾かれたジリアーヌは驚いている。
「凄いわ。本当に攻撃が届かないのね…」
「おいおい、冗談でもそういう試すような真似はよしてくれよ。びっくりするだろう。」
「やっぱり判っちゃうのね。でも、全然びっくりなんてしてないじゃない。」
「攻撃にまったく殺気がこもってないからな。びっくりはしてるよ。ただ面に表れないだけさ。」
「はあ〜…これが上級クラスレベルの実力なのね。元中級クラスとは天と地の差があるわ…」
ジリアーヌは請負人をしていただけあって、中々アグレッシブな性格をしているようだ。話をしてるうちに試したくなったのだろう。もしかしたら本当に暗殺の経験があるのかも知れない。
日本にいた時の俺なら相手にもならなかっただろうな。
ひとえにこのディケードの身体能力の高さと共に、魔物の森だったか、そこで命がけの戦いをしながら鍛えられたからだろうな。
殺気を感じるなんて物語の中の事だと思っていたけど、実際に感じるんだよな。相手が行動を起こそうとする時に、首から背中にかけてザワッとした感覚が走るからな。
もっとも、さっきのジリアーヌの行動は《フィールド》に乱れが起こったから気付けた。そういう意味では、殺気を感じる感覚よりも《フィールド》に及ぼす影響の方が察知能力は優れているといえるな。
もし俺がジリアーヌの言うように上級クラスに匹敵する実力があるなら、〈超越者〉と呼ばれる存在なんだろう。
でも、悪戯でも試されるようなマネに少しイラッとした。これはお仕置きが必要だな。
俺は弱めの《プレッシャー》を放ってジリアーヌの体の動きに制限をかける。そして両腕を身体の後ろで縛るように固定する。
「うっ…!」
「攻撃を仕掛けておいて、反撃されないとは思ってないよね。」
「も、勿論よ…当然覚悟はしてるわ…ただ、わたしも女だから…出来るなら…そういう扱いをして欲しいかなぁ〜なんて思ってるんですけど…」
俺がニヤリと笑いかけると、ジリアーヌは冷や汗を流しながら後ずさろうとする。が、動けない。
それでも、何とか女性の武器である肢体を使って科を作ろうと頑張っているのが面白いし、可愛らしいと思う。
キツネ耳と尻尾が思い切りしぼんでヘタれているのが、余計にユーモラスに見える。
「当然そうさせてもらおう。俺は紳士だからな。」
「あ…」
俺はお姫様抱っこでジリアーヌを持ち上げる。
そろそろ会話を楽しむよりも大人の時間を楽しんだ方が良さそうだな。
「それに、その身体には是非訊きたい事があるしな。」
「お、お手柔らかにお願い…ね…」
ジリアーヌは耳まで真っ赤にしてしがみつく。
あれ、この反応は何なんだ?
さっきのカルシーの話しぶりだと、ジリアーヌは娼婦として売れっこだったらしいが。
それとも、これがジリアーヌの誘い受けというか、手管なのか?
もしかして俺はジリアーヌの手の平の上で転がされてるのか?そんな疑念が芽生える。
まあいい。それもベッドの上でじっくりと調べてみるとしよう。
沈静化していた性欲がムラムラと滾ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます