第25話 娼婦
バーバダーに弾劾されて俺は愕然とした。
バーバダーの訴えはこうだ。
俺は飛竜を倒した後、俺に抱きついてきた女を押し倒して犯そうとした。
女は一瞬の隙きを突いて逃げたが、俺は真っ裸になって凶悪なイチモツを曝しながら追いかけ回した。
馬車隊の護衛たちは武器を持って俺を取り囲んだが、腕輪を見て貴族だと知り退いた。
女を捕まえかけた時にジリアーヌが立ちはだかり、上半身裸になり胸を曝け出して俺の気を引いた。そこからジリアーヌは自分の馬車まで誘導して、自分の身を賭して俺に犯され続けた。
それだけならまだしも、いつまでも終わらないのでバーバダーが様子を見に行くと、俺は泡を吹いて気絶するジリアーヌを更に攻め立てていた。
ジリアーヌの身が危険なので、ライーンとシーミルを投入して交互に相手をさせ、それから数時間してようやく終わりを告げ、俺は眠りについたという。
余りにも余りな話のため、俺は呆然として暫く正気に戻れなかった。
俺が茫然自失となっている間も、バーバダーは俺を責め続ける。
「まったく、あんなに汚くて臭い体でうちの娘たちを汚しまくって!どうしてくれるんだい!!この精力お化けが!!!」
さっきのクレイゲートの質問やジリアーヌの態度はそういう事だったのか!
しかし、俺は全く覚えていない。全く覚えていないが、あれだけ猛り狂っていた性欲が無くなってスッキリしているのは、そういう事だったんだ…
俺は自分のした事にショックを覚えながら女性たちを見回す。
バーバダーは怒り狂って俺をなじっている。
ジリアーヌは困ったような表情を見せている。
ライーンは顔を赤くしてそっぽを向いている。
カルシーはニヤニヤしながら他人事を楽しんでいる。
シーミルはアッケラカンとしている。
「えへへー、ディケード様しゅごかったヨー♪あたし初めてあの感覚を知っちゃったヨー♪」
そんな事を陽気に言われても、何の救いにもならんわ!
俺は…俺は…
俺はついに強姦魔になってしまった!恐れていた事が現実になってしまった。
ライーンは20歳くらいだと思うが、シーミルはどう見ても15歳前後にしか見えない。俺はロリコンじゃないのに、こんな幼い子まで襲ってしまうなんて…
「申し訳ありませんでした!!!」
俺は躊躇いなく土下座する。
なんとなく無難に生きてきた俺にとって、自分のした事で心の底から申し訳ないと思った事はそうないが、しかし、これは最悪なものだ。
以前の俺なら、例え若い時であってもそこまで性欲で自分を見失う事は無かった。それほど、少女を犯したというのは、俺にとって衝撃的な出来事だ。
「な、何も、そこまでしなくてもいいさね!ライーンもシーミルもわたしが行かせたんだからね!」
「そ、そうよ!べ、別に犯されたんじゃんくて、わ、わたしが誘ったんだから!」
「はあーー…」
「へぇ~。」
「ホヨヨヨ〜〜〜?」
彼女たちは俺が土下座した事に、逆に驚いていた。
彼女たちにとっては、それ程の事では無かったのかもしれない。
「せ、せめてこれを慰謝料として受け取ってください!」
しかし、それでは俺の気が済まなかった。
俺は持ち金全部と、後で金を受け取るための証文を差し出した。合わせて金貨100枚分以上だ。
正直、俺にはその価値は解らなかったが、多分それなりの金額だろうとは思った。
「ば、馬鹿な事言うんじゃないよ!そんなもの受け取ったらボスに殺されるよ!」
「そ、そうよ!私たちは奴隷だし娼婦なんだから、そんなのあり得ないわ。」
「普通に一晩分の料金を払ってくれればいいと思います。」
「うわー、金貨が沢山!」
「エヘヘー、あたしはタダでもいいかナ〜♪だってシュゴかったんだモン♪」
バーバダーとジリアーヌは心底焦っている。それ程までに奴隷には裁量権が無いのだろう。ライーンは淡々としているし、カルシーは高みの見物だ。シーミルは何と言っていいのかよく分からん。
とりあえず、バーバダーは怒っているようだが、被害者である三人に悲壮感がないのが救いだ。
ジリアーヌは泡を吹いて気絶していたらしいが、それでいいのだろうか…
俺はせめてもの気持ちだと、全員に金貨1枚づつを強引に握らせた。皆の態度から察するに、金貨1枚でも十分に一晩以上の稼ぎになると思ったからだ。
バーバダーは困ったような顔をしながらも、少し嬉しそうに受け取ってくれた。三人の少女は飛び上がるような勢いで喜んだ。
「ま、まあ、そういう事ならありがたく受け取っておくよ…」
「す、凄いです、金貨です!」
「見た事はあるけど、触るのは初めてだよ!」
「あたしも!あたしも〜!しゅっごくキラキラしてるヨ〜♪」
はしゃぐ三人の少女の様子を見て、俺は少しだけ罪悪感が薄れるのを感じた。
と同時に、金貨ってそんなに価値があるのかと疑問に思った。
「わたしは要らないわ。」
ジリアーヌだけは受け取りを拒む。
俺の気持ちとして受け取って欲しいとお願いしても、頑なに拒否される。
自分はクレイゲートに俺の世話をするように言われたので、娼婦としてではなく奴隷としての仕事だと言い張る。
でも、ジリアーヌを襲ったのはそう言われる前だろうと指摘しても、受け入れない。
「あなたとお金を通して繋がりたくない…」
なにやら、決意したかのようにそう言われたので、俺は諦める事にした。
この時はよく分からず、頑固な女だなと思った。
それと、ジリアーヌはカルシーから金貨を奪うと、それも俺に返してきた。
「ええーーーっっ!なんでよっ!!!」
「あなた、あの時は他の客を取っていてディケードの相手をしてないでしょう。」
「そうだけど、ディケード様はわたしにくれたんだよ!」
「だめよ。ディケードは迷惑をかけた人にって寄越したものなんだもの。あなたに受け取る権利はないわ。」
「酷いっ、ジリアーヌ姉さま酷いよっ!」
カルシーは今にも掴み掛かりそうな程ジリアーヌに詰め寄る。
が、ジリアーヌは冷静にダメなものはダメと突っぱねる。
やれやれ、不味い事になったと内心焦る。
確かにジリアーヌの言い分に理はあるが、この中で一人だけ貰えないというのも可愛そうだと思う。
かといって、何もしていないカルシーが他の者と同じ金額を貰うのも不公平だ。
こりゃ困ったな…
「ね、ね、ディケード様はわたしにくれたんだよね!」
案の定、ジリアーヌに通じないと知って、カルシーは俺に直接肯定を求めてくる。目に涙をいっぱい溜めた心の底からの訴えに、俺は窮地に立たされる。
やべーっ!
こういうのが煩わしくて、サラリーマン時代は極力女には、特に若い娘には関わらないようにしてたのに。
暫く続いた孤独生活ですっかり失念していた。
さて、どうするか…
ジリアーヌをチラリと見るが、じっと俺を見つめているだけだ。
こうなると女は自分の味方だと判るまでは助け舟を出してくれないからな。やれやれ、こういう所も地球というか日本の女とメンタルは変わらないらしい。
「あ〜…その、なんだ…確かに君は今回関わってないので、金貨を渡す訳にはいかないかな…」
「そ、そんなぁ〜…」
俺の苦渋に満ちた言葉に対して、カルシーは絶望のどん底に突き落とされた顔をする。
一方、無表情だったジリアーヌの顔がフッと緩む。
だがしかし、カルシーはまだ17才くらいだと思うが、少女にこんな表情をさせるなんて、オッサンは非常に辛い。ネコ耳もうなだれている。
サラリーマン時代の経験則から、二十代の生意気になった若い娘はなるべく関わらないに限るが、十代半ばの少女はまだまだ子供だし保護しなければならない年代だと思っている。それが俺のせいでこんなにも悲しんでいるなんて…
嗚呼、心が抉られるぜ!
「そ、それじゃあさ、今晩はわたしがタップリと相手をするからさ、それでいいよね。特別サービスで何でもしちゃうからさ!」
カルシーが俺に身体を預けてしなだれかかってくる。どうしても金貨を諦められないのだろう。
オッサンは哀しい。
まだあどけない顔をした少女がこんな媚を売る真似をするなんて…
「カルシー、ディケードはわたしが専属でお世話をするのよ。あなたは出しゃばらないで。」
ジリアーヌが静かに告げるが、その言葉には呆れが込められていた。
その物言いに、カルシーはカチンときたようだ。
「なによっ、最近客が取れなくなったからジリアーヌ姉さまがお世話をするように言われただけでしょう。前は売れっ子だったかも知れないけど、歳には勝てないわよね。」
カルシーが勝ち誇った顔を見せる。
カルシーの煽りにジリアーヌの表情が一瞬だけ般若に化けた。
「この小娘が…」
ジリアーヌが立ち上がろうとした時、バーバダーがカルシーの頬を張った。
「いい加減におしっ!」
「きゃあぁっ!!」
バーバダー渾身の一撃はカルシーの体を2m程ふっ飛ばした。
おいおい、女の子の顔を本気で張るなんて、おっかねぇなぁ。
「いつも言ってるだろう!働かざる者食うべからずだって。この件でお前は働いてないんだから金にはならないんだよ!」
バーバダーは更に追い打ちをかけるようにカルシーに馬乗りになる。更に殴ろうとするので、俺はバーバダーの身体を取り押さえて止めさせる。
「止めろバーバダー!それ以上は必要ないだろう。」
「うるさい!これがうちのやり方なんだ。余計な口出しをするんじゃないよ!」
俺の腕の中でバーバダーが暴れる。歳の割には凄い力だが、大した事はない。
「バーバダー止めなさい。ディケードに失礼でしょう。」
ジリアーヌが割って入ってバーバダーを諌める。
ジリアーヌの言葉にバーバダーはハッとなって暴れるのを止めた。
「いや、済まんかったな、ついカッとなってしもうたわ…」
「ああ、落ち着いたならいい。」
こっちは納まりが着いたが、カルシーはそうはいかない。
メソメソ泣き始めたと思ったら、大泣きを始めてしまった。
「うわ〜〜ん、金貨ーーっ!わたしの金貨ーーーっ!うわ〜〜〜ん…」
カルシーは駄々っ子のように地面に寝そべってジタバタ暴れだした。ネコ尻尾も地面をビタンビタン叩いている。
情操教育をろくに受けていないのだろう。感情の赴くままに行動している。
こうなると、俺にはもうお手上げだな。子供の居なかった俺には対処法なんぞ分かりはしない。
バーバダーはやれやれという感じで放置している。ジリアーヌはため息をついている。
ライーンは向こうを向いて見ないようにしているし、シーミルはキョトンとしながら見ている。
それぞれの反応を他所に、カルシーは延々と泣き続ける。
そこへ二人の若い男がやって来た。
「チャーっす。シーミル〜♪」
「ドモー、カルシーちゃんは空いてるかい?」
「カルシーは取り込み中だよ。」
バーバダーの不機嫌な声に反応して、陽気だった若い男たちが覗き込んでくる。転がって泣きわめくカルシーを見てドン引きする。
「うわー、どうなってんのこれ?」
「俺のカルシーちゃん、絶賛発狂中だよ…」
「今日のカルシーは店仕舞いだよ、諦めな。」
「だよなぁ…これじゃあどうしようもねーなぁ…」
バーバダーが吐き捨てるように言うと、若い男は呆れながらも困った顔をする。
ライーンが立ち上がってスッと若い男へ近づいていく。
「カッスー、わたしで良ければ代わりになるよ。」
「おっ嬉しいねぇ、ライーンちゃん俺の名前知ってるんだ♪じゃあ、お願いしちゃおうかな♪♪」
「わたし、ケモ耳無いけど大丈夫?」
「OK、OK♪たまにはそれもいいよねぇ♪」
ライーンはカッスーに身を寄せると、そのまま二人で馬車へ入っていく。
一方、シーミルはもう一人の若い男と腕を組んで笑いながら、その隣の馬車へと入っていく。
ライーンとシーミルには、これ幸いという雰囲気が出ていた。
逃げたな。
最初、こいつらは何をしに来たのかと思ったが、二人の少女は娼婦で、若い男たちは発散と癒やしを求めてやって来たのだと気付いた。
愕然とした。
俺も大人のお風呂屋さんを何度か利用したので理解は出来るが、極普通に駄菓子でも買うように女の子を誘う光景は衝撃的だった。
男たちはどちらも25歳くらいだったが、20歳くらいのライーンはともかく、15歳くらいの幼いシーミルを躊躇いもなく誘うのには、抵抗感を覚えてしまう。
ライーンを誘った男も、最初は17歳くらいのカルシーを誘いに来たのだ。しかも常連のようだ。
現代日本では余り考えられない光景だ。
確かに隠れて援交やパパ活という名の売春をする女子高生や女子中学生は居るが、普通に商売をする風俗なら摘発される事案だ。
しかも、シーミルやカルシーは俺の孫でもおかしくない年齢だ。只々ショックだ。
しかし、そういう俺もシーミルを抱いているのだ。覚えてないとはいえ、許される事ではない。
思わず自殺したくなってしまった。
一方、カルシーは未だ泣き続けている。
どうしたものかと途方に暮れるが、バーバダーがこっちはわたしが面倒を見るからお前さんらも行きなと追い払った。
申し訳ないとは思ったが、やれる事もなく、食事もここで取るのは気が引けたので、ジリアーヌの馬車へ行く事にした。
☆ ☆ ☆
後から知ったのだが、金貨1枚の価値は途方もないものだった。
ジリアーヌたちのように奴隷でありながら娼婦をしている者は、売上の10分の1が実入りとなるが、そこから更に半額が衣食住の賄い費として徴収されるので、実質20分の1が実際の手取りとなるらしい。
奴隷じゃない娼婦の場合は売上の半額が手取りとなるようだ。
半刻(この世界では1日を12等分して時間を図るようだ。半刻はだいたい地球の1時間に相当する。)で、一人銀貨2枚というのが娼婦を買う相場らしい。
なので、実際の手取りは銅貨10枚となる。
1金貨=100銀貨=10大銀貨=1,000,000円
1銀貨=100銅貨=10大銅貨=10,000円
1銅貨=100鉄貨=10大鉄貨=100円
日本円の換算値は大雑把なものだが、相場的にはそんなもんだろうと思う。
これを当てはめると、1日に五人を相手にしたとして、銅貨50枚だ。
日本円に換算して5千円だと思えばいい。
つまり、彼女たちにとって金貨1枚は200日分の手取りに相当する。
これはあくまでフル稼働に近い数字なので、安息日や生理休暇を除くと、実質は年収と同じくらいだろう。
☆ ☆ ☆
なんというか…
カルシーが金貨を手にしたと思った途端、やっぱりダメですでは、納得がいかないのも頷ける。
特に彼女たち三人は親に売られたり捨てられたりして奴隷になったらしいが、それでも、その手取りから親や育った施設に仕送りをしているという事だ。
厳しすぎるようにも思うが、娼婦になれただけ収入面では他の奴隷よりもずっと優遇されているらしい。その分リスクも大きいようだが。
なんともはや、この世界の人間社会は厳しいな。つくづくカルシーには申し訳ない事をしたと思う。
俺はジリアーヌにも謝罪する。
「済まなかった。配慮に欠けていたよ。」
「全部がディケードのせいじゃないわ。カルシーの諦めの悪さが問題なんだしね。」
一応ジリアーヌは庇ってくれたけど、後味の悪さは拭えない。
ジリアーヌがクスリと笑う。
「あなたにもうっかりミスがあるんだと知ってホッとしたわ。」
「別に俺は完璧超人という訳じゃない。ミスなんてしょっちゅうだよ。」
「とてもそうは思えないけどね。あなた見た目は若いけど、言動に熟年並の老練さが感じられるのよ。
今だってそう。普通十代の若者が「済まなかった。配慮に欠けていたよ。」なんて言う?
大抵は謝ってもゴメンの一言だし、不貞腐れて知らんぷりするのが殆どよ。本当に不思議な人…」
思わずギクリとしてしまった。
俺は確かに見た目は若いんだろうけど、中身は63歳のオッサンだしな。意識や記憶は連続してるからそのまま行動するし、いまさら若者の振りなんて出来ないしな。
傍から見ると不気味なんだろうな…
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