第24話 女神プディン
俺はジリアーヌと共にクレイゲートのテントを後にした。
俺が歩き出すと、ジリアーヌが俺の腕に自分の腕を絡めて身を寄せてくる。良い香りがして、腕にタップリと量感のある胸の柔らかさが伝わる。
「ディケード様でいいかしら。これから3日間よろしくお願いしますね。」
「あ、ああ、よろしく頼むよ。それとディケードでいいよ。貴族でもないし単なる若造だからね。」
「嘘ばっかり。若いのは認めるけど、単なる若造がクレイゲート様をやり込められる訳ないわ。本当にあなたは何者なのかしらね…」
俺は肩をすくめてみせる。
「あなた、見た目と違って言動が全然若者らしくないわ。しかも、それが自然体なのが理解しがたいわね。」
「まあ、いろいろあったのさ。」
さすがに娼婦といったところかね。多くの男たちの表と裏の顔を見てきただけあって、本質を見抜く眼が養われているんだろうな。
日本に居た時も、何度か大人のお風呂屋さんにお世話になったが、こういった嬢は何人かいたな。彼女たちは頭ではなく、肌で感じるんだろうな。
「そう、わたしでは全然相手にならないって訳ね…」
「そんな事はないよ。俺はジリアーヌが一番の曲者だと思ってるけどね。あの場で唯一俺の《プレッシャー》に耐えただろう。」
ジリアーヌは少し驚いた顔をした後、赤くなって顔を背けた。
あれ、何でこんな反応をする?
「ディケード、あなたなら既にわたしの本当の役目を知ってるんでしょう…」
「さて、そういう事にしておいた方が良いのかな?」
「本当に食えない人ね…」
ジリアーヌは困ったような、怒ったような顔をしてからため息をついた。
「でも、最初の頃に比べると、随分と話し方が流暢になってきたわね。」
「ん、ああ。ずっと独りで話をする事が無かったからな。少しづつ慣れてきたよ。」
「そう、そんなに長い間さ迷っていたのね…」
ジリアーヌは神妙な顔をするが、そういう事にしておこう。
実際、話せば話すほど言葉が使えるようになっていく。この言語の文法は日本語っぽいところがあってかなり応用力に富んでいる。単語が前後しても意味が通じるので、単語さえ思い出せれば何とかなるところがある。
まあ、微妙なニュアンスや歴史的文化的な意味を含んだ言葉は難しいけどな。
少し歩くと、談笑をする人々の声が大きく響いてくる。
夜も更けて、さらに飲む者やゲームらしき物に興じる者たちがいる一方で、かなり酔っ払って管を巻いたり千鳥足で歩く者もいる。思い思いに寛ぎの一時を楽しんでいるようだが、大きな戦いの後で気が緩んでいるようにも見える。
一応護衛は何人かいるようだが、この場所は安全なのだろうか?
それと、一緒に歩いて気付いたが、ジリアーヌは左足があまり動かないようだ。スカートに隠れているので判りづらいが、動きが少しぎこちない。
ジリアーヌが不安げに俺を見る。
「あの、教育係はともかく、身の回りの世話は本当にわたしでいいのかしら?ディケードの年齢だとわたしは年上すぎないかしらね…もっと若い子もいるけれど。」
「いや、ジリアーヌがいいね。俺の好みにピッタリだ。こんな凄い美人に世話をして貰えるなんて最高じゃないか。」
「なっ!あ、あなた、それ本気で言ってるの…?」
ジリアーヌが驚いた表情を見せる。
「もちろん本気だけど。君のような魅力的な女性はそうは居ないだろうよ。」
「な、な、なによっ、それ!口が上手いんだから!本当に若者らしくないわね……でも、ありがとう…」
なんか必要以上に焦って困っている。最後の呟くようなお礼の言葉は赤くなって随分と可愛いじゃないか。まるでツンデレの見本みたいな態度だが、俺ってそこまで凄い事を言ったかな?
お風呂嬢との軽いやり取りのノリで会話しただけなんだけど、もしかして、この世界ではそんなやり取りはしないのかね。
ジリアーヌは絡めた腕に力を込めて俺を見上げる。
ジリアーヌの匂いと柔らかさが更に刺激的になって男心をくすぐる。
堪らんな!白人のこんな美人に濃厚なスキンシップをされるなんて、これだけでも果てそうだな。これがハニートラップなら、簡単に堕ちてしまいそうだ。
日本に居た時の俺は身長が165cmしかなくて、腹の出たオッサンだったからな。本来なら相手どころか歯牙にも掛けてもらえない存在だよな。
それが今はこうして顔を赤らめて見上げられている。途轍もなく凄い事ですよこれは!
オッサンに起こった奇跡だね。
あれ…
そういえば、あの煮えたぎって爆発しそうな性欲はどうしたんだ?
こんな美人と一緒にいて、少ししか反応しないなんてオカシイじゃないか。なんというか、今は賢者タイムのように穏やかなんだが…
あれれ〜〜〜…???
「どうしたの?」
ジリアーヌが何やってるの?という感じで不思議そうに尋ねる。
まあ、自分の股間を見ながらあれれ〜と唸っていたら、確かに不思議だわな。
「ええっと…もしかして、したくなっちゃった?」
「えっ、あ、いや…まあ、そう言われると、したい事はしたいけど…」
こんな美人にそう訊かれたら、当然こう答える訳だが、あの気が狂いそうにまでなった性欲は本当に何処に行ってしまったんだろうか?
「やっぱり若いと凄いわね…それじゃあ、わたしの馬車に行きましょうか。」
「あ、ああ…」
本当にしていいのか!
ジリアーヌと共に歩きかけた時、お腹がぐ〜と鳴り、猛烈な空腹感に襲われた。同時に尿意もこみ上げてきた。
生理現象を意識したせいか、緊張で抑えられていた様々な生理現象が目を覚ましだした。
「あら、先に食事にした方がいいかしら?」
「そうだな…でも、その前にトイレに行きたいな。」
ジリアーヌが少し探るような感じで俺を見る。
「へえ、トイレね…残念だけど、『ここ』の馬車にトイレは無いわよ。」
「あ、そうなのか?じゃあ、外でするのか?」
ジリアーヌが頷いて、茂みになっている場所を指さす。
やれやれ、これじゃあ森をさ迷っていた時と同じだな。茂みの中に入っていくと、何人かの男が用を足していた。
避けるようにして奥へ進むと、女が用を足しているのが見えた。
げっ!
男女で別れている訳じゃないんだな。
女はシッシと手を振りながらあっちへ行けと合図する。俺は両手を合わせて謝ってから、別の場所を探した。
なんとか人の居ない場所を確保して用を足す。
しかし、女の野ションなんて見るのは何十年ぶりだろうか。
俺がまだ幼い頃は、田舎という事もあって、婆さん連中なんかはそこら辺の茂みでしていたけど、正直近寄りたくもなかった。
まあ、当たり前なんだろうけど、この世界の女性もオシッコの仕方は地球と変わらないようだ。
それはそうと、馬車にトイレが無いのは常識よ、という顔をジリアーヌはしていたな。
俺としては、野営地に仮設トイレでもあるんじゃないかと思ったのだが、そういうのはまだ贅沢な扱いになるのだろうか?
いらぬ疑いを抱かせてしまったかもしれないな。
それにしても、到着した街では宿にトイレがちゃんとあるのか心配になってきたな。昔のヨーロッパの一般家庭なんかは、オマルにした糞尿を窓から捨てていたっていうし、そんな世界だったら心底嫌だなぁ…
用を足し終えてスッキリしながら茂みから出てくると、遠くにキラキラ光る物があるのに気付いた。
最初は馬車隊のカンテラが揺れているのかと思ったが、光は馬車隊の向こう側にあって明滅している。眼のズーム機能を使って拡大してみると、宙に浮いたクリスタルが回転しているのが見えた。
それは、《泉の精》や《花の精》が現れる時に出現したクリスタルと同じものだ。
いや、正確にはそれよりもかなり大きい。
《泉の精》や《花の精》は直ぐに姿を表したが、ここのクリスタルはただ回転し続けるだけだ。俺がしばらくクリスタルを見続けていると、ジリアーヌがやって来た。戻らない俺を心配したようだ。
「ディケード、何かあったの?」
「あ、いや…なあジリアーヌ、あれは何なんだ?」
「あれって?馬の世話をしているガルーの事?」
俺の指差す方を見るが、ジリアーヌは馬車の脇で馬に水を飲ませている男の事だと思ったらしい。
「いや、もっと遠く、馬車の向こう側でキラキラ光りながら、宙に浮いて回転しているクリスタルというか、大きな宝石なような物だよ。」
「ああ、あれは『女神プディン』様の《神柱》よ。ここは《女神プディン様の庭》ですもの。」
《神柱》?《女神プディン様の庭》?
「えっ、知らないの?…ってそうよね、記憶が無いのよね。」
おや、ジリアーヌは俺が記憶を失ったと信じているのか。
「ここは《女神プディン》様が管理する聖域よ。魔物の侵入を防ぎ、人々に癒やしと安らぎを与える場になっているわ。
かつて、神様が大地を見て回っている際に、お休みになられた場所に《神柱》を置き、女神様に管理するよう申し付けたとの事よ。
それ以来、女神様が聖域をお守りしていて、訪れた僕である人間に慈悲をお与えになっているわ。」
「成程、そうなのか…」
何かの受け売りなのかガイドのような説明だったけど、それって神話だよな。
やはり《泉の精》や《花の精》の場合と同じで、ここは一種の安全地帯になっているらしい。ただ、この《女神プディン様の庭》と呼ばれる領域は、《泉の精》や《花の精》のものとは違って格段に大きい。
昨日の戦いで負った傷が治っているのも、そのお陰のようだ。
この手の場所は特殊なものかと思ったが、この世界では普通に受け入れられているんだな。
ジリアーヌは説明した後、《神柱》に向かって膝を付き祈りを捧げる。
「慈悲深き《女神プディン》様。御身が健やかで在らせられますように御祈り申し上げます。」
これには少し驚いた。ジリアーヌは随分と信心深いんだな。
というか、これが普通なのかな?
ただ、その祈りのために合わせた手が、人差し指を伸ばした状態で両手を結んでいるので、思わず吹き出しそうになってしまった。それって、小学生くらいの男の子がイタズラで「浣腸ーっ!」てやる時のポーズそのままだったから。しかも、最後に突き出すところまで同じだ。
って、いかんな。宗教を笑いのネタにするのは良くないな。
そんな事を思いながら《神柱》を見ていると、酔っぱらいの中年男が千鳥足で近付いて行く。
興味を抱いた俺は、聴覚を研ぎ澄まして様子を伺う。
《神柱》を中心に半径10m程の大理石で出来た台座(?)と祭壇があるのだが、男がそこに近づくと、《神柱》が一瞬輝きを増して女神の姿となった。
《泉の精》や《花の精》の時のように妖精がいたりはしないが、女神の周りを常に光の粒子が取り巻いていて、その姿は《泉の精》や《花の精》よりも圧倒的に存在感があり威厳に満ちている。そして美しい。
また、《泉の精》や《花の精》は人間の女性とほぼ同じ大きさだったが、女神は倍近い3m程の大きさをしている。そのため、手前の酔っぱらいオヤヂが随分と小さく見える。
女神が現れて輝きを放ったために、歓談をしていた連中も女神が現れた事に気付いた。殆どの者が祈りだしたり何事かと驚いたりしたが、二人の男が慌てて駆け出した。
女神が酔っぱらいオヤヂに向けて話しかける。
「我は、《女神プディン》。《創造神グリューサー》の僕にして百移の門番なり。
そなたには先程癒しを与えた。して、何用か?」
「へっへっへ…《女神プディン》様ぁ〜ヒック、お慕いしておりますぜぃ。どうですかい、ヒック、あっしの盃を受けておくんなせい。」
酔っぱらいオヤヂは自分の飲みかけの器を台座に置こうとしたが、手元が狂って中身のワインを溢してしまう。
「おっといけねぇ、ヒック、へっへ…すいやせん溢してしまいました。ヒック。」
「そなた、酔っておるな。それも重度の酩酊状態にある。我への信仰は嬉しく思うが、まともな状態で無い故、下がるが良い。」
《女神プディン》はやれやれという感じで腕をゆっくりと振り、下がるように促す。
が、酔っぱらいオヤヂには通用せず、《女神プディン》に絡み始める。
「へっへっへ…つれないぜすぜ《女神プディン》様、ヒック、そう言わず、あっしと一緒に飲みましょうぜ。ヒック。」
「我は下がれと言っている。」
「ビビビビビビビーーーーーっっっ!!!」
《女神プディン》が男を指差すと、一瞬光が走り、酔っぱらいオヤヂは全身を大きく震わせた。どうやら感電したらしい。
酔っぱらいオヤヂは全身を硬直させると、バタリと地面に倒れた。
「不快な…」
そう言い残すと、《女神プディン》は《神柱》へと戻っていった。
《神柱》は何事も無かったかのように、以前と同じく宙に浮きながら回転し始める。
酔っぱらいオヤヂが溢したワインと器は綺麗に消え去っていた。
《女神プディン》が消えたのを確認すると、二人の男が《神柱》に向かって謝りながら酔っぱらいオヤヂを回収する。
一応、酔っぱらいオヤヂは生きているようだ。
俺は一連のやり取りを見て茫然となった。この世ならざるものを見てしまった、そんな感じだ。
神と人間が対話をしており、人間が神罰を受けた。目の前で起こった事とはいえ、にわかには信じがたかった。
同時に、女神の応対の仕方がいやに人間臭く感じた。
俺も森の中で《泉の精》に水を掛けられたが、あれも神罰といえば神罰なのだろう。この世界には本当に神が存在して、人間と当たり前に接しているようだ。
でも、何かが引っかかる。
ん?
ディケードの記憶が開きかける。
「まったく、何か《女神プディン》様に不敬を働いたんだね。あんなバカはもっと苦しめばいいのに!《女神プディン》様はとても慈悲深いお方だからって、舐めた真似してるんじゃないよ!」
ジリアーヌが語気を荒らげて憤慨する。
が、何が起こったのかまでは見えなかったようだ。暗い中で距離があったからな。無理もない。
まあしかし、敬虔な信徒であるジリアーヌには許せない行為なんだろうな。
ジリアーヌの勢いに押されて、開きかけた記憶が潰えてしまった…
「死ねばいいのに…」
「《女神プディン》様にワインを勧めていたようだが、ああいう事はよくあるのか?」
「残念ながら、あの手のバカは後を絶たないわ。まったく。…って、随分と目が良いのね。」
「森の中で生きて行くには必要だったからな。」
「ふ〜ん、成程ね…」
上手く会話の流れを変えられたな。いつまでも怒っていそうだったからな。ジリアーヌの前で神様を咎めるような言動はご法度だな。
「それで、食事はさせて貰えるんだろうか?そろそろ他の連中はお開きにしてるみたいだが。」
「ああ、大丈夫よ。ディケードは私たちと同じブースで過ごして貰うから。すぐに準備するわ。」
「ありがとう。すまないな。」
「ふふ、ディケードは育ちが良いのね。その歳でちゃんと礼を言えるなんてね。」
俺はジリアーヌに連れられて、他の連中が歓談をしている場所から少し奥まった所にある、少し狭い一角に案内された。
そこには2つのテーブルが並べられ、一人の老女と三人の少女が腰掛けて話をしていた。どことなく淫靡な雰囲気が漂っている。
俺とジリアーヌが近づくと、四人が振り返って俺を見た。
「『バーバダー』、ディケードはわたしが専属でお世話をさせて貰う事になったわ。貴族という扱いは無くなったけど、護衛の任に着いて貰う事になったから。ルイッサーと同格の待遇をお願いするわ。」
「そうかい、分かったよ。ここで娼婦たちの世話をしているバーバダーですじゃ。宜しくお願いしますの。」
「宜しく。ディケードだ。」
娼婦たちの世話?
それじゃあ、ここに居る少女たちは娼婦なのか!
バーバダーは50歳くらいの女性だと思うが、現代日本の50歳の女性に比べると随分と老け込んで見える。エプロンドレスを着て身なりは綺麗にしているが、手や肌に長年の苦労が表れている。不機嫌そうにしているので、余計にそう見えるのかも知れない。
白髪混じりの頭にクマ耳が乗ってお尻にはクマの尻尾を付けているが、ご丁寧にクマ耳や尻尾にまで老いを感じさせる作りになっている。何か宗教的な意味でもあるんだろうか?
「ほれ、お前たちも挨拶をしな。」
「「「 は〜い。 」」」
バーバダーが促すと、少女たちは元気に立ち上がった。
「『ライーン』と申します。」
「『カルシー』です。」
「『シーミル』でスゥ。」
三人はジリアーヌに似た衣装を身に着けていて、スカートを摘んでカーテシーに似た挨拶をする。
西洋人のカーテシーは背筋を伸ばして頭を下げないが、彼女たちは最後に頭を下げてから元の姿勢に戻した。
これがこの世界の上位の者に対する女性の挨拶らしいが、足がふらついたりスカートを摘むのが握り拳だったりするので、ジリアーヌとは違い、付け焼き刃という感じがモロに出ていた。脇でジリアーヌが顔をしかめている。
多分、普段はこんな挨拶はしないのだろうが、俺が貴族だと聞いて急遽教えられたのだろう。
なんか微笑ましいので、俺は冗談で男性の挨拶であるボウ・アンド・スクレープで返す。
「これは可愛らしいお嬢様方、素敵な挨拶をありがとう。私はディケードと申します。以後お見知り置きを。」
「「「 ほわ〜〜〜! 」」」
少女たちは俺に見惚れた後、びっくりして右往左往しだした。
こんな風に返されるなんて思ってもいなかったし、習ってもいなかったのだろう。ジリアーヌは驚きながら疑惑の目を俺に向けていた。
本当なら、ジリアーヌにはなるべく疑惑を持たれないようにしないといけないのだが、クールビューティのジリアーヌの表情が一瞬だけポカンとなるのが、妙にツボに嵌ってしまう。
ちなみに、三人の少女のうち二人は獣耳を付けている。
「バーバダー、二人分の食事をお願いするわ。お前たちも、もういいから自分の事をしなさい。」
「あいよ。」
「「「 は〜い。 」」」
ジリアーヌは小さくため息をつくと、それぞれに行動を促した。
どうやら、ジリアーヌは娼婦たちの姉御的な役割をしているようで、全員がクレイゲートの奴隷だという。
ジリアーヌは俺にテーブルに着くように勧めてから、自分も席に着いた。
じっと訝しげに俺の顔を見つめる。
「本当にあなたは何者なのかしらね…実は貴族なんじゃないの?」
「そうじゃないんだけどな。と言っても信じられないか…」
「まあね。ただの若造じゃない事は確かなようだけどね…後で不敬罪とかいって処罰しないわよね…」
「実際に貴族じゃないし、そんな事する訳ないさ。約束するよ。」
ジリアーヌが本気で怯える仕草を見せるので、これ以上疑惑は持たせない方が良さそうだ。
「でも、貴族ってそんなに怖い存在なのか?」
「そりょそうよ。こっちに非がなくても向こうは権力を笠に着て処罰してくるのよ。出来るなら関わりたくないわ。」
成程な。話を聞く分には、映画やドラマに出てくる悪役貴族そのものだな。庶民にとっては決して逆らえない、嫌な存在なんだろうな。
「ちなみに、俺が本当に貴族だったらどんな扱いを受けていたのかな?」
「さあね、クレイゲート様の考えはわたしには解らないわ…」
ふむふむ。ジリアーヌの目が一瞬だけ泳いだな。キツネ耳もピクリと震えたように見えた。
「敵対勢力側だと判ったら、寝物語の最中に暗殺だな。」
君が殺るんだろうという感じで指差す。
ジリアーヌの身体がビクリと震える。
「な、なにを…」
はっきりと判るほどに狼狽えている。図星か…
これほど態度に出るのもどうかと思うけどな。なぜかキツネ耳もピンと動いたし。俺は穏やかに微笑んだまま、目だけはきつくジリアーヌを睨みつける。
「信じられないかも知れないが、これだけは言っておく。俺は君にもクレイゲートにも悪意はないし、敵対勢力でもないからな。
だから、俺に君を殺させるような真似はするなよ。」
そう言って少しだけ《プレッシャー》をジリアーヌにぶつける。
ジリアーヌは硬直して身動きが取れなくなり、首だけをコクコクと縦に振る。
少女たちはジリアーヌの変化を不思議そうに見ている。
俺が《プレッシャー》を解くと、ジリアーヌは脱力して顎をテーブルの上に乗せ、大きく息を吐きだした。
「はあ〜…まともに食らうときついわ。」
「俺はそっちが敵対行動に出なければ、自分からは絶対に攻撃しない。約束するよ。」
「わ、分かったわ…こっちだってもうそんな気はないから脅さないでよ。」
ジリアーヌは降参とばかりに両手を顔の横で広げる。
《プレッシャー》が攻撃ではないのか、というツッコミは置いといて、思わぬハードボイルドな展開になってしまった。俺のキャラじゃないよなぁ。
でも、一応警告はしておかないとな。
抑止力になるかどうかは判らないが、もしジリアーヌが事に及ぶ時に躊躇いを見せてくれれば防ぎようがあるかも知れないしな。
クレイゲートやルイッサーの態度と雰囲気を見た感じでは、殺す時には躊躇いなく殺すだろうしな。実際、ルイッサーは本気で俺を殺そうとしていたからな。
どうやらここは人間社会も弱肉強食の世界らしい。人間の命は随分と安そうだ。
地球の様々な国の歴史を見る限りは、日本も含めて昔は同じようなものだったみたいだしな。所詮、人間は残酷な生き物だという事だ。
とはいえ、安全な日本でそんな事に縁の無い生活をしていた俺にはショッキングなのは確かだ。
でも、俺も変わったよな…
以前の俺なら、こんな人を脅すような真似なんか出来なかったのにな。獣たちと命の奪い合いばかりしてたから、死というものに対して無頓着になっているのかもな。
もっとも、相手が人間となると実際に殺せるとは思えないけどな。
それと、自分とは似ても似つかないディケードの姿になったせいなのか、記憶が蘇ったせいなのか、なんとなくだけど、自分が自分でないような、他の誰かを演じているような感覚もあるんだよな。
これは自分の意識がまだ完全にディケードの体と記憶を受け入れきれて無いせいかもな。
しかし、雰囲気が悪くなってしまったな。
ジリアーヌは少し怯えて気まずそうにしている。せっかく表面上とはいえ、ジリアーヌとは打ち解けかけていたのにな。
どうしたものかな…
「しゅご〜〜〜い!ジリアーヌ姉さまがやり込められちゃっタァ〜!ディケード様ってやっぱり偉くて凄いんだネェ〜〜〜!」
少し間の抜けた感じで、一番年下の少女が喋り、キラキラと瞳を輝かせて俺を見つめる。年齢は15歳くらいかな。シーミルって名前だと思ったが。
ジリアーヌと同じような胸の開いたドレスを着ているが、正直似合ってないな。まだ衣装に着られている感じがする。
ちなみに土佐犬のような大きな垂れ耳を付けていて、ドレスの後ろから出ている尻尾がピヨンピヨンと椅子の脚に絡まりそうに揺れている。
この尻尾って動くように出来てるのか?
そういえば、さっきジリアーヌが驚いた時、キツネ尻尾が逆立ったように見えたな。視界の端で捉えたので見間違いだと思ったけど、そうでもないのか。良く出来てるなぁ。
それはともかくだ。シーミルの間の抜けた声と態度で場が一気に和んだ。
他の二人の少女が、「バカ、静かにしてなさいよ」とか「またジリアーヌ姉さまに怒られるよ」とか言って窘めているので、シーミルという土佐犬耳少女は普段からこういったキャラクターなのだろう。
ジリアーヌが悔しそうにそっぽを向いて耳まで赤くしている。心なしキツネ耳も垂れているように見える。やはり、クールビューティが基本的な性格のようだ。
バーバダーが食事を持ってやって来た。
「はいよ。」
「ありがとう。」
俺がお礼を言うと、バーバダーは少し驚いた顔をする。
さっきのジリアーヌもそうだが、この世界ではこんな基本的な挨拶ですら珍しいのか?
「へえ、一応礼儀は弁えているんだね。とてもあんな事をした男とは思えないね。」
「バーバダー、その事はもういいわ。ディケードは覚えてないみたいだし、そっとしておいて。」
なんだ?
バーバダーは俺を敵のように睨みつけている。俺が何かしたのか…
そういえば、クレイゲートが飛竜を倒した後の事を覚えているか、と言っていたな。それに対して、ジリアーヌは恥ずかしそうにしていたが。
「もういいでしょう。誰も怪我したりしなかったんだから。」
「いいや、そういう訳にはいかないよ。貴族様じゃないなら言わせてもらうよ。わたしの世話する娘たちを散々いたぶったんだからね!」
「はっ?」
「お前はね、ジリアーヌとこの娘たちを散々犯しまくったんだよ!」
なん…だと!
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