第2章 -商隊-

第21話 記憶の残滓

「ディケード、新しいアバターの調子はどうだ?」

「父さん、凄いなんてもんじゃないよ、前のやつに比べて運動能力が圧倒的だよ。それに、《フィールド》の効果範囲が格段に広がったし、《センス》や《アクセル》のパワーが段違いだよ。」

「そうか、記録されている脳波、念波、霊波も正常値内に収まっているし、問題は無いようだな。」

「うん、これなら《マジック》や《スピリット》も次の段階に移行できるんじゃないかな。」

「そうだな、感覚さえ掴めば直ぐにマスターできるだろう。」



 何だこれは………夢………なのか…?

 ディケードと呼ばれているのは俺…だよな………

 父親?………新しいアバター…?


「父さん…」

「どうした、ディケード?」

「あ、あのさ…その…」

「どうした?言いたい事があるならちゃんと言ってごらん。」

「う、うん…あれがどうしても治まらなくてさ…」

「ん?ああ、あれか、そうか、もしかしてまずい事になったか?」

「ん…危うく…その、女の人を襲ってしまうところだったよ…」

「そうか…確かに官能を表すセンサーが異常反応しているな…」

「どうにかならないかな…?『トモウェイ』が止めてくれたけど、殴られちゃったよ…」

「プッ…ハハハ、そうか、大変だったな。」

「笑い事じゃないよ。あの後トモウェイの機嫌がずっと悪くて大変だったんだ…」

「また薬を飲み忘れたんだろう。どうせならトモウェイちゃんとすればいいじゃないか、そうすれば薬を飲まなくても大丈夫なのにな。」

「そ、そんな事出来る訳ないよ!いくらアバターだって…それに僕たちはまだそんな関係じゃ………」

「やれやれ、ディケードも年頃なのにな…とりあえずはそれは抑えるように調整するからリンケージカプセルに入ってくれるか?」

「うん、それじゃあ僕は戻るよ。」



 なんなんだ本当に…

 なんの話をしてるんだ…?

 それに、二人がいる場所って…古ぼけてないけど、俺が目覚めた場所じゃないの…か?




  ☆   ☆   ☆




 突然閃光が走って体が引き裂かれるような痛みが走った。


「がああああぁぁぁっっっ!!!」

「きゃあぁっ!」


 俺は弾かれるように体を起こした。

 ハアハアハア…ハアハア…ウゥ…


 今のは夢なのか夢じゃないのか、よく解らないが凄く長くて不思議な感覚のビジョンだった…

 少ししてようやく普段の感覚が戻ってきた。

 汗でびっしょりだ。


 ん、ここは?


 俺はベッドの上にいて、狭い部屋の中にいた。

 木造りの質素な感じがする部屋だが、なんとなく女の部屋に居るような匂いと雰囲気がした。


「だ、大丈夫かい?…あ、いえ、でございますか?」

「うわっ!」


 いきなり女の声がしてびっくりした。


「も、申し訳ございません、驚かしてしまったね、いえ、しまいました。」


 ベッドの脇に女性が済まなそうに頭を下げて立っていた。

 人間の女だ…

 ………

 そうか、思い出した。俺は翼竜を倒した後に倒れたんだったか…


 女が顔を上げると、頭の上にはキツネ耳が付いていた。


 はっ!?


 なんだよこの女性、いい大人なのにコスプレでもしてるのか?

 普通に顔の横には人間の耳があるしな。マンガやアニメに出てくる獣人という訳ではなさそうだが。

 でも、白人の凄い美人だ。


 女性は歳の頃は20代半ばから後半だろうか、北欧系の白人でプラチナブロンドっていうのか、ゆったりとウェーブの掛かった髪の毛が腰近くまで伸びている。

 それなのにキツネ耳と尻尾はちゃんとゴールデンブラウンの狐色をしている。

 まあ、付け耳と尻尾だからどんな色でも関係ないか。


 服装はなんだろう、妙に色っぽいな。

 基本的には中世ヨーロッパの田舎娘が来ていたようなロングスカートのワンピースだけど、ラメ入りのフリルがふんだんにあしらわれていて豪華な作りをしている。


 細かい宝石を幾つもあしらったネックレスが印象的だ。

 胸の谷間が見えるほどに胸元が開いていて、ベストコルセットだったかな、胸の膨らみを強調するように着こなしている。


 タップリと量感のある胸は最低でもFカップはあるぞ。身長は170cm近くあって、女性にしては少しガッチリした感じのアスリートのような体型をしている。

 といっても、ウエストが細いからボンキュッボンの均整が取れたグラマラスな体をしている。いわゆる、わがままボディというやつだな。素晴らしい!


「あの、わたしはクレイゲート様の奴隷で、娼婦の『ジリアーヌ』と申します。」

「あ、どうも…」


 女性はぎこちない笑みを浮かべながら、ドレスの裾をつまんでしゃがみ、西洋風の挨拶のカーテシーに似たポーズを取った。いきなりの時代がかった挨拶に驚きつつも若干呆けてしまった。


 はあ…しかし、奴隷で娼婦ってなんだよ…

 それにキツネ耳なんか付けて、なんのつもりだ?属性てんこ盛りだな。


「それで、主人のクレイゲート様よりあなた様の世話を命令…いえ、お世話をもう、申し使っております。どうぞ宜しくお願いいたします。」

「はあ、そうですか…それはご丁寧にどうも…」


 本当になんなんだいったい…

 奴隷で娼婦はいったん置いといて、何だってこの女性、ジリアーヌさんだっけ、こんなに謙った話し方をしてるんだ?

 俺が翼竜を倒してピンチを救ったからか?

 だとしても、敬語が使い慣れてないのか、随分と苦労してるようだが。


「ああ、良かった…ですわ。言葉が通じる…のですね。

 あの、失礼ですが、お名前を聞いても…いえ、お伺いしてもよろ、宜しいですか?いえ、でしょうか?」

「ああ、私は高梨えい…と、いや、………ディケード、ディケード・ファンターと申します。」

「……はい、ありがとうございます。ディケード・ファンター様ですね。」


 そういえば、言葉が理解できてるな…なんでだ?

 イントネーションは少し違うけど、さっきの夢の中で話していた言語とほぼ同じだ。


「うっ…!」


 突然、頭の中に物凄い量の情報が溢れてきた。

 いや、これは記憶か?ディケードとかいう少年の記憶なのか?


「ファ、ファンター様!大丈夫ですか?何処かおかしいの?あいえ、お加減が…ええっと…」

「だ、大丈夫だ。ちょっと目眩がしただけ…」

「それはいけない…いけませんわ。もう少しお休みになりますか?」

「あ、ああ、そうさせてもらうよ…」

「それではお体を拭かせて頂きます。すごい汗ですわ。」


 ジリアーヌという女性が俺の傍に来ると、タオルで体を拭き始めた。


「ああ、すみませんね。」

「いえ、とんでもございません。至らぬところが…あれば、申し付け下さい。」


 言葉は苦労しているようだが、こういった世話は慣れているようだ。強すぎず弱すぎず心地よい力加減で汗を拭ってくれる。

 やはり、奴隷で娼婦というのは本当なのだろうか?


「それではわたしは外に居りますので、御用の際はこちらでお呼び付け下さい。」


 体を拭き終えると、ジリアーヌという女性は呼び鈴を置いて出ていった。

 最後の頃には敬語がちゃんと話せるようになっていた。それなりに教育を受けていたのだろう。


 ふう…


 ここって馬車の中なんだな…

 ジリアーヌさんの馬車なのかな?

 最初に感じた女性の雰囲気というのは合っていたな。

 しかし、衝撃的な事が次々に起こって現実じゃないような気分だ。

 さっき頭の中に溢れ出てきた記憶を探ってみる。


「この記憶って本物なのかな…?ふふ…ふふふふ…だとしたら笑っちゃうよな…」


 夢だと思った光景は、この体の本来の持ち主の少年、ディケードの記憶のようだ。

 まだまだ頭の中がゴチャゴチャしていて全然整理がつかないけど、要はこの体は異星人に作られた物だって事だ。


 異星人だよ!宇宙人だよ!

 びっくりすぎて笑っちゃうしかないよね。

 しかも、この体を作った理由っていうのが、この星でゲームをするためなんだぜ。あははは………


 ハア〜………

 なんだよそれ…どういう事だよ………


 まあ、それは百歩というか一万歩くらい譲ったとしてさ、何故日本で死んだ俺が他の惑星にあるこのディケードの体の中に、憑依したというか意識と記憶が移ったというか、それが解らないな。

 まだ頭の中が混乱してグチャグチャだしな。


 しっかし、なんという出来事というか運命なのかね…

 泣いていいのか、怒っていいのか、喜んでいいのか、それとも呆れればいいのかねぇ………


 でも、俺はこうして生きている…

 他人の少年の体になって若返った…

 どうやら、また人生をやり直さなければならないらしい…

 正直、日本では後数年の余生を送って人生を終えて、それでやっと楽になれると思っていたんだけどな…




 ☆   ☆   ☆




 コンコン


「ジリアーヌです、入っても宜しいでしょうか?」

「あ、ああ、どうぞ。」

「失礼いたします。」


 ジリアーヌという女性がベッドの脇まで来ると、床に膝をついてかがみ、俺の顔を覗き込んだ。飛行機のファーストクラスのキャビンアテンダントがするような対応の仕方だ。


「ファンター様、ご様子はいかがでしょうか?」

「あ、ああ、もう大丈夫です。お世話をおかけしました。」


 フワリと良い匂いがして、ドキリとさせられた。

 間近で見ると本当に凄い美人だぞ。日本人とは全く違う色素の薄い蒼い瞳に見つめられると、思わず狼狽えてしまう。


「そ、そんな、わたし如き奴隷に丁寧な言葉は不要です。」


 ジリアーヌという女性は俺以上に狼狽えてワタワタしている。こんな美人が焦っているのは見てて面白いな。キツネ耳を着けているので余計にユーモラスだ。

 が、態度に反して妙な緊張感を漂わせている。

 あれこれ考えているうちに随分と時間が経ってしまったようだ。いつまでも呼ばれないので様子を見に来たらしい。


「あの、ファンター様、お起きになられるようでしたら外出の準備をさせて頂いても宜しいでしょうか?主人のクレイゲート様が挨拶をしたいと申しているのですが。」

「あ、そうですか。分かりました大丈夫です。」

「失礼したします。」


 ジリアーヌという女性は毛布を畳み、俺を起こしてタオルで体を拭き始めた。

 俺はこの時真っ裸なのに初めて気付いた。考える事が多すぎて全く気付いていなかった。ジリアーヌという女性は、それを気にした様子もなく黙々と作業を進める。


「あの、まことに申し訳ありませんが、わたしへの丁寧語はご遠慮ください。主人に叱られてしまいますので。」

「あ、そうなんですか…ああ、分かったよ。これで良いかな?ジリアーヌさん。」

「はい、ありがとうございます。それと、わたしの事はジリアーヌと呼び捨てでお願いいたします。」

「分かった。」


 ジリアーヌは明らかにホッとした様子を見せて作業を続けた。なんともはや、堅苦しいというか厄介な事で…


 戦っていた時は、ヒョウ柄狼を倒した時にいたオッサンとかは気さくに接して来てたんだけどな。このジリアーヌが奴隷だから特別そうなのかな?

 それとも、俺が馬車隊の窮地を救ったから、こんな態度なのか?

 いまいち判らんな…


 まあ、今は様子を見ながら流れに任せておくのが良さそうだ。

 ジリアーヌが俺の下腹部を拭き始めると、敏感なジュニアが直ぐに反応してしまった。


「ヒィっ!」

「あ、ごめん!ええっと…その…すんません…」


 俺は咄嗟に手で隠したが、ジリアーヌは恐れ慄くようにして後ずさった。

 が、直ぐに気を取り直して作業を再開した。


「も、申し訳ありません!お見苦しいところをお見せいたしました。」

「いえ、こちらこそスミマセン。あの、後は自分でやるので大丈夫です。」

「と、とんでもございません!そんな事はさせられません。わたしの不敬に対してお咎めになるのであれば、主人への挨拶の後にお願いいたします。」

「………」


 ジリアーヌは震えながら作業を進める。明らかに怯えている。

 なんかこの状況、明らかに変というかおかし過ぎないか…何でこんなに怯えられないといけないんだ?

 馬車隊が苦戦した翼竜を俺一人で倒したからビビられてるのか?

 う〜ん、本当に解らないな。



 俺の体を拭き終えたジリアーヌは、香水と思われる液体を俺の首や肩、脇や股間に擦り付けてから服を着せてくれた。実に慣れた手つきだ。ここら辺はやはり娼婦だからだろうか。


 日本で以前に高級な『大人のお風呂屋さん』に行った時にも、帰り際に同じような扱いを受けた。住む星が違っても、男と女のする事は似たようなものなのかな。


 しかし、いくら奴隷と言われても、日本人の俺には全く馴染みがなくてピンとこないな。特にこんな美人の白人女性に傅しづいて尽くされるなんて、現実とは思えないぞ。


 なんせ俺がまだ子供の頃は、戦争被害から立ち直って景気が良くなり始めた時代だからな。国中が白人にコンプレックスを抱いて憧れていたんだよな。

 だからか、無意識に白人は俺達より上の人たちというイメージが根底にある。


 ようやく服を着せてもらい終えて、準備が整ったようだ。

 が、自分の姿に愕然とした。

 なんというか、俺は中世ヨーロッパの貴族が着るような服を着ていた。

 いや、正確に言うと貴族に扮した道化のような格好だ。


 至る所に細かな刺繍を施したロングブレザーを着て、脚の形が分かるタイツを穿いている。靴は普通の革靴だが、先っぽがずいぶん長くてくるりと内側に巻いてある。

 これって昔に極一部の不良高校生が着た、背中に龍の刺繍が入った長ラン姿よりも恥ずかしいと思う。


「申し訳ございません。こちらには貴族様用の衣装が御座いませんので、クレイゲート様のご子息様の謁見の義用の衣装をご用意いたしました。粗末な物ですが、これでご容赦頂きたく思います。」


 ジリアーヌは深々と頭を下げて、そう告げた。

 はあ、貴族用の衣装?謁見の義の衣装?なんだそれは?


「でも、失礼ながら良くお似合いですよ。ファンター様は逞しいお体をしてらっしゃいますので、衣装が映えますわ。」

「………」


 困惑する俺に、マジで見惚れるような表情でジリアーヌは微笑む。

 どう反応すればいいんだ?


「も、申し訳ありません!出過ぎた事を申しました。粗末な物なのにお似合いなどと…他に替えがございませんので、どうかこちらの物でご容赦頂けるようお願い申し上げます。」

「い、いや、大丈夫だ。十分に満足している。」


 俺がなんともいえない顔をして無言だったので、ジリアーヌは俺が不満だと思ったようだ。土下座に近い形で謝ってきた。

 俺は慌てて取り繕う。


 ふう〜…


 俺は心の中でため息をついた。これって何の茶番なんだ?

 こんなピエロのような格好をさせられて、もしかして俺はからかわれているのか?


 ジリアーヌのキツネの付け耳も尻尾もそうだし、仮装パーティでもするのか?

 それとも、これがこの世界の歓迎の文化なのか?

 何がなんやら…

 本当に神様が俺を弄んでいるんじゃないかと思ってしまう。


「それではファンター様、こちらへ。主人のクレイゲート様の所へご案内いたします。」


 立ち上がったジリアーヌは一礼してから俺の手を取り、馬車のドアを開けた。

 状況を飲み込めないまま、俺をジリアーヌと共に外に出た。



 外は夜だった。

 馬車の荷台が輪を描くように並び、ランタンが幾つも立ち並んで弱々しい明かりを灯していた。


 馬車の列が作り出した広場の中にはテーブルが幾つもあって、多くの人が思い思いに食事をしたり酒を飲んだりしながら歓談している。

 パーティというような雰囲気はなく、どちらかというと野外レストランのような感じだ。


 人々が着ている服も、中世のヨーロッパの一般市民が着ていたような、ちょっとボロいシャツにズボンといった物で、実にフランクだ。

 それでも、何人かは獣耳を着けている。ジリアーヌもそうだが、人間の耳はちゃんと顔の横にあるので、何かの流行りなのかと思った。


 俺が周りの様子を眺めていると、向こうから一人のオッサンと青年に付き従うように歩いてくる一団がいた。

 オッサンと青年は俺と似たような衣装を着ていて、付き従っている10人はしっかりとした武器を持ち防具を身に着けている。


 なんとなく、ヤクザの親分と子分たちという雰囲気を纏っている。

 その一団が現れると、歓談していた人々は話を止めて立ち上がった。そして、その一団の後に着いて歩きだした。総勢で70〜80人程になる。

 やばい雰囲気がビンビン伝わってくる。


 一団が俺の5m程手前で立ち止まると、オッサンと青年が傅くように片膝をつき、その後の連中もそれに倣って同じポーズをとった。


「ディケード・ファンター様、お会いできて恭悦でございます。エレベトの街でクレイゲート商会を営む、『クレイゲート』でございます。」

「息子の『クレイマート』でございます。」


 オッサンと青年が頭を垂れて恭しく挨拶をする。

 後ろの者たちは頭を垂れたままじっとしている。

 俺はあまりの事に、ただ呆然とするしかなかった。


 なぜ俺は大勢の人間に傅かれているのか、全く理解できなかった。

 これでは窮地を救った恩人というより、遥かに位の高い人間に対する態度みたいだ。一緒にいたジリアーヌも俺の脇で傅いている。


 実際、俺はそんな敬われるような人間ではないはずだ。

 ディケード少年の記憶を探っても、16歳の普通の学生で、遺伝子工学を専攻するアバター研究家である技術者の息子というだけだ。


「ええっと…これはどういう…事なんで…しょうか?なんで…皆さんは私に…傅いて…いるのですか?」


 事態が大事になりすぎて、単に流れに身を任せている場合ではないようだ。下手にノッてしまうと、後で大変な事になりそうなので、ビビった俺は素直に訪ねた。


 しかし、記憶があるとはいえ俺の経験の積み重ねでは無いので、この世界の言葉で長く喋るのは思ったよりも大変だ。単語を探しながら話をする感じだ。


「「 はっ? 」」


 オッサンと青年は顔を上げて呆けたように俺を見る。

 俺も同じような顔をしてオッサンと青年を見る。

 しばし無言の見つめ合いが続く。

 他の皆んなはひたすら下を向いてじっとしている。


 オッサンはジリアーヌに視線を移して睨みつけた。

 ジリアーヌは分からないという感じで首を振っている。

 オッサンは小さく溜息をつくと、俺に視線を戻した。


 そういえばこのオッサン、俺が翼竜と戦った時に怒鳴っていた頭毛の薄い親父だ。頭毛の薄いオッサンこと、クレイゲートは緊張した面持ちで俺に訊ねる。


「失礼ながら、ディケード・ファンター様は貴族なのでは?」

「貴族…俺が?いいえ、違います。」


 何だよ貴族って⁉

 クレイゲートたちがざわつく。

 よく分からないが、クレイゲートたちは俺の事を貴族だと思ったようだ。何故そう思ったのかは解らないが、ジリアーヌや他の人達が傅く態度をとった理由は理解した。


「それは誠でございますか?家名を持ち、《神鉄の腕輪かんがねのうでわ》を身につける者。それは正当なるエレベートゥ王国の貴族の証では?」


 怪訝な顔をしながらクレイゲートが確認をする。

 家名か、この世界では貴族以外は家名を持たないのが基本なのか。それと、俺が左腕に嵌めている腕輪を《神鉄の腕輪(かんがねのうでわ)》というのか。


 神鉄かんがねって何だろう?神の鉄って事は神の意志が宿ってるとか、魔法の金属とかだろうか?

 ファンタジー世界に登場する、オリハルコンとかミスリスとかアダマンタイトとか云われる想像上の金属の事かな?

 その腕輪を身に着けているのは貴族という事なのか…


 腕輪は泉の精がいた泉の近くで拾った物だけど、泉の精がくれた物じゃなかったのか。てっきり泉の精が寄越した物だと思い込んでいたけど、確かに直接渡された訳じゃないしな。

 単なる偶然だったのか…


「ええと、この腕輪は…山の中で拾ったもので、嵌めてみたら…外れなくなってしまったんですよ。」


 俺はロングブレザーの袖を捲って腕輪を見せながら釈明する。

 一気に場がざわめく。


「それは本当なのですか?聞いた話ですと、《神鉄の腕輪》は貴族の当主のみが身に着ける事を許された宝具、王より賜る盟約の証との事ですが。」


 うわ〜っ!これってそんなヤバい物だったんだ!!!

 そりゃあ、一般の人々は恐れ慄くよね。

 堅くて防御に最高とか思ってたけど、そんな位置づけがされた貴重な物だったんだ…

 慌てる俺の態度を見ながら、クレイゲートはさらに確認を求める。


「では家名についてはいかがですか?ディケード・ファンターというのは本名なのですか?」

「ええっと、それは本名です。私の国…では、一般人でも…家名を…持つのが…極普通です。」

「ほう、そんな国があるのですね…」


 クレイゲートは明らかに半信半疑という態度だ。

 ジリアーヌに名前を聞かれた時に、俺は日本人名を名乗ろうとして言い淀んだからな。ジリアーヌはあれこれ世話をしながら俺の素性を探っていたのだろう。単なる奴隷で娼婦という訳ではないようだ。


 確かに俺は原始人のような格好をした怪しい人間だったからな。それが貴族の証を身に着けていたとなれば、素性を確認しようとするのは当たり前か。

 そのまま日本人名を名乗っても良かったけど、高梨栄一は日本で死んだ…はずだ。この若い体でこの世界を生きていくなら、新しい名前が必要だと思った。


 記憶が見えた時に名前を訊かれたので、この少年の名前ディケード・ファンターを名乗るのがいいと思っただけなんだけどな。

 この世界の言葉をたどたどしく話す態度も相まって、クレイゲートからすれば俺は非常に胡散臭い人間なのだろう。


「では改めて確認いたしますが、ディケード・ファンター様は貴族では無いという事で間違い無いのですね。それと、この国の人間でも無いという事で宜しいのですね。」

「その通りです。私は貴族ではなく、この国の人間でもありません。」


 さて、この返答でどうなるか、だな…

 この世界の事が何も解らない俺に嘘を突き通せる訳がない。正直に対応していくしか無いが、誤解が原因で大事となってしまった。


 ある意味クレイゲートに茶番を演じさせる結果となり、恥をかかせるような格好になってしまった。彼と周りの者の態度を見る限り、それなりに地位があり権力を持った人間なのだろう。

 商会を営んでいると言っていたので、大商人か商人を束ねる仕事をしてるのだろう。


 クレイゲートが憎々しげに俺を睨みつけた。

 それが合図となったのか、後ろに控えていた武器を持って防具を纏った10人の男たちが一斉に立ち上がって俺を取り囲んだ。


 やはりこうなってしまうのか。

 ヤクザの親分と子分たちという印象は、あながち間違いではなかったらしい。権力を持った人間というのは得てしてこういうものだ。

 そういった部類の人間のメンタリティも、地球の人間とあまり変わらないのだなと俺は理解した。


 もっとも、現代の日本ではこんな風にあからさまに武器を持って囲んだりはしないと思う…けどな。



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