第20話 翼竜

 ついに、ついに人間の痕跡を見つけた!

 ホブゴブリンがいた洞窟の前から駆け出した俺は、真っ直ぐ谷に向かって進んだ。急勾配になっているために転落しそうになったが、木の枝を掴んで勢いを殺し、次の枝へと飛んだ。走るよりもその方が早いので、ターザンのごとくその方法で谷を下っていった。

 一刻も早く道に辿り着きたい。その思いだけだった。


 谷底に辿り着くと、今度は木の枝から次の木の枝へとジャンプしながら登っていった。ピョンピョンと跳ねる様子はマンガのようだと我ながら思ったが、卓越したこの体はそれをやってのけた。

 自分でも驚くほど早く谷を登りきり、道に辿り着いた。


 それは、山の斜面の緩やかな部分に、草木の生えない巾が2〜3m程の地面を踏み固めただけの道だった。

 しかし、そこには細い車輪で出来た轍と蹄の跡が幾つも刻まれていて、今現在も使用している形跡がありありと残されていた。


 道は山を回り込むような形で左右に伸びていた。

 俺が進むべき方向は黒い柱の見える方だが、何百とある新しい蹄の跡も同じ方向に進んでいるように見える。


 俺は地面にしゃがみこんで耳を当て、近くにこの道を利用している者がいないか探ってみたが、残念ながらこれといった活動を示すような音は聞こえなかった。

 道が見つかったからといって、すぐ簡単に人に出会えるものでもないだろう。殆ど整備もされていないこんな山道では使用頻度も少ないだろうからな。


 俺は落胆しなかった。

 道があるという事は、人々が住む街や村に繋がっているはずだ。この道を辿っていけば、いずれはそこへ辿り着くに違いない。

 俺は道を歩きだした。が、どうしても早足になってしまう。まあ、しょうがないだろう。浮き立つ気持ちを抑える事は出来ない。


 さすがに道があると歩みは早い。当たり前だが森の中を歩くのとは全く違う。

 1時間ほど進んだ辺りだろうか、何やら騒ぎ立てる声と物がぶつかる音が聞こえてきた。山を回り込んだ向こう側から聞こえて来るようで、何が起こっているのかまでは判らない。

 俺は走り出した。


 カーブする道の端に差し掛かった時、「ギェー」という鳴き声と共に翼竜が飛んでいるのが見えた。湖で魚を捕らえていった、恐竜時代にいたとされるあのバカでかい空飛ぶ奴だ。


 俺は咄嗟に身を伏せて隠れた。まさかこんな所であの翼竜と出くわすとは思わなかった。もっとも、あの湖で見たのと同じ個体かどうかは判らないが。


 翼竜は急降下すると、道が続く向こう側の沢の方へ姿を消した。

 その後に物がぶつかる音と人間らしき者の叫び声が聞こえてきた。

 何が起こっているのか確認するために、俺は目立たないように用心しながら道を進んだ。


 カーブを曲がり切って向こう側が見渡せるようになると、そこには翼竜に攻撃されている馬車隊が遠くに見えていた。大きく内側にカーブする道に馬車が40台程の隊列をなしていて、中央の馬車が翼竜に取り付かれていた。

 馬車隊は翼竜を取り囲むように陣取り、大勢の人間が挟み込むように弓矢で応戦していた。


 人間だ!大勢の人間がいる!!

 恐竜映画のワンシーンのような光景だが、俺は人間が居る事実に歓喜した。


 しかし、翼竜の間近で槍で応戦していた一人の人間が翼竜の足に鷲掴みされ持ち上げられた。

 次の瞬間、翼竜が飛び上がるのと同時に、翼竜に捕まった人間は谷へと放り投げられ、悲鳴を上げながら落ちていった。あの深い谷に落ちたなら、まず助からないだろう。悲惨な光景に、俺の喜びなど吹っ飛んでしまった。


 俺は気を引き締めて暫く様子を窺った。

 飛び上がった翼竜は上空で反転して再度中央の馬車を攻撃した。両脇から矢を射掛けられ、何本もの矢が体に刺さっているのに気にする様子もなく、中央の馬車を鉤爪で引っ掻いていた。


 中央の馬車の周りには、ブロックのような石が積み上げられていてバリケードを作り、その合間から槍で応戦する人間の姿が見えた。が、傷は負わせているものの、致命傷となる攻撃は出来てないようだ。


 槍や弓矢の他に時折火の玉のような物が飛んでいたが、翼竜を燃やすほどの火力は無いようだ。翼竜がその大きな翼を羽ばたかせると、火の玉も矢も煽られて狙いが逸れていた。


 翼竜はまた一人の人間を捕まえると谷底に落とし、高く飛び上がった。そして、また反転急降下をして中央の馬車を攻撃する、ヒットアンドアウェイを繰り返していた。中央の馬車には翼竜が狙う何かがあるのか、執拗なまでにその馬車だけを狙っていた。

 が、馬車の前にある岩のブロックに攻撃を阻まれている。


 俺が様子を窺っている間に3人の人間が谷底へと落とされていった。

 人間たちには基本的に槍や弓矢といった原始的な武器しかないようだ。時折飛んでいく火の玉は何なのか分からないが、どちらにせよさほど効果は見られない。

 翼竜の力は圧倒的で、人間たちは被害を出しつつもかろうじて持ち堪えているようだ。


 驚いたのは、どの人間も身体能力が俺よりもかなり劣るというか、一般的な地球人と変わりがないように見える事だ。


 翼竜の存在感が凄くてそこに目を奪われていたが、全体を見渡してみると、馬車隊の両サイドは狼と思しき動物の群れに襲われており、そこでも戦いが行われていた。

 狼と思しき動物というのも、形は狼だがヒョウ柄模様をしており、黒の毛皮に白い輪が体中を覆っていた。

 なにか少し滑稽に感じるが、取り敢えずはヒョウ柄狼としよう。


 ヒョウ柄狼は前方と後方でそれぞれ10匹ずつがいて、剣を持った数人の人間が戦っていた。

 ヒョウ柄狼3匹に対して人間が一人という割合で戦っているが、苦戦しているようだ。動きが随分と遅くて弱々しく見える。岩のブロックのようなバリケードのお陰でなんとか持ち堪えているといった感じだ。


 翼竜は馬車が狙いのようで、ヒョウ柄狼は人間が狙いのようだ。

 連携している訳ではないようで、戦いの様子を見るに、翼竜が馬車隊を襲っていた所にヒョウ柄狼の群れが後から戦いに参加した感じだ。

 翼竜に刺さった矢を見るとかなりの時間戦っているようだが、ヒョウ柄狼は戦いを始めたばかりのようで、被害もなく、対応する人間の少なさからもそれが伺えた。


「よしっ!」


 俺は意を決するとハルバードを構えて走り出した。当然、戦いに参加するためだ。ようやく見つかった人間たちだ。ここで様子を見続けている訳にはいかない。

 正直、あの翼竜を倒せる自信はないが、退けられれば十分だろう。


 それに、緊急時の戦いに加わる事で、こんな原始人のような変な格好をした俺でも受け入れてくれるだろうと考えた。


「おおおぉぉぉっっっ!!!」


 俺は注目を浴びるように雄叫びを上げながら戦場に突っ込んだ。

 そんなガラじゃないのだが、敵と認識されても困るので助っ人に来たと知って貰うためだ。


 最初にヒョウ柄狼の群れに向かい、馬車隊の人間と挟撃する形をとる。

 俺に気付いた3匹のヒョウ柄狼が俺に向かってきた。それなりの《プレッシャー》を放ってはいるが、さっき戦ったホブゴブリンに比べると大した事はない。


 3匹のヒョウ柄狼が一斉に飛びかかってきたので、俺はハルバードで薙ぎ払うように横に矛先を走らせた。

 3匹は綺麗に揃って空中で左側上方に《空間移動》してハルバードを躱したが、それを予測していた俺は腕に《念動力》を掛けて強引にハルバードを反転させて加速した。

 ハルバードの斧の部分がヒョウ柄狼の下っ腹を3匹同時に切り裂いた。


 パックリと口を開いた下っ腹から血が吹き出すと同時に腸が飛び出して、そのまま3匹は地面に落ちた。

 3匹は悲鳴を上げて地面を転げ回り、立ち上がれずにいた。直ぐに死ぬ事は無いだろうが、動けないようなので俺は放置して次の得物へと向かった。


 残りの7匹は俺を強敵だと認識したのか、馬車隊への攻撃を止めてこちらへ向かってきた。

 追い詰められていた男はホッとした様子を見せたが、俺が眼で合図を送り槍で突き刺すようにジェスチャーをすると、頷いてから1匹のヒョウ柄狼のケツに槍を突き立てた。


「ギャウンっ!」


 意表を突かれた1匹は飛び上がって驚き、他の6匹は一斉にその1匹に注目した。俺はその隙きをついて間合いを詰め、ハルバードを振り抜いて3匹の鼻と目を潰した。


 その3匹は悲鳴を上げながらのたうち回り、他の3匹は飛び退って態勢を立て直していた。

 ケツを刺された奴は怒り狂って男に向かっていったが、1匹が相手なら問題ないようで、男は俺に頷きながら槍を構えた。


 合図が上手く通じるか多少不安だったが、大丈夫のようだ。

 リュジニィと同じ種族なのだろう、とりあえず俺は受け入れて貰えたようだ。一つの難関を越えて気持ちが落ち着いた俺は、残りの3匹に向かっていった。


 俺は強めの《プレッシャー》を放って3匹のヒョウ柄狼を威嚇した。

 3匹の体はビクリと大きく震えたが、仲間を殺されて怒っているためか、躊躇わずに真っ直ぐ突っ込んできた。


 ハルバードを横に薙ぎ払うと、さっきの焼き直しのように3匹は左側上方へと一斉に体を《空間移動》して躱した。

 俺はさっきと同じように反転加速して切り返した。2匹は下っ腹を切り裂かれて内蔵をはみ出しながら地面に落ちたが、1匹だけはさらに上方へ《空間移動》させて躱した。


「ほおっ!」


 多分、こいつが群れのボスなのだろう。能力が一段上のようだ。

 着地を決めたボスは唸りながら俺を睨みつける。仲間をやられて怒り狂いながらも、《場》を形成して攻撃の準備をしていた。


《場》で自分の体を包ようにしているようだが、方向性が見えないために何をしようとしているのか予測がつかない。

 俺はボスの《場》に干渉するために自分の体に《場》を纏わせた。


 ボスは地面を這うように猛ダッシュを掛けて突っ込んできた。予想を超えるスピードに驚いたが、それはまだ想定内だ。

 俺はハルバードを地面に突き立てるように差し出したが、ボスはそれを掻い潜って真っ直ぐに突き抜けた。


 俺の後ろに抜けたボスは正面にある山の斜面を蹴り、反転して俺の背中に襲いかかって来た。

 俺は振り返りながらハルバードを横薙ぎに振り払ったが、ここでボスは《場》を発動させて《空間移動》しながらハルバードを躱し、俺の喉笛に噛み付いてきた。


 まさか、山の斜面を使った反転と《空間移動》を使った二段階のフェイントを仕掛けてくるとは思わなかった。

 完全に意表を突かれる形となったが、《場》を乱すための準備をしておいたお陰で、かろうじてヒョウ柄狼のボスの軌道を僅かに逸らす事が出来た。


 俺は脚を加速させながら、擦れ違いざまにボスの尻尾を掴み取った。というか、咄嗟に手を出したら尻尾を掴んでいた。

 俺はボスの進む方向へ引っ張られて倒れそうになったが、力任せに尻尾を引っ張って地面に叩きつけた。


「ギャイーンっ!」


 俺もバランスを崩して倒れたが、ボスは変な態勢で体を打ちつけたので、息が出来なくなっていた。苦しそうに足掻くヒョウ柄狼のボス。

 俺は立ち上がって落としたハルバードを拾い、ボスの頭に突き立てて止めを刺した。


 どうにかヒョウ柄狼どもを撃退すると、男が抱きついてきた。


「#$%&%0%&’”0#$#&%0!!!」


 何を言っているか解らないが、興奮した様子から『助かった』とか『よく倒したな』とか、そんな事を言っているのだろう。

 オッサンに抱きつかれても全く嬉しくないのだが、俺を仲間だと思ってくれるようなので良しとしよう。


 さっきまで男の居た方を見るとヒョウ柄狼が1匹死んでいるので、無事に倒したようだ。

 よく見ると、その奥にはヒョウ柄狼に噛まれたのか、怪我をしている男が二人蹲っていた。成程、この男が感激しているのも分かる。本当にギリギリでやばかったんだな。


 俺は蹲っている男たちを指さして男に目で合図をした。

 男は頷いて「’%%$&’%%&$’」と叫びながら男たちの所に駆け寄っていった。医者か救護の人間でも呼ぶのだろう。


 俺は腹を引き裂いた5匹のヒョウ柄狼に目をやった。まだ生きてはいたが、殆ど虫の息だ。俺は無視して翼竜の方に目を向けた。



 翼竜はまだ馬車に攻撃を仕掛けていて、また一人谷に落とされた。

 いったい何人が犠牲になったのか、直接死ぬところを見てないので何とか耐えられるが、悲惨この上ない。


 俺は野球のボールほどの大きさの石を拾い、翼竜に向かって全力で投げた。

 翼竜はその図体に似合わない動きで、簡単に石を避けた。死角から意表をついたつもりだったが、全く通用しなかった。人間や肉食獣と違い、鳥や草食動物のように目が側面にあるので視界が広いのだろう。


 翼竜の動きを見る限り、羽ばたいて細かい動作を制御しているとは思えない。

 確か、地球に居たとされる翼竜は、羽ばたいて飛ぶというより滑空がメインで宙を移動する、みたいな解説があったように記憶している。


 しかし、この翼竜は空中を細かく移動したり、滑空の補助なしに羽ばたきで上昇したりしている。

 多分だが、《場》を形成する神経束が非常に発達しているか、神経束の補助となる器官を別に持っているのかもしれない。その能力を使って自由に飛び回っているのだろう。思っている以上に厄介な相手だ。


 馬車隊の人たちは翼竜に対して弓による攻撃を続けていたが、殆ど効果が見られない。5〜6本射って1本が僅かに刺されば良いという感じだ。

《場》による感覚で探りを入れてみると、俺がヒルや虫を避けるのと同じように、翼竜も《場》による空間の歪みを作っていた。ただ、その力は段違いに大きくて、矢の攻撃をほぼ無効化している。


 しかし、馬車へ攻撃を仕掛ける時はその《場》は無効化されて、鉤爪に集中している。馬車を破壊する時や、人間やバリケードのブロックを掴んで放棄するために使用している。そうしないと持ち上げられないのだろう。


 なので、その時だけ矢の攻撃が有効化している。

 といっても、羽毛の下にある頑丈な皮膚によってほとんど防がれていて、棘が刺さった程度にしか思っていないみたいだ。


 どうすれば有効打を与えられるのか?

 そもそも、弓や槍といった原始的な武器で倒せる相手なのか?

 20m近い羽を広げて馬車を攻撃する姿は、まるで怪獣映画を見ているようだ。

 ワンボックスカーとほぼ同じ大きさの馬車がミニチュアのように思える。


 とはいえ、羽がない胴体だけを見れば、サーベルタイガーよりも小柄で華奢だ。

 俺は一つの可能性を見出した。


 俺が作戦を考えている間に、翼竜の正面で槍を持って戦っていた最後の男が捕まり放り投げられた。

 そいつは運良く馬車の脇に落ちたが、気を失ったみたいだ。ついでに持っていた槍が馬車と馬車の間に落ちて転がった。


 翼竜は馬車をガードするバリケードの岩をどかし始めた。翼竜にとっては鬱陶しい槍使いがいなくなって目的に専念できるといったところか。

 弓使いは矢を射かけるが、かろうじて少し刺さるか弾き返される。棒から火を放つ者がいるが、それとて焼け石に水状態だ。

 棒が何の武器なのか少し気になったが、今は無視だ。


 俺は野球ボールほどの大きさの石を4つ拾い、内3つを翼竜に向けて順番に投げた。


「うおおおぉぉぉっっっ!!!」


 石を投げ終わると同時に雄叫びを上げて駆け出し、馬車の屋根に飛び乗って屋根伝いに翼竜に向けて走っていった。

 屋根に飛び乗った時、多くの者が馬車の影に隠れているのが見えた。

 弓を構える者、剣を持つ者、棒を持つ者、避難する者、多くの人間が驚いた顔で俺を見ていた。


 俺は直ぐに視線を翼竜に戻し、自分の投げた石に《念》を送った。

 1つ目の石は軌道を逸らされたが翼竜の《場》を若干乱し、2つ目の石は《場》を突破したが翼竜の動きによって避けられた。

 3つめの石は《場》の乱れた場所を通過しながら避けた翼竜を追尾した。石は当たったものの、殆ど勢いを消されていてあっさりと皮膚に弾かれた。


 俺は4つ目の石を投げて、《念》を載せてスライドさせながら3つ目の石と同じ軌道を飛ばした。それは勢いを殺さずに翼竜へと迫っていった。

 危険だと判断したのか、翼竜は羽ばたきながら自分の体を《空間移動》させて避けた。その時バランスを崩して落下しそうになったので、翼竜は翼を大きく羽ばたかせ空高く舞上がって行った。


 俺はハルバードを馬車の屋根に突き立てると、いったん馬車から飛び降りて男が落とした槍を拾った。その槍は一番単純な作りをした槍で、穂と柄だけで出来ていた。重さもハルバードに比べて半分ほどだ。


 俺は助走をつけ、渾身の力を振り絞りながら《念》で筋肉を加速して、舞い上がった翼竜に向けて拾った槍を投擲した。

 更に一番強力な《念》を送り、槍を加速させた。

 項の奥がズキンと痛み、ジーンと痺れる感覚が脊髄を貫いた。


 槍はグングンスピードを増して翼竜に迫って行った。

 しかし、飛びながら態勢を整えていた翼竜はあっさりと躱した。

 槍は躱されたが、それでもほぼ真上に向かって加速して飛び続けて、視界から消えた。


 上空まで飛び上がった翼竜は反転して再度急降下して迫ってきた。

 俺はポシェットからゴルフボール大の石を2つ取り出すと、降下する翼竜に向かって投げた。

 それと同時に俺は再び馬車の屋根の上に登り、ハルバードを掴むと、中央の馬車まで走ってそこで翼竜を待ち受けた。


「$% &$ $%’&%&$#&$#”#!!!」


 俺が中央の馬車の屋根の上に陣取ると、その脇に隠れていた頭毛の薄い中年の親父が何か怒鳴りつけてきた。

 何を言っているのか解らないので無視を決め込んだ。構ってる暇もない。


 俺の投げた2つの石は降下する翼竜によって軌道を変えられて左右に別れた。俺はその2つの石に《念》を送り、大きな円を描くように飛ばした。

 またしても項の奥に痛みが走るが、我慢して耐えた。


 間近まで迫ってきた翼竜は大きく羽を広げて減速し、巨大で凶悪な鉤爪を向けて来る。真正面の至近距離で羽を広げられると、改めてその大きさに驚き圧倒される。

 物凄い風圧と《プレッシャー》が襲い、体が吹き飛ばされそうになる。《プレッシャー》の強さはサーベルタイガーと互角といったところか。


 全身に鳥肌が立って身震いを起こすが、俺は気を強く持って足を踏ん張り、迫ってくる鉤爪をハルバードで受け止める。

 が、まともに受けては折れてしまうので、滑らせるようにいなしていく。


 いなす時に出来るだけ爪先が体に触れないようにずらすが、全力で対応してかろうじて躱している。

 力強く鋭い爪の先が顔をギリギリで掠めていく。恐怖で固まりそうになるが、必死に耐える。


 翼竜の左足を躱したと思ったら直ぐに右足の攻撃が来る。翼竜は空中で器用にホバリングをしながら左右の足で攻撃を仕掛けて来る。

 爪先が掠っただけでもごっそりと肉を抉られれので、何が何でも当たる訳にはいかない。俺は渾身の力を振り絞ってハルバードで翼竜の足を押し返す。


 翼竜のホバリング時間には限りがある、もう一度攻撃を仕掛けるために飛び上がるはずだ。

 翼竜の足が引いて、フッと圧力が弱くなる。


 ここが勝負どころだ!


 俺は翼竜の足に向かってハルバードで突きのラッシュをかける。細かな傷が翼竜の足に刻まれていく。

 翼竜の意識は十分に足元に向いている。


《場》を網のように広げて気配を探ると、さっき投げた2つの石が円を描いて戻って来ていた。それに《念》を送って左右から翼竜に当たるように仕向ける。

《場》を纏いながら左右から迫る石に翼竜が気付く。

 翼竜は飛び上がろうとするが、俺はハルバードを足に突き刺して動きを抑える。


 翼竜は《場》を展開して左右から迫る石の軌道を逸らそうとする。

 俺はそれを想定済みだ。2つの石は翼竜の目を欺くためのダミーだ。


 俺は石を操る《念》を解除して、そのままの勢いで飛ぶに任せる。

 そして、遥上空から落下してくる槍を確認する。この槍こそが攻撃の本命だ。


 足元のハルバードと左右から迫る石に意識を囚われて、翼竜は上空から落ちてくる槍に気付いていない。それは翼竜の《場》の気配からも解る。

 俺は落下して近付いてくる槍に《念》を送って軌道修正を加え、最後に更に加速させた。


 左右から飛んでくる石を羽で弾き飛ばした後に、翼竜はようやく槍の気配に気付いたようだが、時すでに遅かった。

 猛スピードで一直線に落下する槍は、翼竜の背中の真ん中に突き刺さり、そのまま体を突き抜けて下の山の斜面に潜り込んでいった。


「ゲェアアアアアァァァァッッッ!!!!」


 一瞬、翼竜の動きが止まり、次の瞬間断末魔の悲鳴を上げながら、槍が突き抜けた腹から血を吹き出した。

 己の死を悟った翼竜は、最後に物凄い憎しみの籠もった《プレッシャー》を放ちぶつけてきた。


 黒いモヤが全身から発ち上がり、俺の体を取り巻いてから消えていった。

 刹那、俺は暗く冷たい暗黒の世界に招かれたように感じて、絶望感に包まれた。


 翼竜は谷へとゆっくり落ちていったが、俺は全身をガタガタと震わせながら見送った。

 力が抜けて、腰が抜けたようにその場にへたりこんだ。


 少しの間そうしていると、俺のいる馬車の中からガタガタと物が揺れる音とぴーぴーと鳴き声が聞こえてきた。

 ああ、そうか…そういう事か…

 あの翼竜は、攫われた我が子を救いに来たんだな…

 それを俺は…



「「「「「 ワアァーーーーーっっっ!!!!! 」」」」」


 自分がした事の結果に驚いていると、歓声が沸き起こり俺を包み込んだ。

 多くの人たちが笑顔を弾ませながら、俺のいる所に走り寄ってくるのがぼんやりと見えた。


 さっき俺に怒鳴りつけてきた頭毛の薄い親父を中心に、何人かが呼びかけている。他の多くの者は腕を突き出して声を張り上げている。

 ああ、皆喜んでいるんだなと認識した。俺は他人事のように見ていた。


「#$%&’$()#()’#$#%&!!!」


 一人の若い女が俺のいる馬車の上に登ってきて、俺に抱きついた。何を言っているのか解らないが、興奮して喜んでいるのは確かだ。

 露出は多くないが、女の柔らかさが伝わってきて良い匂いが鼻孔を刺激した。


 俺は女を抱き締めた。


 女だ!女だ!女だ!


 女! 女!! 女!!!


 女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女!!!!!


 激しい戦いの後の性衝動が沸き起こる!

 焦がれて、求めて、欲して止まなかった女が腕の中に居る!

 溜まりに溜まっていた性欲が爆発した!!!


 俺は俺でなくなり、性欲の権化となって女を押し倒した。


「&$’$&!」


 女は驚いたみたいだが、俺は突き抜ける衝動のまま己の欲望に従った。


「%’#$%%’$%&%$&’$%#$!!!」


 女は何やら喚きながら抵抗して俺の背中を叩いてくる。

 だが、そんな事は俺の知ったこっちゃない。


「ヒィーーーーーーっっっ!!!!!」


 俺の記憶はここで途切れた。



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