第16話 文明を求めて
「リュジニィ、俺は出発するよ。
君と一緒に行けないのが残念だが、君と出会えたのは本当に嬉しかった。
君の事は決して忘れない。ありがとうリュジニィ。
…それと、君の事おかずにしてしまって本当にゴメン。
それじゃあ。」
俺はリュジニィの墓に花を添えて別れを告げた。
怪我も完全に癒えて、旅立ちの準備も整った。
タスマニアタイガーもどきの貫頭衣を着て、手にハルバードを持ち、腰には短剣を吊り下げている。腰紐にはポーチを付けて、中には投石用の石と指弾用の小石が入っている。
ナップザップにはナイフや水筒、蔓で作った紐と1日分の食材が入っており、寝る時の毛布代わりになる毛皮が括り付けてある。
準備は万端だ。
ゴブリンの住処だった洞窟は、一つの拠点として入口を閉じてきた。もし戻って来る事があった時には、また使えるようにしてある。
長槍と2本のロングソードはそのまま置いてきた。戻った時に必要になるかもしれないし、誰か他の人間が見つけて使うのもいいだろう。
ゴブリンがまた居つかない事を祈るだけだ。
俺は湖の脇にそびえる山脈を目指す事にした。
目覚めた研究所のような所から、大雑把に川を下るようにこの湖まで来たが、結局人間の住む場所は見つけられなかった。
でも、リュジニィや他の人間が連れて来られたのなら、そんなに遠くない所に人の住む所か行き来のある所があるはずだ。
山の頂上まで行けば遥か遠くまで見渡せるだろうし、もしかしたら山の向こう側に人間が住む街や村があるかもしれない。
希望的観測だが、少しでも可能性があるならチャレンジするしかない。
山脈まではかなりの距離があり、霞んで青みがかって見える。長野県や山梨県から見た日本アルプスによく似ていると感じる。
冠雪は無いので、極端に高い山という訳でもないようだ。標高は2000から3000mくらいだろうか。今の装備でも大丈夫だとは思うが、場合によっては防寒用の毛皮の調達も必要かもしれない。
ここからなら3〜4日の距離だと思う。
出発しようと山脈の方を向いた時だった。遥か彼方から黒い物体が飛んでくるのが見えた。それはみるみる近づいて来て、鳥の形をしているのが分かった。しかも降下しながら俺に接近してくるように見えた。
咄嗟に岩陰に隠れたが、俺の頭上を通過した時その姿に唖然とした。
それは恐竜図鑑などによく載っている、プテラノドンとか翼竜とかいわれる空を飛ぶ古代の生き物にそっくりだった。
対比物が無いのではっきりした大きさは分からないが、多分、翼の全長は20m以上はあるように思う。この世界にはこんなものまで居るのかとひたすら驚いた。
地球にかつて居たとされるものは翼の全長は最大で10m前後だと思ったので、その倍近くあるようだ。
翼竜の狙いは俺ではなく、湖で跳ね上がる魚だった。
湖面すれすれに飛んで、魚が飛び跳ねた瞬間に鉤爪のような足で捕まえて飛び去って行った。捕まえた魚も1m前後はある大物だ。
もしあんなのに狙われたら堪ったもんじゃない。俺は翼竜の飛んできた山脈を見て、本当に向かって良いのかとビビってしまった。
しかし、行かないという選択肢は無い。
多分、どの方向に進んでも危険な事に変わりはないだろう。なら、少しでも人間の住む所が見つかる可能性の高い方を選ぶべきだ。
俺は大きく息を吐きだし、決意を新たにすると山脈へ向けて歩き出した。
森に入り先へと進む。
早速ヒルや蜂といった鬱陶しい虫たちが近付いてくるが、より強力になった俺の《念動力》はそれらを寄せ付けずに追い払った。
新しい靴はよく足に馴染んで力強く歩を進めた。
これで獣たちが襲いかかって来なければ順調に進めるのだが、やはりそういう訳にはいかないようだ。
少し前から俺の動向を伺っている動物がいるが、4匹程の小さな群れで確実に距離を詰めて来ている。
出来るなら戦いを避けたかったが、俺の数十m先を巨大な蟻の群れが列をなして歩いていて、前進を阻まれてしまった。
蟻は1匹が30cm程あり、黒光りする姿はまるでゴキブリを連想させて気持ち悪い。この世界は昆虫も大きいのでとても危険だし、精神衛生上もよろしくない。この巨大な蟻たちに自分が群がられると想像するだけで吐きそうになった。
俺は樹に登って枝を伝い、蟻の行列を超えてから着地した。
蟻は俺に対して特に何かをする事なく行列を続けている。そのまま様子を窺っていると、俺を追いかけてきた4匹の動物が立ち往生して姿を現した。
それは赤毛の狐だった。
姿は北キツネにそっくりだが、大きさが大型犬ほどあり、群れをなしている事から、狼に近いのかもしれないと思った。
昔、北海道の山中で実際に北キツネに何度か遭遇したが、猫よりも少し大きい程度でいずれも単独で行動していた。その狐は俺に気付くと直ぐに逃げていったが、こっちの狐は俺を襲う気満々のようだ。
本当に嫌な世界だ。
暫く蟻の行列の前で立ち往生していた北キツネもどきだが、どうやら俺を諦めはしないようだ。俺を睨みつけると一斉にジャンプして蟻を飛び越えようとした。
それは俺が狙っていたチャンスだ。
俺は小石を3つ同時に投げた。勢いをそれほど付けずに、《念》を込めて当てる事に集中した。
4匹の北キツネもどきが蟻の頭上に差し掛かった時、右から順に3匹の頭部に小石が当たり、バランスを崩して蟻の行列の上に落ちた。
ゆっくりと歩いていた蟻は驚く速さで動いて3匹の北キツネもどきに群がった。
あっという間に姿が見えなくなる程に蟻に群られた北キツネもどきは、蟻に噛まれて断末魔の悲鳴をあげた。多分、蟻の持つ毒、蟻酸に全身を冒されているのだろう。動けなくなった3匹の北キツネもどきは、そのまま神輿のように蟻の群れに運ばれていった。
成す術なく仲間の様子を見ていた残りの北キツネもどきに、俺はハルバードのハンマー部分で頭を殴った。
北キツネもどきの頭部は陥没して即死した。黒いモヤが現れてから消えた。
北キツネもどきが死ぬと、蟻はこちらに猛スピードで向かって来たので、俺は慌てて距離を取った。
最後の1匹も運ばれて行き、蟻たちは何事もなかったかのように行進を続けた。
まさしく数は力だ。俺は蟻たちを見送りながら合掌した。
出来る事なら4匹同時に攻撃したかったが、今の俺には3つを同時に狙いをつけるのが限界だ。何度練習しても4つ目は《念》が乗らずに真っ直ぐ飛ぶだけだった。これは今後の課題として練習を積むしかないようだ。
一方、ハルバードの威力は中々のもので、この程度の獣なら一撃で殺せると確認できた。強度も申し分なく俺のパワーに十分に応えてくれる。
あのホブゴブリン戦を経て、俺の戦闘力は格段に上がったような気がする。
命がけの修羅場を乗り越えた事で、戦いに慣れたというか命の奪い合いに必要以上に緊張しなくなったと感じる。
勿論、戦いは怖いし生き物を殺す事に抵抗が無い訳ではないけど、ある種の割り切りが出来た気がする。無駄な力が入らなくなったので、この体の本来の力を大分引き出せているような気がする。
ようするに、俺はこの弱肉強食の世界に染まってきたのだろう。日本にいた時の倫理観のままでは生きてはいけないのだ。
戦闘力が上がったのは良い事だと思うが、それと並行するように性欲も上昇している。特に戦った後は抑えきれないほどの性衝動に駆られてしまう。女を抱きたくてしょうがなくなり、気が狂いそうになる程だ。
これは一体なんなのか?
単に若いというだけではない理由があるような気がする。何かこの体に関する秘密がありそうだが、考えて解るものでもない。
止むを得ず、俺は木陰に身を隠した。
フウ〜…
出した後はほんの少しの間だけ治まるが、また直ぐにウズウズし始める。こんな事で、俺は人間の住む場所を見つけたとして、まともに生きていけるのだろうか?
女を見た時に正気でいられるのか、余計な不安が悩みの種になりつつあった。
☆ ☆ ☆
俺は獣と戦い、性欲と戦いながら森の中を進んだ。
幾つかの小さな尾根と谷を越えて、森はより深さを増していった。
樹の生える密度が濃くなり、他の樹のスペースを奪い合うように並び合って生えたり絡み合うように生えたりしている。スペースの奪い合いに負けた樹は、幹が裂けたり枯れたりしていて、植物でさえも厳しい生存競争を行っていた。
また、濃い森の空気は動物たちにも影響を及ぼすのか、明らかに襲ってくる獣の種類も違って来ていた。
今、俺は狼の群れと戦っている。
足が速く、大きさが虎並みにあって真っ黒いフサフサした毛が全身を覆っている。しかも、リーダーと思われる個体は1つの体に2つの頭部を持つ双頭の狼だ。
最初この狼を見た時に、ギリシャ神話に登場するオルトロスかと思い、いよいよファンタジー色が濃くなったのかと思った。
しかし、尻尾が蛇ではなくキメラ的要素が無いので、単なる結合双生児みたいだ。多分、母親のお腹の中にいる時に2匹の体が結合してしまったのだろう。地球でも同じようなケースが人間にも動物にも時折見られる。
この双頭狼の厄介な所は見た目ではなく、項が2つある事だ。
つまり、こいつは1匹で2匹分の《念動力》や《空間移動》を行うのだ。
あのホブゴブリンでも使えなかった攻撃と防御の
なんとなくだが、獣の強さのレベルが上がったような気がする。ゲームで言うなら、ステージをクリアした後に次のステージを迎えたというところだろうか。
まったく、冗談じゃないぞ。次から次へと強い敵が出てくるなんて、俺はマンガの主人公じゃないんだぞ!
あれ、マンガの主人公…?
もしかして俺は神様にでも弄ばれてるのか?
神様が死んだ俺に若い体を与えてこの世界での状況を見て楽しんでいるとか…
イヤイヤイヤ、そんな事ある訳がない。
神様がいるなんて信じたくないが、仮にいるとしてもこんな事をするほど暇じゃないはず…そう思いたい。
大分考え方がファンタジー的になってきているような気がする。
俺は馬鹿な考えを打ち消して戦いに集中する。
「「「 ギャインッッッ!!! 」」」
狼どもは俺を取り囲もうとしていたので、後方に回り込んだ3匹を投石で排除して退路を開いた。俺は全速力で狼の群れを突っ切り、戦いに有利な場所を求めて走った。
樹々の密集する森は奴らのテリトリーだ。器用に樹の幹を使って方向転換をする狼どもの攻撃は、変幻自在で何処から攻撃してくるか殆ど予測が出来ない。取り囲まれたら死角から攻撃を受けるので、それだけは避けたかった。
追ってくる狼に対して投石するが、奴らは構わず突っ込んでくる。
リーダーの双頭狼が後方から投石の軌道を逸らすように《念動力》を発揮するので、当たる直前で石は狙いを外して飛んでいく。
双頭狼は頭が良く、一度見ただけで俺の投石による攻撃を見切ったらしい。配下の狼どももリーダーに絶対の信頼を置いているようで、飛んでくる石を恐れずに走っている。厄介この上ない相手だ。
追いかけっこがしばらく続き、何度となく追い付かれて噛みつかれそうになる。その都度ハルバードで撃退するが、追い詰められているのは確かだ。
幸いなのは、樹々が密集しているために襲いかかってくる狼が1匹か2匹しかいない事だ。先頭の狼を倒すと後ろが仕えるので距離を取れる。その繰り返しでなんとか凌いでいる。
しかし、それも終わりだ。突然森が途絶えると、目の前には大地の裂け目が現れた。裂け目の幅は20m以上あって向こう側へは行けそうもない。
いや、《念》を乗せて筋肉を加速すればジャンプして届くかもしれない。
しかし、それは狼にも当てはまるので、また追いかけっこが続くだけだ。
俺はここで狼どもと戦う決意をした。
裂け目には何箇所か突き出た岩があり、そこに陣取れば退路はないが、囲まれて襲われる事もない。
そこから裂け目を覗くと100m以上の柱状節理による切り立った崖になっている。底は川になっているようだが、落ちればまず助からない。まさしく背水の陣だ。
そういえば、北海道の層雲峡や宮崎県の馬ヶ背もこんな感じの場所だったなと、ふと思った。
狼どもは俺を追い詰めたと思ったのだろう。崖から突き出た細い岩の上に立つ俺を取り囲むように陣取った。
勝ち誇ったように1匹、また1匹と襲いかかって来る。俺のいる細く突き出た岩の上に来るには1匹ずつしか通れない。なので、群れが何匹いようが1匹ずつを相手にするならどうという事はない。
確かに、俺も細くて狭い岩の上で戦うのは足場が悪くて大変だが、前方にだけ注意を払えばいいので、何匹もいっぺんに相手にするよりはずっと楽だ。
俺はハルバードを使い、刺したり切ったり叩いたりしながら狼に怪我を負わせてから次々と崖下へ落とした。
「「「「「 キャウウゥゥゥンンン……… 」」」」」
狼はドップラー効果を伴った悲鳴を上げて、100m以上の谷底へと落ちていった。《念動力》や《空間移動》が使えるといっても、さすがに自分の体を浮き上がらせる事は出来ないようだ。
7匹がやられてから狼の攻撃は止まった。
ここでようやく俺を追い詰めたのではなく、俺に誘い込まれたのだと気付いたのだろう。狼どもは憎々しげに俺を睨みつける。特にリーダーの双頭狼は物凄い殺気を放ち、《プレッシャー》をかけてくる。
かなりの重圧だが、それなりの耐性ができた俺には通用しない。
さて、残った狼の数は8匹だ。次はどうやって攻めてくる?
出来ればもっと減らしてから強行突破したかったが、この数では無理がある。狼どもは攻め手を失い、ただ睨みながら俺を遠巻きに取り囲んでいる。
この戦い方の一番の弱点は持久戦に持ち込まれる事だ。ここから移動できない俺は、狼どもの数が減るか、それとも諦めて撤退するまで居座るしかない。
が、いくら頭が良いといっても、獣である狼に持久戦が出来るとは思えない。
案の定、痺れを切らせた狼どもは纏まりが無くなりウロウロし始めた。特にリーダーの双頭狼が一番イライラしているようだ。今まで獲物を仕留めるのにこんなに被害を出した事が無いのだろう。あからさまに動揺が見て取れる。
その様子を気遣うように寄り添う1匹の狼がいる。リーダーを落ち着かせるためなのか時折体を擦り付けたりしている。どうやら、その個体は双頭狼のつがいらしい。
地球の狼の場合、一つのつがいをリーダーにして群れを成している事が多い、と何かの本で読んだ。
狼は基本的に一夫一妻制で、生殖行為を行うのもそのつがいだけだ。中々に情の深い動物だ。その様子を見るかぎり、この世界の狼も同様の習性を持つようだ。
その2匹が俺から目線を切ってコミュニケーションを取る仕草をした。
その瞬間を逃さずに、俺は素早く3つの石を投じた。
一つは狙い通りに雌の頭を砕いた。
が、双頭狼は感がいいのか、瞬時に移動して躱そうとした。左側の頭は石を躱したが、右側の頭は右目を抉るように掠めた。
「!」「キャンっ!」
死んだつがいの雌を気遣う左側の頭と、痛みに苦しむ右側の頭とで、体への命令が混乱をきたしたようだ。双頭狼は跳ねたり座ったりしながら左右に移動したりと、見るからに不自然な動きをした。
俺はこのチャンスを活かして更に投石を続けた。今なら双頭狼も投石を躱すための《念動力》は使えないはずだ。
しかし、1匹の狼が双頭狼の前に出て体を張って石を受け止めた。
「なにぃっ!!!」
これにはビックリだ。
石を受け止めた狼は即死したが、まさか狼がそこまでするとは思いもしなかった。
熱い奴だ。お前が人間だったら一緒に酒を飲みたかったぜ。
信じがたい狼の行動に感動して思わず攻撃の手を止めてしまったが、その間に双頭狼は態勢を立て直した。
つがいを殺されたせいもあって、怒りに燃える双頭狼は遠吠えを上げてから、物凄い《プレッシャー》を放ちながら突っ込んできた。同時に残りの狼も取り囲んでいた位置からジャンプして襲いかかってきた。
まさに捨て身の攻撃だ。俺に躱されたらそのまま谷底へ落ちてしまうというのに、そんな事は意に介していないようだ。
お前ら熱すぎるだろう!
俺は最初に突っ込んできた双頭狼の攻撃を、ハルバードを横薙ぎに払って横へ弾き飛ばした。
次に真上にジャンプする事で、俺を取り囲むように襲いかかってきた狼の攻撃を避けた。
狼どもはそれぞれ《空間移動》をして俺に追いつこうとしたが、その《場》を乱しながらの俺の垂直に飛ぶジャンプ力が勝り、攻撃は空を切った。
着地場所のない狼たちは、敢なくそのまま谷底へ落ちていった。
「「「「「 キャウゥゥ~~~ンンン…………… 」」」」」
俺はジャンプした元の岩の上に着地すると、直ぐにその場を後にして安全な広い岩場に戻った。
戦いが終わってやれやれと思いながら谷底を覗き込むと、弾き飛ばした双頭狼が垂直の崖を跳ねながら登って来ていた。
これには又もやびっくりだ。
柱状節理の崖は突起物が殆ど無くて、綺麗に形成されたような断面の連続だが、双頭狼は普通に地面を走るように崖を登ってくる。
どうやら《空間移動》を連続的に使用して、自分の体を崖に押し付けるようにしながら走っているのだろう。《念動石》を2つ持っているが故に出来る技だ。
とんでもない奴だ。
崖を登りきった双頭狼は、俺の前に立って憎しみの籠もった《プレッシャー》をぶつけてくる。つがいを殺し、群れを全滅させた俺が憎くて堪らないのだろう。その3つの視線だけで全てを射殺ろせそうだ。
俺もリュジニィが死んだ時、ゴブリンへの憎しみで爆発しそうだった。気持ちは理解できる。
元々そうだが、お互いに引けないので、どちらかが死ぬまで戦うしかないな。
ハルバードを構えてから、俺は大きく息を吐きだした。熱いのは嫌いではないが、俺のキャラじゃないし、勢いのまま行動しても碌な結果を生み出さない。
さっきの狼どもの行動を見ても判るように、見境なしの行動は自滅を呼び寄せるだけだ。
この双頭狼も我を忘れて熱り立っているが、崖を登るのに《念動力》を殆ど使い切ったのだろう、項からの激痛で苦しそうなのが見て取れる。
もっとも、自滅しようとも俺を巻き込んで死ねるなら本望、というのが透けて見えて嫌だ。
俺はお前と一緒に死ぬ気は毛頭ないからな。
しばらく睨み合いが続いた後、双頭狼は大地に響き渡るような低い声で唸り、態勢を低くすると勢いよくジャンプした。
俺に向かって飛びかかって来るかと思ったが、俺から離れた右の方へと飛んだ。
一瞬俺は虚をつかれ、どうしていいのか判らなかった。
今までなら《場》の動きで相手の行動を予測できたが、こいつは出来なかった。おそらくだが、片方が《場》に干渉されないように何かしらのジャミングをしているのかも知れなかった。
双頭狼は空手の三角跳びのような技を空中で行い、真横から飛びかかってきた。
完全に意表を突かれた俺は双頭狼に懐に入り込まれてしまった。
左側の頭が一直線に俺の喉元に噛み付いてきたが、咄嗟にハルバードを手放して左腕で喉をガードした。上手い具合に腕輪が牙を防いでくれた。
しかし、双頭狼にはもう一つの頭がある。そっちに注意を向けると、そいつはぐったりして嘔吐していた。
どうやら、右側の頭の奴が空中で方向転換するのに《空間移動》を駆使したようで、最後の力を振り絞ったらしい。
お陰で俺も双頭狼もゲロまみれになってしまった。
だが、右側の頭からの攻撃が無いのは幸いだ。俺は左側の奴だけに集中すればいい。
左側の奴は腕を噛み千切れないと分かると、前足の爪を使って引っ掻いてきた。
俺は咄嗟に双頭狼を引き離しながら腰の短剣を抜いて左前足を切り落とした。
「ギャインっ!」
「ぐあぁっ!」
離れ際の爪の攻撃に、俺の二の腕が深く抉られた。
くそっ、これだから格闘戦は嫌いだ。
お互いに傷を負ったが、まだ戦いが終わった訳ではない。俺は直ぐに短剣をしまうと地面に落ちたハルバードを拾って再び構えた。
双頭狼は失った左前足を庇いながら三足で立っている。
互いに距離を取って睨み合った。
痛みのためか、ぐったりしていた右側の頭も意識を取り戻したようだ。しかし、やはり頭痛が酷いのか、相当苦しそうにしている。
もう少しだ。
もう少しで奴を倒せる。
俺も苦しいが、奴はもっと苦しいはずだ。
俺は自分を鼓舞するように言い聞かせる。
二の腕の傷が思った以上に深くて出血が多い。時折意識が飛びかける。
俺は力を振り絞ってハルバードでラッシュをかける。左前足を失った双頭狼は激しい動きができず、俺の連続突きを躱す事は出来ないはずだ。
しかし、双頭狼は躱してみせた。
突きによる穂先の方向を《念動力》で尽くずらしていく。
躱すだけで精一杯のようだが、2つの《念動石》を使い、片方は体の筋肉を加速させて動きを早め、もう片方は方先の向きを変えるように分業しているらしい。
見事なコンビネーションだ。
俺も筋肉を加速させてハルバードの動きを早めるが、二の腕に傷みが走ってさほどスピードが上がらない。
こうなれば我慢比べだ。
俺は攻撃を繰り返し、双頭狼は避け続ける。
そんなやり取りをどのくらい続けたのだろうか?
ずっと永く続いたようにも、短かったようにも感じる。
先に力尽きたのは双頭狼の方だった。
やはり垂直の崖登りが祟ったのだろう。2つの頭が一斉に血反吐を吐いて倒れた。苦しそうに白目を剥き、全身をビクビク震わせてのたうっている。
俺の攻撃を最後まで避け続けたが、待っていたのは自滅による敗北だった。
俺は止めを刺すために2つの頭にハルバードを突き立てた。
双頭狼の動きが止まり、ようやくこの戦いに決着がついた。
やはり黒いモヤのようなものが2つ現れてから消えていった。
俺はホッとして一息ついたが、まだ休息は出来ない。
二の腕の傷の上を縛り止血してから水筒の水をかけて傷口を洗った。大きめの葉っぱを充てがってから、包帯を巻く感じで蔦を巻いていった。
応急処置を終えた俺は、双頭狼の項を切り裂き2つの念動石を手に入れた。
どちらも鮮やかなグリーンで、ホブゴブリンの物に比べて色合いがはっきりしている。やはり、《念動力》の発揮するパワーに色合いは関係するような気がする。
俺は双頭狼とつがいの狼、それと体を盾にして庇った狼の死体に黙とうを捧げると、その骸を谷底へと落とした。
敵とはいえ、ここまで死闘を繰り返した相手なので、むざむざ他の動物に死骸を食われるのが嫌な感じがした。なので、少しは敬意を払いたいと思った。
もっとも、谷底でどんな扱いが待っているのかは分からない…けどな。
なんにせよ疲れた。
まだ日は高いが、もう今日は移動する気力も残っていない。
寝床となる場所を探して体を休めたかった。
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