第12話 VSホブゴブリン

 俺は救出した女性と共にホブゴブリンに追われて、戦わざるを得なくなった。なんとか戦いやすい場所まで誘導できたが、実力に於いてはホブゴブリンが圧倒的だと思われる。


 剣を持って迫ってくるホブゴブリンに、俺は先制攻撃として数発の指弾を放ちつつ投石した。あくまで指弾は囮で投石が本命だ。

 目視だけで行動するなら、殆ど月の明かりが届かない森の中で飛んでくる石を避けるのは難しいはずだ。


 しかし、奴の目がキラリと光ると、いとも簡単に《念動力》で指弾を躱し、飛んでくる石の軌道を逸した。

 奴は走るスピードを緩める事なく、俺の居る場所へと突っ込んできた。どうやら奴も夜目が効くらしい。


 さすがはこの森にテリトリーを構える覇者といったところか、散々この森の獣たちと戦って鍛えてきたのだろう。体は小さいが、盛り上がった筋肉で作られた腕や脚は丸太のように太い。


 奴は突っ込んできた勢いのままに剣を大きく振って上段から切りかかってきた。

《念動力》で加速しているのか、それとも腕力が強力なせいなのかは分からないが、剣先のスピードが異常に早くて見切るのは困難だ。

 構えが大きかったので大体の剣先の軌道が予測できて躱せたが、それでもギリギリ紙一重だ。


 奴の振り下ろした剣は勢いそのままに地面に深々とめり込んだ。力まかせに剣を引っこ抜くと、再び大上段に構えて切りかかってきた。

 こいつはやっぱりゴブリンだ。

《念動力》が使えて腕力も凄く強いが、知能が低くてオツムは圧倒的に弱い!


 最初は剣を持っているのでマジでやばいと思ったが、奴は剣技も何もない。ただ単にグリップが手に馴染んで持ち易いから剣を握っているだけで、馬鹿の一つ覚えに上段からの攻撃しかしてこない。


 多分、奴は力が強すぎて木や石で出来た棍棒や槍は、直ぐに柄が折れて使い物にならないのだろう。地面にめり込んだ剣の使い方を見るだけでそれが解る。

 上段からの攻撃も、多分だが、相手をした剣士が背の低いゴブリンに対して上背を活かして上段からの攻撃を仕掛けていたのを見て、剣はこういう風に使うものだと思い込んだのだろう。応用力といったものがまるで無い。


 それでも剣のスピードは異常なまでに速いので、少しでも掠れば肉がズタズタに切り裂かれるだろう。

 当然、剣の手入れなんかしてないので錆だらけで刃の鋭さは全く無い。ある意味、切れ味鋭い刀で切られるより怖いと感じる。

 かろうじて躱しているものの、見切りを間違えればそれで終わりだ。


 俺は奴の攻撃を躱しながら指弾を打ち込む。剣を躱すのに精一杯で、それ位しか反撃できない。

 しかし、それで解った事がある。


 奴は攻撃をする時には《念動力》で俺の攻撃を躱せないようだ。攻撃に意識が向いていると、防御のための《念動力》を使えないらしい。やはり知能の低さがここにも表れている。


 指弾は威力としては大した事ないが、バチバチと顔に当てられるので、目に見えて苛立っていた。


「があああああっっっ!!!」


 奴は大声で吠えながら、更にモーションを大きくして剣を振るう。

 俺は攻撃を躱しつつ、ジリジリと後退して奴を誘導していく。

 奴にはもう俺しか見えておらず、周りを見る余裕が無くなっていた。


 そして、上手い具合に奴は罠に嵌った。

 奴が踏み込んで剣を振り下ろすタイミングで、俺は倒れて隣の樹に寄りかかる樹の下に潜り込んだ。

 奴の剣は樹に切り掛かって思い切りめり込んだ。


 慌てて抜こうとしたが、奴の力が強すぎたのと、錆びた剣が脆くなっていたのが合わさって剣はボキリと折れた。

 奴は一瞬驚いた後に、怒って剣の柄を投げつけてきた。


 俺は柄を躱して一瞬の隙きを突き、奴の脇腹に渾身の力で棍棒を叩き込んだ。

 脇腹に食い込んだ棍棒は肋骨を砕く感触を伝えながら、奴の体を吹き飛ばした。奴は地面の上を滑りながら転がって樹に体を打ちつけた。


 かなりの衝撃だったはずだが、さすがというべきか、筋肉の鎧は伊達ではなく、よろけながらも奴は立ち上がった。

 死にはしないと思ったが、まさか直ぐに立ち上がるとは思わなかったので、正直驚いた。


 今の感触なら肺が潰れたか破れたかしたはずだが、奴の頑丈さは脅威だ。今の衝撃で俺の棍棒がボッキリと折れてしまった。

 この世界の生き物は地球の生き物に比べても、かなり頑丈に出来ているというか、手負いになっても戦いを続けようとするのが不気味だ。


 逃げようという考えは無いのだろうか?

 やはりファンタジー世界の生き物だからなのか?


 まあいい、奴は確実にダメージを負った。しかも、奴は素手になったが、俺にはまだ鞭と石がある。俺はふらつく奴に近づき至近距離から石を投げた。

 が、当たる直前に奴の目が光り、石は軌道を変えて奴の後方へと飛んでいった。


 やはり奴の《念動力》は強力だ。猪もどきが躱せなかった至近距離での投石をあっさりと躱してみせた。

 今までは体躯がでかいほど《念動力》は強力だと思ったが、そうでもないようだ。ゴブリンには多少の知能や知性があるので、それが影響しているのだろうか?


「グゴオオオオォォォッッッ!!!」


 奴の動きが止まって、ボディビルダーのように全身に力を蓄えるようなポーズを取って雄叫びを上げた。

 瞳の色が変わった感じがして、ほんの一瞬だが、全身からモヤのような淡い光を発したように見えた。


 なんだ?


 その直後、奴は物凄いスピードで突っ込んできた。

 俺は対処ができず、こいつのタックルをまともに受けてぶっ飛び、後ろの樹に体を打ちつけた。


 ゴフッッッ!!!


 多分、この衝撃で肋骨が何本か折れたような気がする。強烈な痛みが全身に走った。

 だが、そのお陰で気を失わなくて済んだ。目の前で火花が飛んだようにチカチカして意識が飛びかけたが、何とか持ちこたえた。


 奴は間髪を入れずに突っ込んできたが、俺は咄嗟に鞭を振って反撃した。

 無理な体勢からの鞭だったのでスピードも威力も大した事はないが、空気を裂くパーンという破裂音が鳴った。


 すると、ホブゴブリンは一瞬体を硬直させたが、その後瞬時に横にスライドした。ギリギリで鞭の攻撃を免れたが、躱したというより運良く避ける事が出来たという感じだ。


 奴は驚いたように俺の手にある鞭を見つめていた。

 その様子から、奴がワニもどきを知っているのは明らかだ。


 しかし、それよりも奴が横にスライドした時、一瞬だけ磁場のようなものが見えたというか感じたような気がした。

 俺はそれがとても気になった。


 なんだ今のは?


 さっき奴の体から発したモヤのような光が、今度は磁石に砂鉄を近づけた時のような模様に変化するのが見えたというか感じる。

 奴を取り巻く空間が、何かしらの《場》を形成しているように感じる。


 なんだこれは?


 不思議な感覚だった。

 元々の高梨の体の時には感じた事の無い感覚だ。

 殺気のような気というか雰囲気とはまた別のように感じる。

 項の奥が疼いて痒みが走る。


 もしかして、《念動力》を認識する感覚なのか?


 俺は立ち上がって鞭を振り回し、ソニックブームの破裂音を響かせて奴を威嚇する。

 多分、奴はあのワニもどきの尻尾で痛い目にあった事があるのだろう。あからさまに警戒して近づいて来ようとしない。

 さすがに音速を超える鞭のスピードは、《念動力》で加速した動きよりも速いので躱すのは容易ではないだろう。


 暫く睨み合いの膠着状態が続いた。

 お互いに肋骨を折っているので、次にダメージを負ったほうが致命的となるだろう。


 俺は項の奥に意識を集中して感覚の正体を探ろうとした。

 意識を研ぎ澄ませていくと、なんていうか、この星の磁場と俺とホブゴブリンの発する磁場のようなものが干渉しあっているのが理解できる。


 耳を澄ませた時に遠くの音の正体が解る感じ、匂いを嗅いだ時に微妙な違いを嗅ぎ分ける感じ、物を触った時に質感の違いを知る感じ、そんな感じで自分とそれを取り巻く《場》の感覚の違いが理解できるのだ。


 今、奴は何かを仕掛けようとしている。

 奴の周りの《場》が変化して、エネルギーのようなものが圧縮していく感覚が伝わってくる。

 物凄い勢いで空間が捻じ曲げられるような力が密集していく。

 ほんの一瞬、奴の左側の密度が爆発するように開放された。


 奴の体が残像を残して左側にぶれた。

 俺は自分の感覚に従って鞭を振るった。


 パーーーーン!!!


 空気が破裂する音が響き、俺の斜め上空で鞭の先端が奴の足を捉えた。


「ギャーーーッッッ!!!」


 奴は足の甲が大きく裂けて体勢を崩し、そのまま地面に落下した。

 痛みのために地面を転げ回る。


 間一髪だった。

 奴は左斜上空から回り込むように空中を高速移動して接近し、攻撃を加えようとしていたのだ。

 俺が自分の感覚を信じて鞭を振るわなければ、今頃は俺の死体が転がっていたかもしれない。奴のスピードに対抗できる鞭を持っていなかったらアウトだった。


 だが、まだ戦いが終わった訳ではない。

 地面を転げ回っていた奴は直ぐに体勢を立て直すと、戦う姿勢を示した。

 本当にこの世界の獣というか動物は厄介だ。一旦戦いを始めると、死ぬまで戦う事を止めない。


 何なんだいったい!

 まるで自己防衛本能を上回るように、そうプログラミングされているとさえ感じてしまう。ファンタジー世界の獣というよりホラーに近い。


 俺は鞭で威嚇しつつ前に出て奴を倒しにかかろうとした。

 接近戦が不利だと思ったのか、奴は飛ぶように後方に下がった。

 そして、身の回りに落ちている木の枝や小石を投げつけてきた。


 一見大した事がないように思えるが、物凄いスピードでカーブしながら飛んでくるので、見切るのが難しく躱すのに苦労する。

 やはり自分の体を空中で移動出来るだけあって、軽い物のカーブは曲がり方が凄くて、殆ど真上や真横から飛んでくる物もあった。


 救いだったのは、単発で飛んでくるだけで、複数で飛んで来なかった事だ。とはいえ、間髪を置かずに飛んでくるので、反撃のチャンスは中々巡ってこない。


 俺は飛んでくる枝や小石を避けながら、それらの動きをじっくりと観察した。目ではなく感覚で動きを探ろうとすると、やはり《場》の変化が感じられる。

 奴が物を投げる時に、どこで曲げるのかをある程度決めているようで、あらかじめ物が飛ぶ軌道を描いているようだ。もっとも、それは無意識で行っているようだが。

 おかげで、集中していれば軌道を先読みできた。


 奴が小石を投げた時、俺は曲がる場所に鞭を振るった。

 小さな石なので、ただ振るだけでなく、当たるように《念》じて鞭をしならせた。

 しかし、猛スピードで飛ぶ小石を捉えるのは難しく、鞭の先端は小石のわずか手前を通過したようだ。

 鞭が空振りしたので、小石が俺に当たると思ったが、小石はギリギリ俺を避けて後方へ飛んでいった。


 俺はホッとすると同時に、《念》を乗せていたのが良かったと理解した。

 さすがに鞭の先端の動きは見切れなかったが、《場》が干渉し合ったのを感じた。


 小石を曲げようと奴が作った《場》と、俺の《念》を乗せた鞭の動き、つまり俺の作った《場》が干渉し合い、空間が乱れたのだ。そのために小石は本来の軌道を逸れて飛んでいった。


 思えば、最初に奴の投げた石斧をギリギリで躱せたのも、奴が作った《場》を俺の《念》で乱す事が出来たからだ。

 落ちてくるヒルや飛んでくる蜂を避ける事が出来たのも、《場》によって空間を乱したからだ。


《場》とは、空間や物体に影響を与える力そのものだ。

《念》とは、意識が作り出す《場》なのだ。


 つまり、《念動力》とは意識によって空間や物体に影響を与える力に他ならない。


 何をいまさらと思うが、知識として知っているのと実際の感覚として認識するのでは大違いだ。

 F 1の知識があるからといって、フォーミュラーカーを実際にレースで運転出来るかというとそんな事はない。

 知識と実践の間には埋められない溝がある。ましてや、俺のいた世界では《念動力》なんて空想の力だったのだ。


《場》と《念》の概念を実感として理解した俺は、《念》を乗せた鞭を使って奴の投げる枝や小石の軌道を変化させる。

 投げた物が変化する前でも、奴が描いた軌道上に干渉する事で、避ける事も出来た。


 奴の投げる物の軌道を次々と潰しながら、俺は鞭を振るって前へ前へと出ていった。奴は焦りながらジリジリと後退したが、枝の絡み合った樹が退路を絶っていた。しかも、ついに投げるものが周りに無くなってしまった。


 俺はこのチャンスに一気に前に出て鞭を振るった。

 しかし、奴は鞭を躱し、樹の枝を力まかせにもぎ取ると、それを振り回して攻撃してきた。とんでもない怪力だ!


 樹の枝は長さが4〜5mあり、小枝と葉がたくさん生えているので、先の広がった竹箒のようだ。

 俺は慌てて後退しギリギリ躱したが、鞭を絡め取られてしまった。


 これは奴も予期していなかったようだが、チャンスは向こうに流れたようだ。奴は鞭を手にすると、樹の枝を捨ててニヤリと笑った。

 俺はやばいと思い、どうしたら鞭の攻撃から逃れられるか頭をフル回転させた。


 だが、奴はやらかしてくれた。

 鞭を知らないド素人にありがちな方法で自分の体を鞭打ったのだ。

 力まかせに鞭を横に振り回していたが、俺を打とうと引いた鞭を縦に振り下ろそうとした。

 そのまま横に振れば良かったものを、縦にした事で鞭の先端の軌道が変わって自分の背中と後頭部を強打したのだ。

 素人あるあるだ。俺も最初はやらかしたからな。


「ギャーーーーっっっ!!!」


 奴は鞭を手放して地面を転げ回った。力任せに振ったので威力が半端なくて、背中から後頭部にかけてざっくりと肉が裂けていた。

 俺はホブゴブリンの知能が低いお陰で命拾いをした。


 俺は転げ回るホブゴブリンに近づいてそっと鞭を拾うと、距離を取って鞭を何度も振るって奴を打ちのめした。

 奴の手足の届く範囲に入るのは危険だ。痛みに喘いでいるとはいえ、奴の怪力は脅威なので、掴まれたり蹴られたりしないように用心しながら攻撃を加えた。


 さすがに《念》を使う余裕も無いのか、奴は悲鳴を上げながら打たれるままになっていた。脚の肉が裂け、腹の肉が抉られ、鞭が唸る度に体がズタズタになっていった。

 ついには悲鳴を上げる事も無くなり、骨と内臓が見えるようになった時には動かなくなっていた。


 一応は死んだようだが、俺は念には念を入れて奴が振り回していた樹の枝を拾い、枝の太い部分を力いっぱい振り下ろして奴の頭を叩き割った。

 奴の頭は完全に潰れて脳みそがはみ出していた。見ていて気持ち悪かったが、これで奴は完全に死んだ。


 この時、一瞬だが、なにか黒いモヤの様なものが奴の体から抜け出して消えていった。

 なんだ、霊か何かなのか?

 黒豹もどきや猪もどきを倒した時にも見えたが、《念》と関係があるのか?


 解らないが、奴の体をひっくり返して裂けていた項に指を突っ込むと、硬い感触があったので引っこ抜いた。やはり硬化した宝石のような物だった。

 大きさは黒豹もどきの物より一回り小さく感じられた。暗いので色合いは判らないが、なんとなく緑っぽいようにも感じた。



 兎に角だ。何とかホブゴブリンを倒す事が出来た。

 最後は奴の自爆のような形だったが、ラッキーとはいえ勝ちは勝ちだ。

 正直、よく勝てたなと思うが、《念動力》について理解が深まったのは僥倖だった。そのお陰で活路が見いだせた。

 俺は生き残る事が出来たのだ。


 遠巻きに見ていたゴブリンどもも、長のホブゴブリンが死んだために蜘蛛の子を散らすように逃げていった。奴らは後で見つけ次第殺していこう。

 女性への仕打ちを考えると、このまま放置する訳にはいかない。


 今は俺も怪我をして疲れているし、何より助け出した女性が心配だ。

 俺は女性を置いた場所へと向かった。



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