第7話 動物の秘密と性欲

 5匹のリカオンもどきと戦って勝利した俺は、その死体から毛皮を剥ぎ取る事にして、その中の1匹を持って戦った場所から離れた。死体と共にいると、死肉を漁りに来る獣や虫に襲われると思ったからだ。


 リカオンもどきの体重は70kg程だろうか、体格の割には痩せていて軽い。もっとも、この体での体感なので実際は判らない。でもまあ、これを軽いと思えるのはありがたい。


 死体を運んでいる最中にも3匹のトカゲに似た生き物が樹の上から飛び掛かってきた。体長は1m程だが、最初の奴を槍でぶっ叩いて殺すと、そいつの尻尾を持って振り回し、他の2匹を思い切り叩いて殺した。トカゲ同士の体がぶつかり合うたびに鱗と肉が裂けて血が飛び散った。最後には肉片と化したトカゲの死体が3つ転がっていた。


 我ながら残酷だとは思ったが、敵ばかりが現れて移動もままならないのでイライラしていた。

 それにさっきからずっとジュニアがいきり立っていて、治まりがつかなくなっていた。戦いの後で高揚したからなのか、歩く度に腹に擦れてやばい状態になっていた。やはり若い身体だからなのか、ジュニアに刺激を受けて悶々とした考えが次から次へと浮かび上がってくる。女の裸が頭の中でぐるぐると駆け巡っていた。

 今はそんな場合ではないと自分に言い聞かせるが、ジュニアの昂りは治まりそうになかった。


 俺は溜息をついた。

 一度出してスッキリした方が良さそうだな。こんな悶々とした状態で獣に襲われたらと思うと気が気じゃないし、落ちてくるヒルもほとんど躱せなくなっていた。


 俺は辺りを伺った。

 周りには誰も居ないのだが、やはり気恥ずかしさからつい人が居ないか確認してしまう。

 俺は木陰に廻ると、って、周りには樹しかないのに木陰もくそもないのだが、とにかく隠れるように周りから見えにくい場所に移動した。


 頭上にも襲ってくるような獣がいない事を確認すると、腰巻を外して下半身裸になった。要するに全裸だ。

 大きくなったジュニアを初めて見てみる。


 入れ替わった(?)若い身体のジュニアは中々立派だった。へえ〜、良いモノもってるねぇ。以前の自分のジュニアと比べても、太さはともかく、長さは2〜3cm程上回っているような気がした。

 軽い嫉妬と共に、新たな自分のジュニアに対する誇らしさが沸き起こった。


 しかし、いい歳こいて自慰とは情けないなぁと思いつつ、軽く擦ってみる。


 ホヘ~、ホヘ~…


 抜群の感度にびっくりだ。

 この体が童貞なのかどうかは分からないが、使い込んでないのは確かなようで、少しの刺激にも敏感に反応した。自分の若い頃もそうだったなぁと思いつつ、俺は精を吐き出した。


 が、しかし、若さ故なのか、この体が凄いのか、一度出しただけでは全く治まりがつかず、立て続けに三度ほど放出した。

 それでも尚治まりがつかなくて、この体に呆れてしまった。

 しかし、何時までもこんな事に呆けている訳にもいかないので、多少鎮まった性欲を無理やり抑え込んで、俺はその場を後にした。



 次々と襲ってくる獣たちと戦い、虫たちを避けながら歩みを進めていると、小さな川というか流れに行き当たった。常時流れている川というより、雨の無い時期には乾いてしまうような流れだ。


 水は澄んでいるので、俺は傷口と手を洗い、そのまま手で掬って喉を潤した。

 一瞬生水は拙いと思ったが、この先ここで生きて行くならそうも言ってられないかと思い、腹を壊したらまたその時に考えようと思った。我ながら乱暴な考えだと思ったが、戦いの連続で緊張感が途切れかけていた。

 冷たくてサラサラした水は美味しくて、若干だが疲れを癒してくれた。


 俺はここで火を起こして焚き火をし、リカオンもどきの皮剥ぎをする事にした。

 昨日のイタチもどきもそうだが、俺に獣の解体の経験はない。なんとなく以前に見た動画の記憶や伝え聞いた記憶に頼っているので、ハッキリ言って物凄くいい加減だ。


 別段、それで商品を作る訳じゃないので、出来はどうであれ、自分の体を冷えや擦り傷などから守ってくれる物が出来ればそれで良い。

 焚き火は獣避けになってくれればそれで良いと思った。


 俺は蔓を持って来てリカオンもどきの首に巻き付け、太い樹の枝にぶら下げた。

 原生林の為か、他の樹に巻き付いて共生する蔓が何処にでもあり、直ぐに手に入る。これはありがたい。


 ぶら下がったリカオンもどきの腹にナイフ代わりの石で切れ目を入れ裂いていく。大量の血と共に腸や胃袋などの内臓が飛び出して垂れ下がるが、それを切除して川へと流す。正直気持ちの良いものではないが、子供の頃にある程度こういった作業を見ているので耐性がある。


 俺がまだ子供の頃には、近所の肉屋は裏で鶏の首を切って血抜きをして、それから解体して肉として売っていた。なので、そうした肉を食っていても気持ち悪いとか残酷なんて思った事は無い。

 それでも、リカオンもどきのように2m近い体長があって自分よりもでかいと、かなり来るものがある。


 ある程度血が流れ落ちたら足と首にグルッと切れ目を入れて、首から腹へと切っていく。後は少しずつ毛皮が切れないように剥いでいく。手間のかかる作業だが、根気よくやっていく。


 首の裏まで皮を剥いだ時に硬い感触がしたので肉を裂いてみると、やはり宝石のような石が現れた。

 親指よりやや太いくらいで、昨日のイタチもどきの物に比べるとかなり大きい。色も周りは赤なのに中に行くほど青味がかっている。


 透き通った奥には細かな編み目模様が見える。が、石を取り出さずにじっくり観察すると、その網目模様と石を取り巻く神経や血管と繋がっている様にも見えた。

 石を摘んでみると簡単にちぎれて取り出す事が出来た。


 これは一体何なんだろう?

 神経組織の一部のようにも思えるが、こんな硬いものが体の中で機能しているとは思えないのだが。


 思考の深みに嵌りかけていた時に、ガサリと音がしたので慌てて振り返る。イタチもどきが4匹ほどこちらを伺っていた。猛獣ではなかったのでホッとする。


 俺は指弾を放ち《念》を送った。

 1匹のイタチもどきの鼻に当たり、そいつはバタバタ暴れた後に気を失った。

 他の奴らは襲いかかって来たが、槍を横薙ぎに振ると3匹纏めて体を引き裂いた。切れ味鋭い槍の穂先が良い仕事をしてくれた。


 俺はふと思い付き、気絶したイタチもどきが暴れないように固定してから、首の後ろの延髄のある場所に切れ目を入れてみた。

 痛みで目を覚ましたイタチもどきはギャーギャー喚いたが、すまんと謝りつつ切れ目を開いてみた。

 すると、そこには骨に囲まれた太い神経束があるだけだった。


 俺は再び謝りながらそいつの頭を石で殴って殺した。

 心臓が止まって少しすると、そいつの舌や唇がチアノーゼを起こして紫色に変色していった。それと同時に骨に囲まれた神経束は溶ける様に一体化して硬化していった。


 1分もしないうちに真っ赤な塊になり、体温の低下と共に透明化して宝石のような石になった。まるでマジックを見ているような不可思議な感覚に捕らわれた。

 それを取り出して昨日の物と比べてみると、ほとんど同じに見えるが微妙に形や色合いが違っていて個体差があるように感じられた。


 石は体内に最初から石としてあるのではなく、死んだ後に硬化して石となる。それも脳に近いか脳の一部と思われる部位がそうなるようだ。


 何故こんな現象が起こるのかは全く解らないが、それは空中で動きを変えたり物体を離れたところから操作をする《念動力》のような能力に関係する部位ではないかと思った。

 俺も《念動力》を使った後に同じ場所がズキズキしたりヒリヒリしたりする。という事は、俺の体内にも同じような神経組織があるのだろう。


 多分だが、この世界の脊椎動物は皆がこの神経束を持っていて、大なり小なり《念動力》のような超能力を使えるのだろう。

 もはや超能力ではなく、一般的な能力という事だ。


 だとするなら、知能を持つ人間、もしくはそれに類似する生物はその能力を発展させて、サイキック文明といえるようなものを築いているのだろうか?

 俺が目覚めた研究所のような場所は、かなり科学的に発展した文明を思わせたが、あの魔法陣のような場所で発動した瞬間移動は、そのサイキック文明の一端だったのだろうか?


 もしサイキックを自由自在に操る人間に遭ったら俺はどうなるのだろう?

 怖いと思う反面、楽しみでもある。

 もし友好的に接してくれるなら、俺は地球人の誰も経験した事のない想像を絶する体験をする事になるだろう。こんなSF小説みたいな事が起こるなんて、考えただけでワクワクして心が踊る。


 最悪なのは異邦人として排除されたり殺害などで存在を消される事だが、その時はしょうがないのかもしれない。

 一度は死んだ身で、今生きているのが奇跡みたいなものだからな。その時はその時で考えるしかない。

 もっとも、それは人間と呼べるような者がいたとしての話だ。他に誰もいない今の状況では、単なる妄想でしかない。



 俺は逸る気持ちを抑えて毛皮の剥ぎ取り作業を再開した。

 早く先へ進んでこの森を出たいのは山々だが、急いては事を仕損じる。先ずはしっかりと生き残るための準備をする事だ。


 若い時はそれで同じ失敗を何度も繰り返して痛い目にあったものだ。頭では分かっていても実践するのは難しい。俺は三十代半ばになってようやく根回しや下準備の大切さを切実に痛感したものだ。


 俺は作業を進めながらも、時折手を止めては周りの気配を伺った。

 何度か獣が姿を現したが、投石で射ち殺した。その都度死体を川に流したので手間暇がかかり厄介この上なかった。

 一応、食えそうなウサギっぽい動物だけは確保しておいた。


 ようやく剥ぎ取り作業が終わり、リカオンもどきの肉は川に流した。さすがにこいつは食う気がしない。

 ついでなので、ウサギもどきもの毛皮を剥ぎ取って肉を確保した。


 リカオンもどきとウサギもどきの皮を川で洗い汚れを落とすと、俺はそれと共に

 焚火に使っていた松明を持って川上へと歩いていった。ここに居ては落ちている血や肉片に獣や虫が寄ってきて危険だ。


 思ったよりも皮剥ぎに時間がかかり、太陽は午後へと傾いていた。腹も減ったので、何処か少しでも落ち着いて休める場所を確保したかった。

 しかし、本当に気の休まる暇が無い。


 しかも、ジュニアが昂ったり治まったりを繰り返すので、こっちの方も厄介だ。

 特に戦った後に昂るようで、鎮まるまでにかなりの努力を要した。こんなのは高齢になってすっかり忘れかけていた感覚だ。なんとなくだが、性欲が昂ると狂暴性が増すような気がする。


 自分の十代の頃も性欲は強かったが、ここまででは無かったように思う。

 困ったもんだ…



 川の流れに沿って歩いていくと、小規模な落石があった場所に出た。

 ここには大小様々な石や岩が転がっているので、寝る場所を作る道具にもなるし、投石用の武器を幾らでも確保できる。

 しかもありがたい事に、堆積した岩の隙間から水が降り注ぐように出ている部分があるので、シャワー代わりになりそうだ。


 ベタベタした体を直ぐにでも洗いたかったが、先ずは安全の確保が優先だ。松明の火が消える前に焚火を作って火を確保する。

 近くの大きな岩が重なり合って出来たスペースを寝床に決めて、隙間を小さな石で埋めていく。出入口を塞ぐ岩を運んで来て、取り敢えずはこれで休憩スペースの確保が出来た。


 それから、その周りを取り囲むように焚火を幾つか配置していく。そのうちの一つに櫓を組んで毛皮を被せて燻していく。同様に作った寝床を燻して虫を蹴散らす。

 足元を見ると蜘蛛や沢蟹など小さな生き物がウヨウヨいる。自然が豊かなのは良い事だが、鬱陶しくてしょうがないし気持ち悪い。


 ようやくある程度の安全と寝床が確保できたので、体を洗える。

 裸になって降り注ぐ水に体を当てると、冷たさにビクリとする。が、乾いた汗や葉っぱの汁、張り付いていた蜘蛛の巣の糸が流されてスッキリしていく。

 石鹸やシャンプーが無いのでサッパリとはしないが、不愉快な感触が拭われていくのは気持ちが良い。


 一通り体を洗い終えて乾かしている間にも、遠巻きにいろんな動物たちが様子を伺っていた。猛獣はいないようだが、ウサギやリス、山ネズミなどに似た小動物がいた。

 火を恐れているのか警戒しているのか、近付いて来る事はないので放置しておいた。下手に倒すと死肉を漁る肉食獣が来そうで嫌だった。


 ウサギもどきの肉を焼いて食べる。少しモッサリしているが案外美味い。出来れば野菜も食べたかったが、どれが食べられるのか分からないので諦めた。

 塩も欲しいが無いものは仕方がない。


 この放浪生活がいつまで続くのか分からないが、肉しか食べないのでは健康を維持できなくなる。少しずつ食べられそうな植物を試していくしかない。

 幸いこの体は以前の体よりもずっと優れており、傷の治りも早い事から、そういった耐性にも秀でていると思われる。

 勿論、一番良いのは人間の生活圏を見つける事だが。


 腹を満たした後は、森の中で生きていく為の準備をする。

 昨日は武器を作って満足したが、実際には防御を充実させる事が重要だと今日学んだ。

 この体は頑丈に出来ているが、やはり元々は服などを着て活動していたのだろう。皮膚自体は以前の体と変わりなく、簡単に擦れて傷ついたり切れたりする。治りは早いようだが、鋼のような皮膚という訳ではない。痛覚も普通だ。

 要するに、極端に人間離れしている訳ではないようだ。


 俺は竹もどきを切り倒し、一節ずつ残して加工し水筒を3つ程作った。

 適度な穴をくり抜いて蓋ができるようにしたので、水を零さずに持ち運びできる。1つの水筒に500〜600cc程度の水が入るので、3つもあれば1日は持つだろう。


 かさばるし重いので、ウサギもどきの毛皮でナップザックを作り背負えるようにしたい。針と糸が無く縫製は出来ないので、蔓で縛って体に括り付けるしかない。

 が、ある程度の荷物を持ち運べるようになるのは重要だ。


 リカオンもどきの毛皮で貫頭衣と腕当てや脛当てを作ろうと思う。

 貫頭衣は一番簡単な服だ。毛皮を二つ折りにして、折り目のところに切れ目を入れて頭を通せば、体をすっぽりと覆う事が出来る。後は膝付近で切って長さを整え、腰の部分を紐で縛れば完成だ。

 これが出来れば、森の中で走り回っても傷を負ったりしなくて済むし、動物の攻撃もある程度は防御できると思う。


 後は靴の予備を作っておく。

 やはり出来合いの靴ではないので、一日歩けば駄目になってしまう。戦いなどしようものならそれで壊れてしまう場合もある。

 備えあれば憂いなし。これを実践していくしかない。


 なんにせよ、毛皮の鞣しがあるので明日作るしかない。

 それでもゴワゴワの物しか出来ないだろうが、今よりもずっと活動しやすくなると思う。


 俺は火を絶やさないように気を付けながら、日の出ている残った時間を《念動力》の訓練に費やした。

 大きな物を自在に操れるようになるほど、自分の生存確率は上がる。これは毎日欠かさずに行う事にした。


 夜になって暗くなると、寝床で何度も精を吐き出した。

 独身時代の恋人や妻の若い頃の裸体が脳裏を横切っていった。

 女が欲しい!と切実に思った。


 尽きる事のない性欲と戦うのは大変だったが、いつの間にか疲れて寝落ちしたようだ。

 性欲が強いのは優れた身体能力故なのか、これからはこれとも戦っていかないと思うと気が滅入ってしまった。


 こうして森での一日目が過ぎていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る