第5話 ロブスターマダム

 前話でせっかくジェントルを出したのに、またしてもマダムのお話で失礼します。私が女性だからか、マダムとの遭遇率が高いのでしょうか。働いているとマダムもジェントルも均等に遭遇するんですけど、強めのエピを持っているのはマダムの方が多いのかもしれません。


 さて、私が働いているのは、色んなものを広く浅く取り扱っているホームセンターです。皆さんも一度は行ったことがあるのでは? 色んなものが売っているので、うろうろするだけでも楽しいですよね。ちなみに、ホームセンターが好きだから働いているわけではありません。いや、好きだけど。通いやすさで探したらここがヒットしたというだけです。


 というわけで、色んなものを広く浅く取り扱っております。花の苗、殺虫剤、車のワイパー、ペットフード、寝具、家電、蛇口、工具、木材、ハウス用品、波板、塩ビ管、ペンキ、お掃除用品、キッチン用品、ヘアケア、洗剤、飲食物。もっともっと掘り下げられますが、まぁざっと挙げるとこれくらいのものが一度に買えるわけです。便利。


 なので、洗剤の接客をした後でペットの相談を受け、その足でカーテンのオーダーを承り、メーカー廃番になった電動工具の後継品を問い合わせたり、なんてことがあるわけです。


 一応、担当というのは決まってます。

 私でいうと、金物工具補修塗料となっています。かれこれ八年これでやらせてもらってますので、この辺りの知識に関しては、パートの中でも一番だと自負しております。ですが、家電のことはわからないし、園芸分野なんてからっきしです。とはいえ、そこの接客だけしてりゃ良いというわけではありません。


 管轄外でも大まかな売り場は頭に叩き込んでますし、尋ねられればご案内もしますし、欠品してれば注文も承ります。売り場担当は、「管轄外なのですみません」とは余程の場合を除いて言ってはいけません。


 さて、そんなある日のことです。

 あるマダムに声をかけられました。


「ロブスターはどこ?」


 ねぇよ! それはさすがにねぇよ!


 管轄外とかそんな次元じゃありません。ここはホームセンターだっつってんだろ。


 全力でシャウトしたいのを抑えました。それだけでもう一日の仕事を終えた気持ちでした。一応、お米や切り餅なんかも置いてます。そのノリで(どのノリよ)生鮮食品も扱っているのかと思われたのかもしれません。しかも売り場はキッチン用品周辺。ここでロブスターを買い、ついでに調理器具も揃えるつもりなのでしょうか。


 ですが、これくらいの問い合わせは日常茶飯事。これほどではなくとも、「さすがにそれはねぇよ」とシャウトしたい接客なんてザラです。どうにかマダムの気分を害さないようにと気をつけて応対します。


「すみません。当店では生鮮食品の取り扱いは――」 

「ハァッ!?」


 強めに怒られました。何言ってんだお前、くらいのテンションでした。


「えっと、その、ロブスターですよね? その……伊勢海老とかそういう……」


 後から調べたら伊勢海老ではなくオマール海老と出て来ましたが、とにかくあのサイズ感の海老だろ? そう思いました。


「ハァ!? アンタ、ロブスターが海老だっていうの!?」

「えっ、違うんですか?」


 確かに。

 ロブテックスという会社のロブスターという工具ブランドはあります。ウチの店でも取り扱ってます。ロゴもしっかりエビです。そっちかな? とも思ったのですが、だとしても、レンチや圧着工具など、そういう工具の名前を出すはず。工具のメーカー指名買いというのはなかなか聞きません。強火のファンか?


 いや、もしかしたら秋田県ではなんらかの道具を『ロブスター』と呼ぶ可能性もあります。『かちゃくりこ(『がちゃぴんこ』のパターンもあった)』はどこだと聞かれ、むしろ何だそれはと根気よくインタビューをした結果ホチキスだったこともあります。そういう感じで、秋田県民にだけ伝わる言い回しの可能性もあります。


「あの、何に使うものでしょうか」


 聞くは一時の恥といいます。聞きました。次の接客に生きるかもしれません。


「だからァ! 魚とか焼いたり!」


 ロースターでした。

 それはロースターですお客様。

 しかも、何たる偶然か、目と鼻の先――というかズバリ言っちゃうと、私がいま立っているその場所にロースターを陳列していました。その時の季節は秋。サンマも一匹まるまる焼けまっせ、みたいな感じのコーナーの目の前でのやり取りです。


 気まずい気まずい。

 お客様それはロブスターではなくロースターですと伝えることも、そして、それでしたら目の前にありますと案内することも気まずい気まずい。


 そんで結局、そのマダムは何も買わずにお帰りになりました。

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