第16話 帰るための戦い

 黄金色をした太い光の帯が、雷のように天を穿つ。光線に触れた天空鬼スカイデーモンは消滅し、黒々とした群れが左右に分断された。そこへすかさず、両翼を動かしタイクウが飛び込む。


 しかし生き残った天空鬼が、左右からタイクウたちを取り囲んでくる。天空都市に帰るときの機動力は、圧倒的にこちらが不利だ。自由に動けるのは天空鬼に姿を変えたタイクウのみ、しかもヒダカや荷物がある分、文字通りハンデを背負っているのである。

 だが、戦力的に不安があるかと言えば、そうでもない。伊達に何度も彩雲と地上を行き来はしていないのだ。


『タイクウ、飛ばせ!』

『分かった』

 ヒダカがタイクウの背中から飛び下りる。タイクウはすぐに右腕を動かして、彼の胴を抱きかかえた。

 そして上半身を捻りながら右腕を大きく振りかぶって、ヒダカの体を上空に向けて放り投げる。


 ヒダカは宙で体勢を整えながら抜刀すると、目の前の天空鬼の首を真一文字に切り裂いた。その流れで体の向きを右に向けて刀を両手で振りかぶり、別の天空鬼の片腕を切り落とす。

 さらに振り向きざまに刀を横に払うと、背後にいた天空鬼の腹に深い一線を走らせた。青い液体が薄暗い空に散って、耳障りな悲鳴がびりびりと肌を震わせる。

 一気に三体を相手取ったヒダカだったが、徐々に彼の体は落下を始めていく。自分に群がってくる敵を睨み付けながら、ヒダカは相棒の名を叫ぶ。


『タイクウ!』

『オッケー、もう一回!』

 すかさずタイクウが、翼を広げ上昇した。タイクウが伸ばした手のひらの上に、ヒダカの靴底が触れる。タイミングを見計らってタイクウが腕を振るうと、ヒダカの体は再び上空の敵に向かって行った。


 天空鬼に刀を振るうヒダカを見届けて、タイクウはぐるりと周囲を見回す。何も彼は発射台だけに甘んじているわけではない。大きく翼を羽ばたかせると、進路を妨害している天空鬼に向かって突っ込んでいく。


 発達した右の剛腕を振るって、敵の横っ面に重い拳を叩きこむ。衝撃で天空鬼の体が傾いたところで、すかさず敵の左腕を掴んで下へ引きずりおろす。別の天空鬼には腰元に回し蹴りを叩きこみ、地上に向かって蹴り落した。

 とにかくの敵を排除しつつ、天空都市への帰還を目指す。これはそういう戦いであった。


 上空の敵を何体か倒したヒダカが、再びタイクウの所まで落ちてくる。タイクウはヒダカの腕を掴むと、そのままぐんと一気に上昇した。

『上の敵、だいぶ減ってきたね』

『あと、十体ほどか? まぁ、イケんだろ』

 時間が経てば経つほど、天空鬼は増えていく。新手が来る前に上空の敵を排除して、一気に生息域を抜けてしまわなければならない。


『そのまま突っ込め! アイツらの近くまできたら一気に蹴散らすぞ!』

『分かった』

 ヒダカが両手でしっかりと自分の腕を掴んだのを確認してから、タイクウはさらに速度を上げた。


 逃がさないとばかり、残りの天空鬼が、タイクウたち目がけて集まってくる。下から追ってきた天空鬼が、ホオジロザメのような大顎を開けて迫ってきていた。今にも、ヒダカの足に食らいつきそうである。

『ヒダカ、ちょっと早いけど飛ばすよ!』

 ヒダカの返事もそこそこに、タイクウは彼の体を引っ張り上げるようにして上へ投げた。


 タイクウは、ヒダカを狙っていた天空鬼に向き合う。両手の指を組んで頭上に振り上げ、敵の脳天目がけてハンマーのように振り下ろした。

 鈍い音と共に涎か体液か分からない何かを噴き出し、天空鬼が力なく落下していく。

 安心したのもつかの間、ヒダカが舌打ちをしながらタイクウの所まで落ちてきた。


『増えやがった』

『ええー! 今日、多くない⁉』

 ヒダカを自身の背中で受け止めながら、タイクウは大きな口を歪ませる。思ったよりも天空鬼の動きが早く、上空は再び天空鬼の鋼色の体で埋め尽くされようとしていた。

『時間帯にもよるのかな? あー、もっと早起きして早く出発すれば良かったぁ』

『言ってる場合か! ――仕方ねぇ、出し惜しみして死んだらそれまでだ。準備ができるまで、テメェがアイツらの相手してろ!』

『え、え、何⁉』


 背中で何かガチャガチャと言う音がする。異形の広い視界をもってしても、真後ろは見ることができない。

 どうやらヒダカは、再びタイクウの背中に体を固定してをしているようだった。しかし、天空鬼は待ってくれない。タイクウは背中の相棒に気を配りながら、豪腕と鋭い爪を振り回し周囲の敵を蹴散らしていく。


 ところが、天空鬼の数は減るどころか増えているようだった。こんな攻撃ではとても間に合わない。籠手ガントレットのシールドを展開するという手もあるが、恐らく、群れを抜ける前にエネルギーが切れるだろう。

『どうしよう』

 タイクウが一瞬動きを止めたその時、視界の端を何かが掠め、一番手前にいた天空鬼の眉間に風穴が開いた。


『え――ヒダカ⁉』

『光線銃の新型のアタッチメントだとよ! 今まで直線で大量に放出していたエネルギーを、圧縮して小出しにできる。これでアイツらを狙撃するから、テメェはこの領域を突破することだけに集中しろ!』

 ヒダカが叫ぶそばから、天空鬼たちの体を次々に細い光線が貫通していく。

 タイクウは頷き自身の翼に意識を向けると、思い切り速度を上げた。


 急所を貫かれたのは数体の天空鬼だけで、あとは銃撃を受けても致命傷にはなっていないようである。それでも、翼や足を貫かれ敵が怯んだ隙をついて、タイクウは翼を羽ばたかせ上空を目指していく。

 この調子だったら、上手く抜けられるかもしれない。


『あれ?』

 ふと、タイクウは思う。どうもヒダカにしては攻撃の精度が低い。それに、彼の光線銃は、最初の一撃でかなりエネルギーを消費したのではなかっただろうか。なんとなく嫌な予感がして、タイクウは背中の相棒に声をかける。


『ねぇ、ヒダカ。その新型のアタッチメント、ちゃんと使ったことあるんだよね?』

『ああ⁉ 新型だっつったろ⁉ 実践では初めてに決まってんだろうがっ』

『えっと……じゃあその光線銃のエネルギーは⁉ 肝心な時に弾切れなんてことは』

『ああ⁉ それなら安心しな!』

 上昇を続けるタイクウの背で、ヒダカは狙撃を続けている。彼の放った光線が、再び敵の翼を貫いた。


『ああ、良かったー。ちゃんともしもの時のためにエネルギーを残してたんだね、さすがヒダ――』

『タイクウの籠手に使う用のエネルギーパックを借りたからな。エネルギーは満タンだ』

 戦闘中にも関わらず、一瞬タイクウの思考が停止した。


『え、ええええ、ちょっとヒダカ⁉ それじゃ、僕が彩雲で仕事をする時、シールドなしで依頼人を守らなきゃいけないってことにならない⁉』

『うるせぇ! ここで死んだら次も何もねぇだろうが⁉』

『それはそうだけど、あとで、やっぱりここで使わなければ良かったなんて後悔したら』

『あああああー馬鹿! いいから前見ろぉ!』


 慌てて前を向くと、二体の天空鬼が間近に迫っていた。タイクウは息を呑み、拳を強く握りしめる。

 ヒダカの光線銃が敵の左胸を貫いたのと同時に、タイクウの拳がもう一体の天空鬼の頭を殴り飛ばした。

 鋼色の体が力を失い、それぞれ落下していく。今だとばかり、タイクウは加速して一気に速度を上げる。


 やがて夢から覚めたように、濃紺の空が視界一杯に広がった。

 どこまでも、その先に広がる宇宙すら透けて見えそうな色、自由の色だ。周囲を注意深く見まわした後で、タイクウは安堵のため息を吐く。

『良かったぁ、ようやく振り切れたね』

『チッ! 随分エネルギーを無駄にしちまった。命中率を上げねぇとな』

『まぁまぁ、良いじゃない。助かったんだから』


 ヒダカに声をかけつつ、タイクウはのんびりと飛行を続ける。思ったよりも戦闘に手こずったが、彩雲の「日の出」前には、帰ることが出来そうだ。

 目先の安全が確保された途端、の不安がタイクウに襲いかかってくる。ヒダカに使われてしまったエネルギーパックである。

『……あー、でもどうしよう。次の仕事、ちゃんとやれるかなぁ』

 切り札なしで、依頼人や荷物をちゃんと守り切れるだろうか。タイクウが不安で胸をいっぱいにしていると、あっけらかんとした口調でヒダカが言い放った。


『ああ? あの場で説明しきれなかっただけで、まだ予備はあるぞ? 今回多めに貰えたからな。ただ、テメェの分のが取り出しやすい位置にあったから、そっちを借りただけだ』

『ええっ⁉ あ、ああー。そっか、あー、ふーん。なるほどぉ』

 そうだ。思い返してみれば、ヒダカは行きも帰りも毎回派手に光線銃を撃っている。その時点で少なくとも、二回分のエネルギーパックがあったわけだ。しかも、今回はそれ以上に予備があった、と。


 だったら、紛らわしい言い方しないでほしかったなぁ。戦闘中で説明に割くリソースが足りなかったのは分かるけど。

『うおっ⁉ 危ねぇだろうが! 急加速すんな』

『うん。ごめんねー』

 驚かされた意趣返しに、タイクウは少々乱暴な飛行で天空都市に帰還したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る