第12話

「北方の弱小民族の地域から、我がフランクルが口利きをして、学徒同盟への新規参入をはかることになった」


 ある日、代表がそう言った。

 その言葉にティメオは疑問を呈した。


「件の"メイド駆け落ち論文流出事件"以来、同盟に関わるものを厳選し、警備も厳重にしていたのでは?」

「二年もすれば状況は変わるのだ」



 二年の間に世界の状況はかなり変化した。


 学徒同盟による研究の成果は三国の国力として現れた。


 フランクルは医療、食糧生産の分野で一目おかれるようになり、

 ガルマニアは兵数こそ少ないものの錬度と装備においては侮れない存在となり、

 ティーナイの発信する文化は尽きない泉のようにどこまでもあふれ出していた。


 これまで世界は三つの巨大な超大国とそれに怯える弱小国たちだったが、

 今では三つの巨大な超大国とこの三国をまとめた一地域、そしてその他の有象無象となっていた。


 弱小国の取る道は限られていた。

 大国の意向に怯えながら生き永らえるか、

 大国にすり寄っておこぼれをもらうか。


 そんな中、隣国の力を借りて学徒同盟の一員となり国を維持する方法を見いだしたある北方の小国が今、新しい学徒を送り込もうとしていた……。



 また荷馬車が跳ねた。


 同乗させてもらっている立場では文句も言えない。しかもこの荷馬車は、今回我が故郷の同盟参加の仲介をしてくれたフランクルの荷馬車だ。


 ……我が邦は年間予算の大半をはたいて参加を決めた。邦が大きくなるための投資だ。


 この先、学徒の研究が邦の未来を決める。

 己の肩に期待が重くのし掛かる。



 三国の宿舎のその奥に作られた、急拵えの小屋が宿舎だった。

 我が邦からは自分一人だけ。他の北方諸国から来た学徒たちと共同生活するのがこの宿舎だ。

 個人の寝床に小物入れと文机、共用のかまどが一つ。

 故郷からの供出の関係上、学徒一人を送り出すのがせいぜいの他の地域からの二、三人とともに暮らすことになる。


「ようこそ、末席へ」


 歪んだ笑みで先住者が言った。



 朝課の鐘で起きれば皆いなかった。


 使用人もいないので、食事は自分で作ることになる。同じ荷馬車でやってきた邦から持ってきた食料を、次の配達まで持たせなくてはいけない。


 写本室はすでに他国の学徒で埋まっていた。


「よくお休みになれたようで」


 部屋の隅から忍び笑いが聞こえる。


 筆写室の机が空くのを待ちながら、目録から借りる本を探す。……題名だけでわかるもんじゃない。


 正午になると幾人かがあわただしく出ていく。


「あれはいったい……」

「正午の発表会を聞きに行く方々ですね」


 書物の貸し出し業務にあたるファルネイア公爵家の司書がこちらの疑問に答えた。


「日時は宿舎に連絡されているはずです。……その本は貸し出し中ですね」


 あまりにも情けなさそうな顔をしていたのだろうか。同情するかのような顔つきで司書が重々し言った。 


「早い者勝ちですから」



 宿舎に伝えられたという伝言は、皆が写本のため無人にしていたせいかどこにも見つからなかった。


 夕方。


 ガルマニア宿舎からは肉が焼ける匂いが、ティーナイ宿舎からは陽気な音楽が、フランクル宿舎にはメイドが立ち働くのが見えた。


 粗食を自力で作りながら、不公平さを思った。



ガルマニア学徒談「軍事中心なのはわかっているが、兵士のための食事の開発に学徒を巻き込むのが困る。毎日肉ばっかりなんだ」


ティーナイ学徒談「次の発表会で失われた楽曲を披露するとかで練習するから、うるさいうるさい。静かに研究に没頭させてほしい」


フランクル学徒談「適齢期になって若いメイドたちが軒並み帰国した。残りはバ……おっと誰か来たようだ」



「閣下、新しく来た周辺国からの新規学徒への援助を具申いたします」


 フランクル宿舎の代表ヒューゴは配下の外交官ティメオの突然の具申を受けた。


「フランクルの名において加入させておいてあの状態では、取り持った我が国への信頼が落ちます」

「予算がない」


 身も蓋もないのはわかっているが、本国からの要請がない限り自国優先になることはなんらおかしな話ではなかった。


「本国には要請している。だが考えても見ろ。かつての我らもあそこから始めたのだぞ?

 彼らもまたこの地点までたどり着けるに違いない。我々もまた助けのない中でここまでたどり着けたのだから」


 ティメオの不服そうな態度は考慮する必要はないだろう。いつものことだ。



 なぜか北方諸国の宿舎にフランクルの学徒が、「今通達されている発表会の一覧」と、「ファルネイア家蔵書目録写本その一」と「未だに引用されやすい発表概要その一」とやらを持ってきた。


「必要なものなのか?」

「必要です」


 きっぱりと言い切ったナトンとかいう学徒はその分厚い書類を宿舎の机にドサドサと置いた。


「あと本国に研究内容を発送する時は、発表会で出したものでないと関で止められます。」


 何故今まで誰も教えてくれなかったのか。

 なじる気持ちはあるものの、伝えてくれたことには感謝の言葉を返しておいた。


 しかし発表会とは?……一度見学してみるか。



「戯曲『ダイクンカムス』に登場する合金『ソンレル』を使用した武具が大公への贈答品目録に記されていたことに端を発しまして」

「それは鉄鋼とマイムラとの合金という話だったが」

「試作の溶鉱炉を駆使し、割合を調べ……」


 発表会の傍聴席を確保して発表や質疑応答に耳を傾けてみる。

 ……駄目だ。何を言っているのかわからない。


「失礼いたします」


 質疑応答の発言の許可を求めたのはまだ幼いと言ってもいい年頃の少女だった。

 貴賓席に座り後ろに侍女を立たせているところを見ると貴族の令嬢なのだろうか。


「合金の作成に成功したようですが実用性の方は……」

「なんであんな少女がこの議論についてこれるんだ!?」


 かなり突っ込んだ発言に思わず驚きの声を上げたのに対して、周りの学徒たちは一様に面映ゆそうな苦笑をうかべた。


「ファルネイア女公爵様は五つの頃から発表会を顔を出していらっしゃったからなぁ」

「もしかして俺たち、世界最高の知性を育ててしまったか?」


「そちらの新参の方々もご質問がありましたら」という司会の言葉に甘えて、今まで引っかかっていた疑問を提示することにした。


「最近学徒としてこの地に来たのだが、そもそもその、『ダイクンカムス』という戯曲はどこで知られたのだろうか」

「ええ……」


 発表者はそのような質問がくることを想定していなかったらしい。

 ごく初歩的な事柄を知らない相手への哀れみの表情を押し隠し、なんとか返答を返してきた。


「……それは帝国時代の大作家ムァインタムの代表的作品で、蔵書にあったものを資料にしました。ちなみに大全集の五巻です」


 部屋の隅からの忍び笑いがまた聞こえた。



 結論として、発表会など自分の発表以外は行く必要がないと判断した。

 了見の狭い連中のからかいの対象になど邦の期待を背負った自分がなるべきではない。


 ただしティーナイの新規メニューの試食会と戯曲や演奏の発表については、研究生活の一時的な向上のためにも参加していこう。



"お元気ですか?邦一番の知恵者として出立して以来、毎日ご活躍をお祈りしています”


 待ち望んでいた邦からの荷物の第二便には、親しくさせていただいていた首長のご息女の心温まる手紙が添えられていた。


“お父様は同盟に参加するまで力押しで交渉していたあの大国が、「交渉したい」と手紙を送ってきたとご満悦です”


 学徒同盟に参加できるほどの国力が我が邦にあるとやっとあの大国もわかってきたらしい。

 だが、そのかわり邦の内部にそこまでの理解に至っていない勢力も多いようだ。


“大金の割に結果が出るのが遅いと言う者には、良き仕事は時間がかかると……"


 こちらの力に信頼を寄せて他の者たちをたしなめてくださるご息女に感謝の念を捧げながら、自分の発表会の準備を進めることにした。




 最初の発表は散々だった。


「この資料は南の地方の話だが北の地方で使えるのか」「種類を変えるより土を改良した方が」だの高慢な学徒たちに散々に言われた。


 だが一番最悪だったのは、


「これを元にさらにいい研究に仕上げられますね」


とにこやかに言ったフランクルの学徒だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る