第9話

 知り合った下働きの少年は、仕事の合間に度々試験農場に現れるようになっていた。


「こんな農作業になんか、意味あるかなぁ……」


 来たのならちょうどいいとナトンが畑仕事をやらせると、少年はしぶしぶ作業しながらもそう文句を言った。


「『吟遊詩人には体力が必要。発声や放浪生活を鑑みても』と帝国中期の有名な吟遊詩人が言っている」

「なんだ、受け売りなんじゃん!」

「君は僕を何だと思ってるんだ。学徒だぞ」


 ナトンと少年が大人げない言い合いをしていると、ふと顔を出したアデールが声をかけた。


「あらマッテオ君、なんでここにいるの?」


 思わぬところで見つかって頭をかいているマッテオとはまた別の意味で、ナトンもまた唖然としていた。


「……君、マッテオと言ったのか」

「ナトン様、知らずに手伝わせてらっしゃったんですか……」



「ガルマニアの発表はかなり興味深いものでありました」


 一方、発表会の場はますますお互いの足の引っ張りあいが顕著になっていた。

 今日もガルマニアの発表に他国の者が質問の声を上げる。


「しかしそもそもその合金は魔力を封じ込めるために開発されたとのこと。

魔力、つまり魔術への使用が前提となっている合金の製造使用は、果たして神の御教えに背かないものでありましょうや?お答えを」


 本人にそれほどの信仰心があるかないかは別として。



 ガルマニアの発表は日をおうごとに偏りつつあるのが他の学徒にもわかるようになってきていた。 


「戦術書の内容を元に各地の戦略的及び戦術的な価値を算出できることはわかりました」


 その日、ティメオがそう発言したのもその流れを受けてのことだった。


「ですができ得るものならば それを基に通常で価値の高い場所を具体的に指摘していただければありがたかった」

「さよう」


 その発言に賛同したのがその日たまたまその場に参加していたティーナイのサルバドール氏だったのが驚きの波紋を広げることになった。


「なんなら公爵邸周辺だけでもあれば警備に役立つと思いますぞ」



「吟遊詩人に必要なものは歌唱力、舞踏力、知識量、そして愛嬌だと言われている」


 マッテオの畑仕事のお手伝いは指導者の資質も相まってしばしば教育的になるのがご愛敬と言えただろう。


「そして知識に関して言えば、ここは名高い図書室があるファルネイア公爵家だ。詰め込んでおいて損はない」

「『春告げ鳥は生涯春を忘れず』って?」


 前に少し話した慣用句を上手く使いこなす少年にナトンは思わず微笑んだ。


「おいナトン、作業もせずに何してるんだ」


 自分の仕事の補佐を頼もうとやってきたティメオが見たのはちょうどそんな風景だった。……いや、ナトンに後ろめたいことはあまりなかったのだけども。


「ちょっと講義を。……いや、彼、スジがいいんだよ」

「他国の奴の世話してどうする、ナトン……」



「最近変な時間に発表する輩は減ってきたと思っていたのに、またガルマニアか」


 ティメオの用事は期限ギリギリに通達されたガルマニアの発表会出席のための準備の手伝いだった。

 本来なら他国の発表会が連なってそれで終了となる時間。そこにまるで無理やり押し込んだかのようにガルマニアの発表会の予定を通達してきた形に見えた。 


「次の日の適当な時間に回せないほど切羽詰まってるってことか」

「一体ガルマニアで何が起こってるんだ」

「発表の内容から判断するに」


 文章の裏に潜む実状を探り出そうとする外交官の性をあらわにしたかのように、ティメオがニヤリと笑った。


「どこぞで後継者問題が起こったのかもな」



 ガルマニアやフランクルの学徒たちがそれぞれに日々を過ごしていたころ、ティーナイの学徒たちは頭を抱えていた。

 それと言うのも、先日発見された戯曲「我ら臣民の名の下に」が問題作だったのだ。


「この幻の戯曲……確かにものすごいのだが……」

「『帝国の教育の下良き臣民となったものの、もともと持っていた種族の良さを失い何者でもないものとしてさすらう』というのは……」

「そもそも種族というのは帝国貴族がでっち上げたものであると教会が証明しているし……」


 しかも読み方によっては各種族を名乗っていた者たちの化けの皮を剥ぎ取り「人間」として回復させた教会への皮肉ともとれる。

 時代的にも関係無いのだが。まったくと言って関係無いのだが。


「「どうしたものか……」」


「とにかく」


 数日悩んだ後、ティーナイ学徒の間で一つの共通理解が出来上がることとなる。


「このまま本国で上演するわけにはいきますまい。教会の御教えに背かない程度にまで改変せねば」

「だがそのためには発表会を経なくてはなりますまい。これをそのままここで上映するのですか?」

「とは言え、書物にあったものをないと言い張って発表するのは……」



 夕闇迫るころ。

 ティーナイ学徒の手により建設された小劇場の最初の舞台が上演されることとなった。


 今日は特別だから、と幼女公も通常の時間外ではあったものの舞台前に並べられた貴賓席に座る運びとなった。

 館から未だ出たことのないソフィアは初めての観劇となり、だんだんと暮れゆく中焚き火等で明るく照らされた舞台に幼い胸を弾ませていた。


「……ついに完成に至りましたこの小劇場に女公爵様のご臨席を賜りましたこと、熱く御礼申し上げます。ですが」


 劇の始まりの口上はティーナイ学徒代表のサルバドール氏が勤めた。


「残念ながら今回の発表でお披露目いたしますこの戯曲、外では教会の御教えに反すると判断されておるもの。ゆえに」


 サルバドール氏はいかにも無念であるかのように心からの慟哭の声を上げた。


「この小劇場最初の演目が、この戯曲最後の上演と相成りました」


 ……劇の評価としては「教育の結果、都にも故郷にも居場所を無くした者たち」に対する学徒たちの共感が半端無く、大号泣する者もいたと記しておく。



「ガルマニアの方々に質問です」


 その日、ティメオは今までの発表に対するナトンの分析結果をガルマニアにぶつけることにした。


「昨今の発表から判断するに、『他国と隣接する、戦略·戦術的に価値の高い土地の後継者問題に関する交渉術』について積極的に調べようとしていると感じられます」


 そして外交官としてのティメオが発言する時、それは学問的なことだけに留まらないのだ。


「質問は、『その土地が取られた場合の学徒同盟の影響はどの程度か』、ということですが」



「学徒同盟の他国に協力を要請しましょう」


 ガルマニアの宿舎に戻って今後の対応を決める会合の場で。

 ガルマニア学徒代表でもあるフランツ公子の発言は部下たちを驚かせた。


「しかし、それは」

「今大切なのはこの事態を打開する情報を見出すこと。かの地が突破され我が国が落ちては、 皆、次は我が身です」


 そこにいたのはもはや世間知らずの坊っちゃんではない、まぎれもなく一国の代表としての姿だった。


「……巻き込まれていただく」



「そもそもは帝国の戦術書の内容からなされた我が国の土地の価値の見直しから始まりました……」


 ガルマニア学徒代表フランツ公子の発言により、その日の代表者会議は長引くものとなった。


「若き当主を亡くしたその土地が重要地点とわかった時、大国が手を出してきたのです。


亡くなられた当主は早くに母親を亡くされ、先代当主は跡継ぎの地位を固めるため後妻はめとらず、付き合いのあった女性とも式を上げず子供も作らなかった」

「それが裏目に出たわけですな」

「後継者として名乗り出ているのは大国に嫁いだ当主の曾祖母の孫だが、素性は怪しい。


後継者を自称する人物が大国の傀儡であることは明白。かの地が大国の手に渡り軍資の集積所となれば我が国まで一気に軍を進められる可能性があります」

「こちらに有利な後継者が出てこないと不味いと……」


 ティーナイの代表が重々しく言った


「でっち上げますか」


 こちらの発言に目を剥く同輩をものともせず、サルバドール氏は言葉を続けた。


「要は亡くなられたご当主にご兄弟がいらっしゃれば終わった話。

ならば先代当主がお世話していた人との間にお子様がいらっしゃれば良いだけのこと」

「正式な婚姻のもとのお子様でなくては」

「そちらもでっち上げなくてはなりませんな」

「これで烏散臭さで五分五分か」

「五分五分ならばこちらの味方を見つけなくてはならん」

「さよう。国の力だけでは相手に勝てませんな」


 外部の力であてになりそうな組織は一つしかない。


「教会の力を当てにできませんか?」

「悪くありませんな。かの国は近年彼の地の教会と諍いがあったとか」

「問題はこちらが何を差し出せるかだが」


 この世の中、何もないところに助力は降ってはこないのだから。



 学徒たちの間では少なからず波乱の日々だが、ファルネイア公爵邸の外ではまた違う風が吹いているらしい。

 エヴルー男爵夫人の手紙はそんな風をもたらしてくれた。


“お変わりありませんでしょうか?

本国ではアバール風邪の流行後落ち着いた日々を送っております。

社交界の方々は移り気なもので、今の話題の中心は「教会が儀式の際に香油をケチり出した」とのこと。

商人によると天候不順により香油の生産が落ちたそうです。何かご存知ですか?”



“意識に使う香油の材料がサンサ草からガルナスに代わってから質が落ちた。職人不足に由来するらしい”


「つまり?」


 ファルネイア公爵家蔵書には香油についてのものもある。

 新王国時代に入ってからの教会の報告書からナトンが抜き書きした箇所について、ティメオは説明を求めた。


「ガルナスが今教会の儀式で使われている香油の原料だ。

以前使われていたサンサ草からまた作ることができれば教会は助かる」

「…どこかで聞いた名前だが……」


 そう、どこかで……。

 例えばフランクル学徒の試験農園あたりで……。



「対大国悪巧み計画」は詰めの段階、細部についての打ち合わせに入っていた。


「亡くなられたご当主の母上が亡くなったのが十年前」

「当代当主が亡くなられたのが半年前」

「正式な婚姻の下のお子様ならばどんなに年をとっていても十歳以下となる」


 あちらの後継者候補に対抗するこちらの候補の選定は困難を極めていた。


「それぐらいの年頃の子供がこちらの要望に応えられるものか?」


 その時、サルバドール氏がふと呟いた。


「……心当たりがうちの下働きにおりますな」



「『舞台に立ちたいって言っていただろう?お前の初舞台はガルマニアだ』って言われたんだよね~」


 あっけらかんと言うマッテオにナトンたちは絶句した。


「……援護の矢はすぐ送る。馬車の旅は暇だからこれを持って行きなさい」


 ナトンの手には使い込まれた辞書があった。

 ナトンが新天地に行く馬車の中で読んでいたものだ。

 マッテオは苦笑しながらもそれを受け取った。


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