第8話

「変な時間に強行される発表会が減ったな」


 ある日、個室でティメオの書類仕事中を手伝うナトンがそうつぶやいた。


「全員が抜け道を探してまわって、それを今節丁寧に潰してまわったからな」

「その分微に入り細に入り細かい質問が増えたね」

「せめて発表を貶めて相対的に自分たちの価値を上げたいんだろう」


 ティメオの分析にやっと手元の書類仕事の意味を理解したナトンは大きなため息をついた。


「それでこの想定問題集か。やれやれ」



「素人質問で恐縮だが」


 例えばある日の発表会。

 発言したのはガルマニア本国から視察に来ていた貴族だった。


「今の発表ではサルムカンドに含まれる毒物を加工するとのことだが、我がガルマニアのサルムカンドに毒性は無い」

「……確かですか?」


 フランクルの学徒による各種鎮痛剤の加工法についての発表後、質疑応答の時間の最中のこと。

 質問者の貴族は胸を張って答えた。


「我が伯爵家の家紋にある花だ。貴殿は我が家紋に毒草があるとでも?」


 答え方を間違えると国際問題になりかねない事態にティメオは頭を抱えた。


「……想定問題集にない展開になってきたぞ……」



“辺境での治療活動の困難の一つに薬草の確保の難しさがある。

帝都付近では何ということもないサルムカンドも、ガルマニア方面では一葉も見当たらなくなる。

現地の協力者の力も借りて探しても見つからず、やむを得ず同じ薬効を持つ薬草を使用して事なきを得た”



「つまり何か?」


 事態の打開のために使用した資料を山積みにした個室で、ティメオはナトンに調査結果を確認した。


「辺境での代用使用から別の名前が定着したということか?」

「植物図鑑とガルマニア双方のサルムカンドを確認して別物と判明した」

「だがなあ」


 一段落つきそうな気配に笑みをこぼしながらティメオは件の伯爵について語った。


「そもそもサルムカンドは基本頭痛薬として使われていた。『王家の頭痛を癒す毒草』なんて、家紋にぴったりと思うんだがな」



「初歩的なことで申し訳ないが」


 発表会では些細なことが論争に繋がることがある。


「帝国語のフェリルはガルマニア語のエリルなので、フランクル語ではイーリルになると思うが」

「どちらかといえば帝国語のフェリルはフランクル語のヘイルなので、ガルマニア語ではヘルになると思われます」


 ……言語変化は難しい。



「専門外で申し訳ないが」


 そうかと思えば資料の正統性について疑問を呈されることもある。


「この研究の資料にガルツマッハを使うのはいかがなものか。これはこの十数年後にイカサマ氏であると判明し、追放運動が行われたはずだが」

「そしてその数十年後に名誉回復が行われ、以後の資料にも参照されていることから問題なしと判断しました」



 忙しいのは学徒だけではない。


 宿舎付きの女中の朝は学徒たちより早い。

 朝課の鐘で一斉に朝食に来る学徒たちに対応するために、その用意を夜明け前に起きてしなければならないからだ。


 だからアデールが井戸に水汲みに来た時、その陰でしくしく泣く少年を見つけたのもまだ薄暗いうちのことだった。

 メイド仲間から教えられて以来お仕着せのエプロンのポケットに忍ばせていたものを差し出しながら、そっとアデールは少年に言った。


「……蜂の巣のかけら、いる?」



「実際のところを確認したのか」


 その日の質疑応答で出てきた想定外の言葉に、一瞬フランクルの学徒は言葉に詰まった。


「……学徒の仕事はファルネイア公爵家諸蔵の書物を紐解きその知識を理解することにあり、 その知識の検証は本国の仕事と判断しております」


 すかさずフォローに入ったティメオの発言に被せるように、ヒューゴ代表が睨みを効かせて言った。


「逆にその内容を検証しようとすることは、公爵の書物の信憑性を疑う不敬行為と考えますが?」


 代表の発言に相手はしぶしぶ引き下がった。



「……と発表会ではいなしたが、やはり実証試験の結果があれば本国の反応もいいし予算にも反映されやすい」


 発表会後、フランクル宿舎にてため息とともに代表が吐き出した言葉に、配下の外交官たちは一斉にアイデアを出し始めた。


「今の方針からすると医療と農産物となりますが」

「畑ならまだしも医療はなかなか」

「作りますか、試験農場」


 そんな中、話の流れに何かを感じたティメオはそっと疑問を提示してみた。


「……で、誰にやらせるおつもりで、閣下?」



「従者先生、何やってんだ?」


 フランクル宿舎の裏で一人何事か作業を始めたナトンを、二階にあるベッドが並んだ学徒の大部屋の窓から野次馬たちが見下ろしていた。


「代表の声がかりで試験農場を作ってんだと」

「農家出身だったろ?手慣れたもんだろ」

「出身を明かせられる学徒が他にいなかったからじゃないかなぁ?」


 発言に込められた裏の意味を理解するまでの一瞬の静寂の後、大乱闘が勃発した。


「俺が田舎出身だからって馬鹿にすんなよぉ!」

「なんだぁ!?ペン捨てて従者先生手伝うかぁ!?」



「……別にペンを捨てた気はないんだがなぁ……」


 内心もの思いがあるもののナトンは作業を続ける。その目の端に木陰に潜む人影がうつった。


「……そんな所に隠れてるぐらいなら手伝ったらどうですか。気分転換にもなりますよ」


 宿舎の中から噂話に興じるだけでは飽きたらず、木陰にひそんで様子を見に来たのだろう。ナトンはため息混じりにそう呼びかけた。


 ……だが、声を掛けられおずおず出てきたのは、見知らぬ少年だった……。



 試験農場の成果は思ったより早く現れた。


「『大麦のかたわらにサンサ草を植えるとサンサ草の守護精霊が大麦を守る』というのはかつての精霊信仰からの迷信であり、神の御教えに背くものと思うが」

「実際に植えて見たところ、サンサ草の強烈な匂いにより害虫被害が減り、それを当時の人々が精霊信仰になぞらえたものと」


  実体験に基づいた受け答えに質問者が撤退する有り様に、ヒューゴは満足げに頷いた。



 宿舎で会議を始めようとした途端に森の中から鳴り響く小槌の音に、フランクル代表は顔をしかめた。


「なんなんだあれは」

「ティーナイです、閣下」


 ティメオが心ならずも似たような不満げな表情を顔に浮かべて答えた。


「『戯曲についての発表会は舞台でやらなくては』と言い張って公爵家方の許可を取ったらしく」


 試験農場作成以後のフランクルの発表はかつてと比べて評判もいい。残りの二国が比べられるのも当然と言えた。

 ヒューゴはニンマリと笑みを浮かべた。


「焦ったか、こちらの成果に」



「我がガルマニアにとって軍事強化は急務。 だが帝国の武器は魔術に特化し、魔術以前のものも金属製のものはドワーフの領分として資料が皆無」


 発表会において取り残されつつあるガルマニア宿舎では、外交官たちが成果を上げるべく方策を練っていた。


「公子、これでは同盟の存在意義に疑問視が」


 議論の司会を担っていた副代表は半ばお飾り状態のフランツ代表を見た。


 副代表が知っているフランツ公子は家柄はいいものの実力不足の若造だ。

 今回代表の座にいるのは家柄の関係とたまたま最初にファルネイア公爵邸を発見したからだと思っていた。


 だが同盟を発足させるために駆けずり回った日々は公子を成長させていた。


「……未知の合金や食料の輸送など下支えの技術、および外交用に帝国法を中心に研究を進めていきましょう」



「前々からガルマニアの発表は軍事的なものが多かったが」


 ガルマニアの発表会に顔を出した後、宿舎で不思議そうにヒューゴがぼやいた。


「なんでまだ帝国法なんてものに手を出してきたんだ」

「可能性としては 大国からの圧力に対応するため交渉を優位にする一環として調べ始めた ということはありえます、閣下」

「あそこは大国に隣接しているからな」


 だが位置関係からしてもっと即応性の高いものを欲すると思っていたが。

 ティメオは密かにガルマニアの現状について探ることを考えた。



“帝国にも エルフ以外の移民が増え、その違いからいざこざも増えてきたのもわかる。

だからテーマとして「違いはいろいろあるが皆帝国臣民などだから」というのもわかる。

だが「その種族の違いを教育で塗りつぶす」という筋がおかしい。

違っていても臣民として活躍できるはずだ”



 その日、その文章を発見したティーナイの学徒は歓喜に沸いた。


「これが!あの四大悲劇と並び称され、あちこちのことわざの由来等を謳われながらも長き歴史の中で失われ、その本来の姿は謎とまで言われたかの幻の戯曲とは!我がティーナにとって何たる僥倖!」


 だが、他国の者にその喜びは共有されなかった。


「写本室ではお静かに!」



 試験農場に現れたティーナイの少年は、下働きの合間にナトンと話すことが多くなっていた。


「讃美歌以外も歌いたいって言ったらここに連れて来られたんだ。でもやらされる仕事って言ったら下働きばっかり」

「教会の孤児がどんなものか知らないけどね」


 故郷の農夫仕事と比べたらかなりぬるいとも思える宿舎の仕事に不満を言う少年に、自制心を持ってナトンはさとした。


「技術のないものの仕事言ったら下働きの仕事とそう変わらないよ」

「『見て盗め』っていうんだ!教えもしないで!」

「まぁ、教えることは学徒の仕事じゃないからなぁ……」


 この後。

 この少年は考えもしなかった大舞台に躍り出ることになるのだが。


 その未来を知るものはまだ誰もいない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る