第7話
ティメオとナトン主従が苦虫を噛み潰したかのような顔の代表に呼び出されたのは、半年後どころか数日後のことだった。
「ティーナイとガルマニアから申し入れがあった。
どこかの奴のようにあちらでも発表会を行いたいのだそうだ」
変わりつつある公爵邸での活動にうんざりしたかのようなヒューゴ代表は、最後には放り投げるかのように二人に言った。
「お前達が発端だからな。お前たちの担当にする」
※
「君がアバール風邪の! 礼を言わせてくれ!」
他国との事前協議の場において。
他国の学徒にいきなり手を握られ、ナトンは目を白黒させた。
「実家から手紙が来た。
病弱な妹の慰めにとアバール薔薇を手に入れてたらしい。
原因不明のまま衰弱していたところ、お前の発表で原因がわかった。お前は妹の命の恩人だ!」
それまで自国の宿舎内では「不要なことをした奴」という評価ばかりだったナトンは、同輩から受けた初めての良評価に少し胸を撫でおろした。
※
「どうですかな。
いっそのこと、本国に送れる論文は発表会に発表されたもののみ、とされるのは?」
発表会のルール作りの事前協議の場は、ティーナイ代表サルバドールの発言により大荒れすることになった。
「公爵家とされましても変な解釈を本国に送られてもお困りでしょうし、他国の発表を聞くことで各学徒間での切磋琢磨にも拍車がかかるのではありますまいか」
※
「他国の研究内容を知る絶好の機会であり、他国の活動を抑制するためには致し方なしと賛成したが、こちらの研究がダダ漏れになるのは敵わん」
宿舎に帰還後、フランクル代表ヒューゴはそう愚痴をこぼした。
「なんとか公爵家以外には参加できない形で発表できないものか」
「……おそらく他国もそう考えているでしょうな、閣下」
※
その後、ありとあらゆる形で「発表会」がなされることとなった。
ある時は。
窓も無いこじんまりとした小部屋に幼女公と差し向かい。
部屋の外を気にしてか発言者のろれつも回らない。
いきなり音を立て扉が開き、フランクルの学徒たちがなだれ込んできた。
「やれやれ、こんな所でこっそり発表会とは」
現場を取り押さえ、悪鬼の首でもとったかのような表情でティメオは他国の発表者に諭した。
「発表には自由な質疑応答がなされるべきですぞ?」
※
またある時は。
長く続く発表会の最中、幼女公の口から遠慮がちにあくびが漏れた。……まだ幼いのだから致し方ない。
「発表者が意気表沈しなければいいが」
自国の発表者を気遣うヒューゴにティメオは淡々と答えた。
「やむを得ないことと理解していることでしょう」
「今は時刻はどれくらいかな?」
「あと少しで朝課の鐘が鳴ると思われます、閣下」
※
さらにある時は。
「ブブシエル君! 公爵家に行った侍女から連絡だ!」
ティメオとナトンが写本室での作業中、フランクル宿舎から他の外交官が飛び込んできた。
「幼女公が発表会のために部屋を出たらしい!」
「ありがとうございます!ナトン、行くぞ!」
他の学徒たちが唖然とする中、手早く資料をまとめたティメオ主従は一陣の風を巻き起こして部屋を出て行った。
「……従者先生、忙しそうだなー……」
「写本室で最近全然見かけたことないぞ」
「写本、別のやつに頼むか……」
※
ここまできて、とうとう公爵家にも限界がきたようだ。
公爵家執事長から同盟参加各国に対し「重要事項」の布告がなされた。
「ファルネイア女公爵様におかれましては、ご健康に差し障りがありますことと公爵家当主としての努めもありますことから、今後正午より夕課の鐘の間以外に発表会がありました場合、公爵家より代理を出させていただきご臨席は差し控えさせていただく旨ここに通達いたします」
……さすがに幼い女公爵様に無理をさせ過ぎた。
頷かざるを得ない各学徒にさらに追い討ちがかかる。
「また当家にも都合というものがあり、すぐさま発表会に代理を派遣できるものではありません。発表会のお知らせは少なくとも前日には頂きたい」
他の連中に見つからないようにと変な時間の発表も多すぎた。
だが公爵家からの布告はこれで終わらなかった。
「また、発表会の知らせがあり次第各宿舎に知らせを向かわせますので、当家の使用人を間者のように使うのはご勘弁いただきたい!」
……これが一番腹に据えかねたらしい。
※
そしてさらにある時は。
……ナトンは真夜中に起こされた。
「起きろ。発表会だ」
ティメオの知らせにいっぺんにナトンの目が覚めた。
「……前日に知らせが来るんじゃなかったのか?」
「真夜中の手前なら『前日』と判断したらしいな」
「そして発表会は真夜中すぎ、っておい」
……その後、「このやり方には問題がある」と各国学徒から突き上げを食らわされ、「発表会の知らせは前日の同時刻前までに」と決定された。
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