第4話 カフェでの雑談

「世の中って、つくづく今、動乱だよね」

「何をいまさら」


 亜斗夢は、つまらなそうに言った。

 カードショップを出たわたしたちは、モールの一階のカフェに入っていた。モールの中だけで、だいたいのするべきことは収まってしまう。わたしは本日二杯目のブラックコーヒーを、亜斗夢は牛乳を飲んでいた。亜斗夢は、自分の飲食代は自分で払う。だいぶ年下だが、奢られることは拒絶した。


「テレビや新聞で見るニュースも、ろくなことがないからさ。外来の患者さん見てても、なんか、生活水準の平均値が下がってきてるなー、とは思うし。君たちの世代は大変だよ」

「言いたいことが二つある」

 

 亜斗夢が、日本指を立てた。


「一つ目。テレビや新聞なんて、もう見ない。いつまで平成の世に生きているんだ。二つ目。手前勝手な価値観で同情しないでほしい。こっちの世代はあんたがたにとっちゃ、いわば未来人なんだから、未来人は未来人なりの価値観で、この世界を認識するんだ。そっちから見て絶望的だからって、こっちから見て絶望的とは限らない」

「なるほど」

「ただ、ぶっちゃけ今の世界は絶望的だと思ってる」

「やっぱそうじゃん」

「そりゃ、まともな頭の人間なら、希望なんて見出せるわけがない」

「希望なくして、人は生きていられるのかな」

「パンとカードゲームがありゃ、意外と生きていられるよ」

「それ言えてる」


 わたしは、鞄からカードを取り出して、上から一枚一枚確認した。


「夢姉のデッキは、アタッカーは充実しているけど、サブアタッカーが少ないよ。アタッカーが取られるか、引きが悪くて出なかったら即終わり、って感じ。いろんなゲームでも言えることだけど、重要なのは二番目のサブだから。それが、せめて二ターン目の手札に五十パーセントくらいの確率で入るように枚数を入れて、そのぶん、サポートは削っていいとおもう」

「的確な指導をありがとう。さすが、地区のジュニア・チャンピオン」

「地区でトップを取ろうが、全国行ったら即敗退。上には上がいるもんだ。自分の立ち位置はわかってる」

「なんだって、好きで得意なものがあるのはいいことだよ」

「周りから評価されるものならね。カードゲームのことは、親もいい顔しない。夢姉は、勉強得意だったんだろ?」

「得意ってこともないけど。それこそ、上には上がいるというかね。小学校じゃ一番かも、中学だと上位、高校で中位、大学じゃ下位、みたいな感じ。コミュニティのふるい分けが行われていくの並行して、自分の相対的立ち位置も下がっていくという。この分野で誰かと競うには無理があると悟る。そんで、社会に出ると、今まで問題を解くことが大事だったのに、急に大事なものが変わって泡食うの」

「何が大事になるの?」

「問題を解くんじゃなくて、いかに自分で問題を設定するかが大事になるんだよ、これが。わたし、研修医になって、おかしいな、おかしいな、ってずっと思ってて。この腑に落ちない感じは何かな、ってずっと思ってた。そんで、ある日唐突に気づいたのよ。ああ、問題を設定することが問われているのか、って。どうしてこんな、重要なことを、これまで誰も教えてくれなかったんだろうって、本気で腹を立てたわ」

「なんでそんな当たり前をなことを知らなかったの。理解できない」

「知ってた?」

「解ける問題なんて、ほとんどないじゃないか、生活の中に。例えば、どうして自分の親はこうなんだ、とかね」

「その年でそれを知っちゃってたら、学校がつまらないのもうなずける」

「ごっこ遊びみたいなもんだと思ってあきらめてるよ」


 お互いに飲み物を飲み干したわたしたちは、店を出た。

 

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