第2話 当直明け
わたしは、目を覚ました。
わたしは眠りが深く、目を覚ますと、その瞬間はたいてい、どこにいるのかわからなくなる。
ぐるりと見回すと、わたしは小さな埃臭い部屋にいた。そこは、この病院の当直室であった。
昨夜は、あれから一人も入院患者がおらず、回診したあとに論文をパラパラめくり、布団の中で本を読んでいるうちにそのまま寝てしまったのだ。
わたしは、歯を磨いてから、医局に戻った。医局には、朝食が置いてあった。米、味噌汁、ポテトサラダ小盛、簡素なものである。簡素だが、この病院の食事は美味しい。
ソファで寝そべりながら、テレビをつけて眺めた。物価高、戦争、強盗、ろくなニュースがなかった。
いつからこんな世の中になったのかな、と思った。自分が子供のころは、もう少し牧歌的だった気がする。気がしているだけで、たいして変わらないのだろうか。
この先に生きる子供たちは、大変だなと思った。
そして、なんとなく、亜斗夢のことを思い出していた。
時計が八時半を回ると、常勤の医師たちが出勤してきた。鈴木先生も、猫背の肩をゆすって、医局に入ってきた。
「お疲れ。なんかあった?」
「一人、入院とりました」
「ありがとう。病院の経営に貢献してくれて」
鈴木先生は、電子カルテを開き、昨夜の入院患者のカルテを読んだ。
「こんなん、絶対うつ病じゃないだろ」
「そりゃそうですけどね。でも、横断面じゃ、そう判断するしかないじゃないですか。警察と一緒に来ている以上、退路は断たれてるようなものなんだから」
「ポリスパワーの闇だな」
九時を回り、わたしは鞄を肩にかけて、病院を後にした。
当直バイトは気楽なものである。入院は受けるが、主治医にはならず、引き継いで終わりである。
入局一、二年目は、大学病院で重症患者の主治医になり、帰宅してもずっと患者さんのことを考えて、しんどかったのだ。
自分は、根本的にはこの仕事には向いていない、と思うようになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます