楽園への誘い

空乃 峯ト

妖精の導き

 静かな村の外れには、古い森があった。この森には、長い間眠り続ける秘密が隠されているという噂がある。


 不老不死の薬だという人もいれば、ドラゴンをも一振りでなぎ倒す聖剣だと主張する人もいる。中には、どんな美女でも虜にさせる秘薬だと夢見るお調子者もいた。


 そんな不思議な森に、足を踏み入れたがる者も多くいたが、誰も近づかなかった。


 魔物が多く巣食っていると言われているからだ。


 一度、古い森の近くで山菜取りをした村人がいたのだが、コボルトとゴブリンが争っているのを見たのだ。どちらも群れを成す種族である。


 ただの村人がどちらか一方にでも遭遇したら、逃げるのが精一杯だろう。


 月が一際明るく輝く夜、村の勇敢な若者がついにその森の奥深くへと足を踏み入れる決意をする。


 彼の名はユーゴ。


 ユーゴは好奇心旺盛で、いつも冒険を求める心を持っていた。


 どんな敵が現れてもいいように、町へ行った時に買った新品の剣を携えて、古い森に入った。


 しばらくすると、奇妙な音が聞こえてきた。鳥のさえずり、風の音、そして遠くから響く神秘的なメロディー。まるで森自体が彼を歓迎しているかのようだ。


 歩いていると、彼の前に輝く光の塊が現れる。


 すかさず剣を構えた。険しい顔でじっと睨んだが、その直後、思わず息をのんだ。


 中から、妖精が姿を見せたのだ。彼女は微笑みながら語りかける。


「ようこそ、勇敢な旅人さん。この森の秘密を探りに来たのでしょう?」


 青い光に包まれ、月の光が彼女の存在を強調していた。


「私の名はリリィです。さぁ剣をお収めになって。あなたのお名前は?」


 少女から発された言葉が、まるで甘い蜜のように少年の心を包み込む。愛らしい瞳は、相手の顔をじっと見つめていた。


 ユーゴはゆっくりと剣を下す。


「俺は…ユーゴ」


「素敵なお名前。さあこちらへ」


 と小さな背中から羽をはためかせ、早くと手招きをする。


屈託のない笑顔に誘われて、ためらいなくついていく。二人は森の奥へと進み、次第に幻想的な風景が広がっていった。


 進んだ先には、また目を見張るような光景があったた。

 そこでは、リリィに負けず劣らずの美しい妖精たちが盛大な宴を開いていたのだ。妖精たちのドレスはきらめき、花の冠を頭に乗せ、楽しそうに踊り、歌っている。森全体がまるで生きているかのように輝き、音楽と笑い声が夜空に響き渡る。


 「これは、森の守護者たちが開く特別な宴です。彼らは、この森の平和と魔法を守るために集まっています。ユーゴ、今夜はあなたもこの宴に参加しましょう。」


 ユーゴは流されるまま、渡された杯を飲んだ。何の飲み物かはわからないが、すこぶる良い味だった。妖精たちは皆、彼の訪れを歓迎し、華やかな舞踏会の中で主役に仕立ててくれた。ユーゴは、自分がこの奇跡の一部となっていることを感じた。


 すると、リリィはユーゴの手を取り、静かに囁いた。


「森の深淵には、まだあなたが知らない秘密がたくさんあります。そろそろ宴が終わりますので、秘密を明かす旅を再開しましょう。」


 ユーゴはリリィの手を取り、さらに森の奥へと進んでいく。


 そこには、美しい小川が流れ、その向こう岸には豪勢な宮殿がそびえ立っていた。


「あの宮殿には、この森の最大の秘密が隠されているのです。私たちでその秘密を見つけに行きましょう」


 もちろんと頷き、小川のほとりまで進む。


 リリィの手に導かれながら、小川を渡りきるその瞬間。突然、誰かに強くつかまれた。


 驚いて振り向くと、幼馴染のアンが立っていた。彼女は必死な様子で息を切らし、ユーゴの右手を強くつかんでいた。


「アン?何でここに?」


「何でって…下を見みなさいよ!」


 アンは、今にも泣きだしそうな顔で言い放つ。


 下へ目をやると、そこは小川ではなく、あと一歩で闇に落ちてしまう底の見えない奈落が広がっていた。

 どれほど危険な状況にいたかに気付き、ぞっとする。


 周りを見渡すと、先ほどの幻想的な森は消え去り、どんよりとした暗い森が広がっていた。きらびやかな宮殿も美しい妖精の姿もない。

 「リリィは、どこに?」


「何わけのわからないこと言ってるの!こんなとこ、もう帰ろう!」


 アンは怒った口調だったが、両目に涙を浮かばせていた。ユーゴは彼女に謝り、虚を突かれた様子で村へ帰った。


 村の入り口には数人の大人が待ち構えていた。その中から、白髪の老人がぬっと出る。村長だ。


 アンと別れ、すぐに村長の家で治療を受けることになった。


「体は、無事そうじゃな」


「はい。どこも…痛くないっす」


 木の器に入った温かいスープを一口すすり、森で起こった出来事をすべて伝えた。


 村長はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと話し始める。


「それは『幻老魔げんろうま』じゃな。人に幻覚を見せて殺し、血を吸いつくす魔物じゃ。一人であればお主のような幻覚を見せ、集団であっても巧みな幻術で争わせることのできる、厄介な奴じゃのお」


「あんな可愛い妖精だったのに…」


 村長は、コホンと咳払いをした。


「それが幻覚じゃ、『幻老魔げんろうま』は集団行動をしない。どんな姿をしていてもそれは偽の姿。真の姿を目にする頃には、そやつは屍になっているじゃろう。」


 ユーゴがうなだれているので、村長は続けざまに言った。


「今日はもう遅いから帰りなさい。親御さんも、そこで心配しとるしな。…それに可愛いお嬢さんも。」


 しわのついた指で、玄関を指差す。


 ーそうだ、あんな妖精のことは忘れよう。それと、あいつにありがとうって言ってなかったな。ー


 ユーゴは自分に言い聞かせると、皆の待つところに向かった。

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